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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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75

 まだ貴婦人は、『ひみつの森』にいました。


 夕暮れに照らされる、広大な草原……遥か遠くには森が見えるのですが、草原のまわりには何もなくて、小さなあずまやが、ぽつんとひとつあるだけでした。


 あずまやの中には、小さな小さな木のテーブル。

 さっきまで割れていたのですが、今はくっつけ合わされています。

 その側にちょこんと置かれた、簡素な木の椅子に……貴婦人は座っていました。


 目の前には、緊張した様子で身体を縮こませる、シロが座っています。

 貴婦人は、放課後にいじめに遭っていた生徒に接する、やさしい先生みたいに語りかけました。


「この『ひみつの森』にある草原はね、かくれて盗み聞きできるような物陰がまわりにひとつもないの。だから、通りかかった誰かに聞かれる心配もない……。ひみつのお話をするには、ぴったりの場所なのよ。それにこの森の香りには、人の感情を引き出す不思議な効果があるから、思ったことを何でも話してちょうだいね」


「は……はひっ」


 シロの返事は緊張のあまり、しゃっくりみたいになっていました。


 シロは、いつもはリリーが側にいてくれるので、他の人ともなんとか話をすることができます。

 リリーがいない今、シロは誘拐された子供みたいにおどおどしていました。


「リリーさんが、シロさんのことをいろいろ言っていたの。……酷い内容だったんだけど、一応、伝えておいたほうがいいかと思って。……シロさん、心あたりはある?」


 例によって始まりはデタラメで、シロから話を引き出そうとします。

 シロはナイフを喉に当てられた子供のように、怯えきった様子で白状しはじめました。


「……は……はひっ……私が……リリーさんの……お役に……立てていないので……それで……お怒りになられているのだと……思います……」


 いつもであれば、貴婦人はそのまま頷いて、シロの話に乗っかろうとします。

 でも今回は内容をアレンジして、もっと辛い気持ちにさせてやろうと……首を左右に降りました。


「……ううん、その逆。リリーさんは、あなたをずっとこき使ってやるんだって言っていたわ」


 その言葉に、シロは信じられない様子で目を見開きます。

 シロは人を疑うことを知らない女の子です。貴婦人にも何の疑いも持っていなかったので、すんなりと信じてしまいました。


 効いているな……! と察した貴婦人は、さらに続けます。


「首根っこを掴んだままにして、死ぬまで奴隷みたいに酷使してやるんだ、って……! あっ……でもシロさん、早まってはダメよぉ? いくら逃れたいからって、リリーさんに一票入れたりしては……!」


 シロの瞳はすでに水を張ったように潤んでいて、真珠のような涙をとめどなく溢れさせていました。

 期待以上の反応に、貴婦人は笑いをこらえるのが大変です。


「……う……嬉しいです……! リリーさんが私のことを、そんなに思っていてくださったなんて……!」


 しかし、続けて発せられた言葉は、全く予想外のものでした。

 貴婦人は「へっ?」と呆気にとられます。


 まるで劇的なサプライズ・プロポーズを受けたかのように、シロは感極まっていました。

 するとどうでしょう、かつてないほどに饒舌になったではありませんか。


「私……ずっと不安だったんです。リリーさんにご迷惑ばかりかけていて、いつか本当に嫌われてしまうのではないか、って……。私の背中に翼が生えて、リリーさんの前から逃げ出したときも……面と向かって嫌われるのが、怖かったのです……。でも……リリーさんは私を探してくださいました……! 嬉しかったです……! でもそれから私は、リリーさんに嫌われるのが、ますます怖くなってしまったのです……! こんな私でも、お側に置いてくださるリリーさん……! もしリリーさんに捨てられてしまったら、私はもう生きていけないと思っておりました……! でも……リリーさんはおっしゃってくださったのですよね……! 私を一生、お側に置いてくださると……! 一生リリーさんのお世話をさせていただけると……!」


 シロは天にも昇っていきそうな表情で、両手とともに翼を広げ、椅子から立ち上がりました。


「実を申しますと……私……もっとリリーさんのお世話をさせていただきたいと、常々思っておりました……! でも……リリーさんがお嫌になられるかと思って、言い出せなかったのです……! 本当は、朝もゆりかごの中にいるように、やさしく起こしてさしあげて……私がお作りさせていただいた朝食を召し上がっていただきたい……! その後はお召し物を着替えさせていただいて、武器やお鞄を持たせていただきたい……! 道を歩かれるリリーさんに三歩さがってついていき、ともに学院や冒険へ、ご一緒させていただきたい……! お昼はもちろん、私がお作りさせていただいたお弁当……! 夏は汗をおかきになられたら、私のハンカチで拭かせていただいて、冬は私の翼で包み込ませていただいて、あたためてさしあげる……! お風呂は私の手で、お身体をすみずみまで清めさせていただいて……そして……もちろん夜も……私の、子守唄でお休みいただく……! お布団が乱れていたら、かけなおしてさしあげたい……! 悪夢にうなされていたら、抱きしめさせていただいて、安らかな眠りへとお導きしたい……! そう、おはようからおやすみまで、リリーさんのおそばにいて、リリーさんのすべてをお世話させていただく……! 私のすべてを捧げて、リリーさんに健やかなる人生を歩んでいただきたかったのです……!」


 ……『ひみつの森』には、人に本音を語らせるという効果があります。


 この言葉こそまさしく、シロの本音……! シロの夢であり、ずっと思い描いていた憧れ……!

 奥ゆかしい彼女は、ずっと心にしまいこんでいたのですが……感情が昂るあまり、涙とともに溢れ出してしまったのです……!


 かたや貴婦人はもう、何の言葉も出てこなくなって……ポカーンとしていました。


「私、シロミミ・ナグサは……人生でいちばんの……身に余るほどの幸せを感じておりますっ……! ああっ……こうしてはおられません……! リリーさん、私はいますぐに、あなたの様のお側へとまいりますっ……!」


 シロは地に伏せる勢いで貴婦人に一礼をすると、ふわりと翼を翻して駆け出しました。


 それは傍目にはだいぶ遅かったのですが、彼女的には全力疾走です。

 そして慣れない全力疾走をしているせいか、姿が見えなくなるまでに何度も転んでいました。

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