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『めぐみの森』で入浴を終えたリリーたちが森を出ると、村ではなく『すやすやの森』に出ました。
どうやら次は睡眠をとらないとダメなようです。
リリーたちは授業と入浴の疲れで、すぐに眠りにつきました。
そして次の日の朝、起きて『すやすやの森』から出ると……そこはまたしても村ではなく、『なかよしの森』でした。
どうやら生徒になっている間は、
『なかよしの森』 → 『ごちそうの森』 → 『めぐみの森』 → 『すやすやの森』
この四つの森を巡ることで、一日が終わるようです。
これで本当に貴婦人のいう「わだかまり」がなくなるのか……リリーたちは疑問でしたが、森から出ることができないので、従わざるをえませんでした。
貴婦人はひそかに、リリーたちを仲違いさせ、投票によって誰かをウサギにさせようと躍起でした。
誰かひとりでもウサギになれば、いくら強固な絆で結ばれた彼女たちでも、バラバラになると思っていたからです。
『なかよしの森』の授業では、なぞなぞが苦手なイヴを集中攻撃し、答えられない罰として他のみんなを歯痛にしました。
そうすれば誰かがイヴに投票するだろうと思っていたのですが、誰もが自分に投票し、ウサギになる者はいませんでした。
授業を終えたあとの他の森でも、いろいろな妨害をしたのですが……リリーの機転によって、どれも面白おかしい遊びに変えられてしまったのです。
リリーたちは、いつまでたってもリリーたちのままでした。
とうとう痺れを切らした貴婦人は、新たな仲違い作戦を始めたのです。
それは……ひとりずつ呼び出して、話をすることでした。
貴婦人は、『ひみつの森』にいました。
夕暮れに照らされる、広大な草原……遥か遠くには森が見えるのですが、草原のまわりには何もなくて、小さなあずまやが、ぽつんとひとつあるだけでした。
あずまやの中には、小さな小さな木のテーブル。
同じくちょこんと置かれた、簡素な木の椅子に……貴婦人は座っていました。
ちなみに『ひみつの森』は、いつも夕刻です。
放課後の教室のように、日の差しているところは明るく、木で遮られているところは暗くなっており、クッキリと別れていました。
あずまやの屋根によってテーブルはちょうど、明るさと暗さの境目にあって……逢魔が時のような空間になっています。
目の前には、ふてくされた様子でそっぽを向く、イヴが座っています。
貴婦人は、不良少女を諭す先生みたいに、熱く語りかけました。
「この『ひみつの森』にある草原はね、かくれて盗み聞きできるような物陰がまわりにひとつもないの。だから、通りかかった誰かに聞かれる心配もない……。ひみつのお話をするには、ぴったりの場所なのよ。それにこの森の香りには、人の感情を引き出す不思議な効果があるから、思ったことを何でも話してちょうだいね」
そよ風にのって、キンモクセイのような香りがただよってきて、嗅ぐと何ともいえない気分になりました。
これが貴婦人のいう『不思議な効果』なのでしょうか。
「この森には何かあるんでしょうけど、アンタとする話なんてなにもないわよ」
イヴは、にべもありません。でも貴婦人はめげませんでした。
「そう……。でも、先生のほうにはあるの。リリーさんから、イヴさんのことをいろいろ聞いたから」
「……なんですって?」
リリーの名前が出た途端、イヴは向き直りました。
聞き捨てならぬといった様子で、貴婦人を睨みつけます。
食いついた……! と貴婦人は心の中でほくそ笑みました。
貴婦人はずっと、リリーたちのことを陰から観察していました。
仲良しな様を見せつけられて、ずっとイライラさせられていたのですが……ガマンして見ているうちに、一行の鍵を握る人物がリリーであることを見抜いたのです。
そこで、貴婦人は思いつきました。
リリーのことで、あることないこと吹きこんでやれば、疑心暗鬼になるはずだと。
最初の吹聴ターゲットは、イヴにしました。
しかし彼女は貴婦人のことを警戒していましたので、この森に呼んだのです……『不思議な効果』のあるこの森に。
キンモクセイのニオイを嗅いだイヴは狙いどおり、貴婦人の言ったことを、何の疑いもなく受け入れたのです。
「……アイツから、なにを聞いたのよ?」
問い詰める口調のイヴ。リリーの名を出しただけで、想像以上の食いつきでした。
貴婦人は顔がニヤけないように注意しながら、深刻な様子で打ち明けます。
「リリーさんが、イヴさんのことで相談があるって……先生に打ち明けてくれたの」
「アイツは、アタシのことをなんて言ってたの!? おっしゃい!」
もったいつけられたイヴは、ガマンできなくなって椅子から立ち上がりました。
掴みかからんばかりの勢いで、貴婦人に詰め寄ります。
そんなにあの娘のことが気になるのか……! と貴婦人は笑いをこらえるのに必死でした。
「イヴさんは言うことを聞いてくれないから、困ってるって……」
「フン! どーせ身体を触らせないからでしょ!? アイツの不満なんて、すぐわかるのよ!!」
貴婦人の言っていることはデタラメで、リリーから相談などされていませんでした。
でもイヴから話を引き出せたので、それに乗って続けます。
「そうそう。身体を触らせてくれなくて嫌なんですって。他の子たちは身体を触らせてくれるのに……って。いっそのことイヴさんに投票して、ウサギにしようかって悩んでいるんですって」
「あ……アイツの考えそうなことだわ! アイツはアタシをウサギにして、触りまくろうとしてるのねっ!?」
「ああ、そこまでお見通しなのねぇ。……でも、だからといって、仕返しを考えたりしちゃだめよぉ? 先にリリーさんに一票入れようだなんて……」
作り話を信じ込み、握りこぶしを固めるイヴに向かって、貴婦人は言いました。
なだめているようでいて、実は投票を促しているのです。
リリーに投票されるまえに、投票してやれ……! と。
強気なイヴのことです。やられる前にやる……とばかりに、投票を決意するかと思っていたのですが、
「フン……! アイツをウサギになんて、してたまるもんですか……! アタシは一生、アイツを離さないって決めたんだから……!」
飛び出したのは、予想外の答えでした。
キンモクセイの香りの『不思議な効果』には、ウソを信じ込ませる効果があるのですが……人に本音を語らせるという効果もあるのです。
なので、イヴのこの強い決意は……心の底から湧き上がった、魂の叫びに違いありませんでした……!
「いいわ……! こうなったら、好きなだけ触らせてやろうじゃないの……! アイツの好きな鼻コスリを、好きなだけ……! 待ってらっしゃい、リリーっ!!」
イヴはダァン! とテーブルに正拳をたたきつけ、瓦のように真っ二つにすると、身を翻して走り出しました。
「あ……!? イヴさんっ!?」
貴婦人が止める間もなく、イヴは森から出ていってしまいました。




