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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
242/315

72

 『ごちそうの森』を出たリリーたち。

 いつもなら村に戻るはずなのですが、激しい雨が降りしきる森に出てしまいました。


 ここは『めぐみの森』。

 浴室にいるみたいに暖かく、湿っており、地面から立ちこめる湯気によって常に霧のようなモヤで覆われている不思議な森です。


 森の空は灰色の雲によって覆れており、絶え間なく大量の水をたたえているのですが、リリーたちの立っているあぜ道には一滴も雨が降っていません。

 空を見上げると、道の形と同じように雲の切れ間があり、青空がのぞいていました。


 このまま道を歩いていけば、濡れることなく森を出て村に戻れるはずなのですが……案の定、見えない壁があって先に進めなくなっていました。


「ごはんを食べたあとは、シャワーって言ってたから……この森で、雨を浴びなきゃいけないのかな? ……みんなはどう思う?」


 リリーは貴婦人の言葉を思い出しながら、仲間たちに相談します。

 なぜかイヴは、毛玉を吐く猫みたいな顔になっていました。


「うえっ、雨!? なんで雨なんて浴びなきゃいけないのよ!?」


 でも嫌がっていたのはイヴだけで、他のメンバーはあまり抵抗がないようでした。


「でも、きもちいーよー?」


「この森の雨は温かいですから、きちんと乾かせば風邪をひくことはないと思います」


 先の探索でこの森を調べていた、ミントとシロが言いました。

 リリーはどれどれ、と手をのばして、雨に触れてみます。


「あ、ほんとだ。あったかい。シャワーみたいだ」


「あちらに、バスタオルなどもありますよ」


 シロが指さす道はずれには、広い原っぱがあります。


 そこには木の枝に布をかけて作った脱衣所や物干し台があり、脱衣カゴにはバスタオルが積まれていました。

 もちろんそこには、雨は降っていません。


「なんだ、ここまで揃ってるなら完全にお風呂場だね! よぉーし、さっそく入ってみよう!」


「……なんでアンタ、そんなに張り切ってんのよ」


「え、そ、そんなことないよ」


 イヴから突っ込まれつつ、リリーは仲間たちとともに原っぱへと向かいます。

 そこにはやはり、『きまりごと』の書かれた立て札がありました。



 『めぐみの森のきまりごと』


 一、めぐみの森では、にゅうよくすることができます。


 二、にゅうよくは、はだかでしましょう。


 三、にゅうよくは、からだをあらいっこしないといけません。



 『きまりごと』はみっつだけのようです。

 リリーは早々と読み終えたのですが、その後に感じていたものは……かつてないほどの喜びでした。


 その場で祈るようにヒザをつき、両の拳を高く掲げたまま、天を仰いでいます。

 それはさながら、人生をかけてさがしていた黄金郷を、ついに見つけた旅人のようでした。


「アンタ、こんな時だっていうのに、なに大喜びしてんのよ」


「そ、そんなことないってば! さっ、入ろ入ろ!」


 リリーはそそくさと脱衣所に入ると、素っ裸にバスタオル一枚になって外に飛び出しました。

 続いてシロに脱がせてもらったミントが続き、さらに静かな足取りのクロが続きます。


 リリーは豪雨の中に突っ込むと、パアッとバスタオルを脱ぎ捨て、生まれたままの姿になりました。


「うわあっ! 気持ちいいーっ!!」


 一糸まとわぬシルエットが、両手を広げてくるりくるりと回っています。

 『めぐみの森』の雨は、まるで滝の中にいるみたいに激しかったのですが……息苦しくもなく、とても肌にやさしいものでした。


 続いてやってきたミントとクロといっしょに、きゃあきゃあとはしゃいでいるリリーたち。

 その姿を道端から、イヴは訝しげに、シロは心配そうに見つめていました。


 滝の中からずぼっと、顔がみっつ出てきます。


「ねぇーっ! イヴちゃんもシロちゃんもおいでよー!」


「きもちーよー!」


「……」


 満面の笑顔で誘うリリーとミント、うんともすんとも言わないクロ。


 イヴはシャワーを浴びたい気持ちはあったのですが、貴婦人のことが気になって用心しているようでした。

 シロは単純に、屋外で服を脱ぐのが恥ずかしいようです。


「アンタらが入るだけで、『入浴した』とみなされれば、無理して全員入る必要ないでしょ。ちょっと森から出られるか、見てくるわ」


 イヴはリリーたちの誘いには乗らずに、森の出口へと歩いていきます。

 道を塞いでいた見えないマシュマロが、消えていることを期待したのですが……まだ残っていました。


 イヴは溜息とともに、リリーたちの元に戻ってみると……シロの姿がありません。

 あたりを見回してみると、脱衣所の物干し台にはびしょ濡れになったシロのローブが干してありました。


 リリーたちがいる方を見ると、踊る影がよっつに増えていました。

 きっとシロは、ふざけたリリーたちに服のまま引っ張り込まれ、観念したのでしょう。


 しょうがないので、イヴも入ることにしました。

 脱衣所で服を脱いで、バスタオルを巻いて森の中に入ると、心地よい雨が肌を包みます。


「あら、案外いいわねぇ」


 想像より心地良かったので、イヴは思わず声に出していました。


 ばしゃばしゃと水たまりを駆け散らすような音が迫ってきます。

 見ると、泡にまみれた仲間たちでした。


「やったー! イヴちゃんだー!」


「あらいっこしよー!」


 リリーとミントは問答無用でイヴの身体に手を伸ばします。


「ぎゃっ!? い、いきなり何すんのよっ!?」


 しかしイヴはカウンターパンチをくらわせるように、ふたりをどぉん! と押し返しました。


 突き飛ばされたリリーとミントは、でんぐり返りの途中みたいな体勢で地面に転がりました。

 全裸なのであられもない格好……シロは自分のことのように恥ずかしがり、顔を押さえています。


 ヘッドスプリングで起き上がったミントは、言いつけるようにイヴを指さしました。


「イヴちゃんがつきとばしたー! あらっこいしようとしただけなのにー!」


「洗いっこ!? なんでそんなことしなきゃいけないのよ!?」


 遅れて起き上がったリリーが、まぁまぁ、とイヴをなだめます。


「『きまりごと』に書いてあったじゃない。ここの石けんって、自分の身体は洗えないみたいなんだ」


 リリーに石けんを手渡されたので、イヴは試しに泡立ててみました。

 自分の手にあるうちは泡立ちが良いのですが、その泡を身体につけようとすると消えてしまうのです。


「ほらね、でも他の人の身体だと大丈夫なんだよ」


 リリーは言いながら、隣のクロの身体を洗ってあげていました。

 クロの平らな胸の上を、リリーの手が行ったり来たりするたび……泡がモコモコと立ちのぼります。


「……!」


 イヴの眉が、不機嫌さを表すように露骨に吊り上がりました。


 ……この時イヴは、人知れずヤキモチを焼いていたのです。

 リリーがまるで当たり前みたいにクロの胸を触って、クロも平然としているのが気に入りませんでした。


 なんだか家族や恋人みたいに、自然に肌のふれあいをしているのが、羨ましかったのです……!


「ほら、ね、だからイヴちゃんも……」


 リリーは笑顔を向けてくれているのに、イヴは怒鳴り返していました。


「だから何だってのよ!? アンタの考えはお見通しよ! 『きまりごと』にかこつけて、アタシの身体を触ろうとしてるんでしょ!? 服の上からでもイヤなのに、アンタに肌を触られるなんて……そんなの絶対にお断りよっ! ふんっ!!」


 鼻を鳴らしながらそっぽを向いたあと、イヴはすぐに後悔します。

 また後先に考えずに、心にもないことを言っちゃった……と。


 イヴはチラリと横目で様子を伺います。

 てっきり落ち込んでいるのかと思ったのですが、リリーはぜんぜん堪えていないようでした。


「ふふん、実をいうとイヴちゃんが嫌がると思って、ちゃあんと考えてあるんだよね」


 相変わらず人なつこい笑顔を浮かべるリリーに、イヴは内心ホッとしていました。

 でも不機嫌そうなのは変わりません。彼女は自分の思っていることを、素直に出せない女の子なのです。


「な、なによ、それ」


 ふてくされた様子のイヴに対し、リリーは得意気に胸を張って答えます。

 好きな女の子にこうやって、胸を見せつけるのはなんだか気持ちいいな……なんて思いながら。


「……ダンス!! 洗いっこダンス!!」


 リリーの声は、降りしきる雨に負けないほどの大きさで、森のなかに響きます。


「あ……洗いっこ、ダンス……?」


 森の陰で、傘をさしながら様子を伺っていた貴婦人は……聞いたこともないダンスに首を傾げていました。

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