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イヴは出されたナゾナゾ。それは、
『ある冒険者たちがそこに行くと、急にみんなブーツが気になりはじめました。さて、冒険者たちはどこにいるでしょ~か?』
というものでした。
イヴは悩みに悩みます。
普段から仲間に対し「ナゾナゾなんてくだらない」と言っている以上、プライドをかけて間違えるわけにはいなかったのです。
しばらくして……雲間からさしこむ光を見たかのように、晴れやかな顔になりました。
「あ! わかった! わかったわ! 沼地! 沼地よ! ブーツがドロまみれになるから、気になるのよね!」
それは、仲間たちもがっかりするほどの見当違いの答えでした。
ちなみに正解は、洞窟(どう? 靴)。
「……ああ、ハズレよぉ。イヴさん、ざんねぇん!」
残念という言葉とは裏腹に、貴婦人は笑っていました。
それは、最初は上品な笑みでしたが、だんだんと醜く歪んでいきます。
小舟のように結んでいた口は、三日月のように開き、ニタァ……! という表現が合うような、下品な笑い顔になっていきました。
そして……ついには口角が割れるほど、破顔します。
彼女の口は、いままでは口紅の塗られた範囲しか開閉しませんでした。
しかしいまは頬骨のところまでパックリと裂けており、まるでもうひとつの口のように大きく大きく開いたのです。
貴婦人が、ついに本性を表した瞬間でした。
食虫植物が笑っているようなおぞましい笑顔に、リリーたちはゾッとなります。
貴婦人は大口を開けたまま、これから食事にでもありつくかのように、生徒たちを見回しながら言いました。
「もし、ナゾナゾがわからなかった場合は……おしおきがあるの……!」
その一言に、リリーたちの寒気はすぐに痛みに変わりました。
リリーの、ミントの、シロの、クロの、歯に焼けた針が刺され、そして歯茎まで貫通したかのような歯痛が襲ってきたのです。
みんなは一斉に、「いたたたたたたた!」と頬を押さえて机に突っ伏します。
ただ、クロだけは何事もないように、黙って座っていました。
そして、おしおきと言われたのに、不正解だったイヴはなんともない様子です。
イヴは最初、なにが起こったのかわりませんでした。
しかし仲間たちの様子がおかしいことに気づき、貴婦人にくってかかります。
「ついに正体を表したわね……! いますぐ、リリーたちを痛めつけるのをやめなさいっ! でないと、今度こそ本当に絞め殺してやるわよっ!!」
机を蹴倒す勢いで立ち上がったイヴは、教卓の貴婦人に挑みかかっていきました。
ブッ飛ばしてやろうと、拳を振りかぶります。
それまでは勢いがあったのですが、パンチを放った瞬間……なぜか水の中にいるかのように、動きがゆったりとしたものになりました。
ゲンコツはのろのろと進み、貴婦人のドレスのホコリを、ぽん、と払うだけで終わってしまいました。
「……あぁらぁ、イヴさん。きまりごとを、ちゃんと読んでいないのかしらぁ?」
襲いかかられたというのに、貴婦人は嬉しそうにしています。
イヴの頭を飲み込まんばかりに、かぱぁ、と大きく口を開けて言いました。
「……『七、生徒は、ほかの生徒や先生に手をあげてはいけません。』……! 生徒は、先生に手をあげることができないの。ぶったりするのはもちろん、首を締めたりすることなんて、絶対にできないのよぉ……!」
貴婦人の言葉とともに、胸焼けするような甘い匂いがあたりに漂います。
「ほんとうに悪い子……! そんなイヴさんには、もっとお仕置きが必要かしらぁ……!」
さらなる歯痛がリリーたちを襲い、とうとう座っていられなくなったリリーたちは地面をのたうち回りはじめました。
そんな中でも、クロだけは平然と座っています。
「……クロさん、あなた、歯は痛くないの?」
我が目を疑うような貴婦人に対し、クロは目を合わせようともせず、首を左右に降りました。
「痛い」という意思表示なのですが、それが貴婦人は気に入らなかったようです。
「痛いなら、ちゃんと痛いって言わないと、ダメよぉ……!」
さらなる痛みをあたえようと、貴婦人は手をかざしました。
しかしその手は、横からガッと掴まれます。イヴです。
「や……やめなさいっ! ナゾナゾを間違ったのも、殴ったのも私でしょ!? なんで私はなんともなくて、他のヤツが痛がってんのよ!?」
「やっぱりイヴさんは……きまりごとを、ちゃんと読んでいないようねぇ」
貴婦人はちろり、と哀れみのような視線をイヴに向けました。
「……『八、先生は、わるさをした生徒にばつをあたえてはいけません。』……! 先生は、悪さをした生徒に罰を与えることができないの……だからかわりに、悪さをしていない生徒に罰を受けてもらうしかないのよぉ……!」
「くっ……!」
イヴは『きまりごと』の意味を理解しました。
最初このきまりごとを見たとき、イヴはなぜ行動を制限するようなことを書くのか、不思議でした。
しかし、今わかったのです。
これは読む者を油断させて、生徒になろうとしている者を騙すためのものだと……!
現に、リリーは罰を与えられないものだと信じていました。
イヴは貴婦人のずる賢さに、再び拳を振り上げます。
しかし……途中でやむなく降ろします。仲間たちの悲鳴を聞いたからです。
「……そぉお、それでいいの。さ、お席に戻りましょうか。きちんと授業を受けていれば、罰を与えられることもなく、みんなが痛い思いをすることもないのよぉ」
イヴは血が出んばかりに歯噛みをしながら、貴婦人に背を向けます。
自分の席に戻り、ガタンと乱暴に腰を下ろすと……みんなを苦しめていた歯の痛みはピタリとやみました。
リリーとシロは、痛みのあまり頭が割れたと思い込んでいるのか、両手で頭を抱えるようにして、のろのろと起き上がりました。
「あぁ、い……いたかったぁ……!」
「り、リリーさん、すっ、すぐに治して……ああっ……!」
ふたりとも、悪夢にうなされたように汗びっしょりでした。
シロはタリスマンがドーナツであることを思い出し、さらに絶望しています。
「……」
クロは授業が始まったときと全く同じ姿勢で、まっすぐ前を向いていました。
「う……ううっ……! うわぁぁぁぁん! ミント、いたいのいやぁ~!」
ぐずっていたミントは、涙をまき散らしながら逃げ出そうとしましたが、
「……授業中は、教室の外に出てはいけませんよ」
貴婦人のその一言で、まわりに見えない壁が現れました。
めりこんだミントを、トランポリンのように押し戻します。
「さぁ、ミントさん、お席に戻りなさい。でないとまた、罰を与えちゃうわよぉ?」
しかしミントはまだ子供です。そんな脅しをされても理解できませんでした。
尻もちをついたまま、ヤダヤダヤダ、と駄々っ子のように泣くばかりです。
見かねたリリーとイヴが立ち上がり、貴婦人に訴えます。
手分けするようにシロは、ミントをなだめに走っていました。
ちなみにクロは、座ったままです。
「あのっ、先生っ! ミントちゃんはまだ子供なので、罰は許してもらえませんか!?」
「それに何よ!? 授業中は出ちゃダメだなんて『きまりごと』に書いてなかったじゃない! それってルール違反でしょ!!」
すっかり学級崩壊していましたが、貴婦人は慌てる様子もありません。
コホン、と咳払いをひとつすると、リリーを見下ろしました。
「まず、リリーさん。罰を許すだなんて、それはできないわぁ。だって、わだかまりの正体はミントさんかもしれないでしょ? ああやって駄々っ子みたいに振る舞うのが、みんなの『もやもや』になっているのであれば……それは取り除かなくちゃねぇ」
「そんな……ミントちゃんがわだかまりなんて、絶対ないです!」
リリーは訴えかけましたが、貴婦人は無視です。
興味をイヴに移しました。
「つぎに、イヴさん。やはりあなたはもう一度『きまりごと』を読んだほうがよいわよぉ……『五、じゅぎょうちゅうは、先生のいうことをよくききましょう。』……。これはつまり、授業中の『きまりごと』は先生が自由に決めることができるということなのぉ」
イヴはハッとなりました。
同じような理不尽を、すでに体験していたのを思い出したからです。
「気がついたようねぇ、授業中は生徒以外を入れないようにしたのも、イヴさんの口から『生徒になる』と言わせるためだったのぉ」
貴婦人は昨晩、『すやすやの森』の家にいるリリーたちの様子を、窓から覗いていました。
そこで見たのです。
イヴは最初、さっさとベッドに入っていましたが、ひそひそ話をするリリーたちに我慢できなくなって、輪に加わったところを。
それで貴婦人は見抜きました。
口では興味なさそうにしているけど、リリーたちのことが気になってしょうがないというイヴの性格を。
翌日、イヴは生徒になるのを最後まで渋っていましたが、貴婦人はイヴの性格を知っていたので『なかよしの森』から締め出してひとりっきりにしました。
そしてまんまと、イヴに『生徒になる』と言わせたのです。
貴婦人はリリーたちのことを観察し、性格を理解しようとしていました。
それもひとえに、リリーたちを『仲間割れさせる』ためだったのです……!




