65
貴婦人が言うには、リリーたちの心の中に『もやもや』……わだかまりがあるから、森から出ることができないそうです。
「この村に立ち寄った冒険者パーティには、よくあることなの。仲良しそうに見えて、実は心の中では相手のことを良く思っていない……それが『もやもや』よ。外に出たあと仲間割れしちゃうと大変だから、森が引き止めているのね」
それを聞いたリリーは、ショックを隠しきれませんでした。
リリーは接している相手からそっけなくされると、嫌われたんじゃないかと落ち込むことがあります。
そのへんは人並みなのですが、立ち直るまでの時間が実に短く、また相手に対して屈託のない笑顔を見せるのです。
リリーがあまりに暗い顔をしていたので、貴婦人は元気づけるように言い添えます。
「でも安心して、私はそういう心の『もやもや』を取るための先生でもあるの。あなたたちのために授業をしましょう」
その励ましが終わるころには、リリーはいつもの調子に戻っていました。
本当に立ち直りの早い女の子です。
「授業……ですか?」
「あなたたちが私の生徒になって、『もやもや』をなくす授業を受ければ……すぐに本当の『なかよし』になれるわ。生徒になるのは簡単……あなたたちが私のことを『先生』と呼んでくれればいいだけよ」
リリーは授業というものがあまり好きではありませんでした。実技派なのです。
でも、みんなといま以上に『なかよし』になれるのであれば悩むこともありません。
「それだけでいいんですか? じゃあ、せんせ……むぐぅ」
リリーの口は、後ろにいたイヴによって塞がれてしまいました。
そのまま貴婦人から引き剥がされるように、ぐいぐいと引っ張られていきます。仲間たちもついてきました。
貴婦人からだいぶ離れたところで、リリーはようやく解放されます。
「ぷはっ!? な、なにするのイヴちゃん!?」
「なにするの、じゃないわよ! アイツ、絶対なにか企んでるわ!」
「企んでるって?」
「わざわざ『先生』って呼ばせようとしてるのが怪しいわ、きっと『先生』って呼ばせることで何かしようとしてるのよ!」
「何かって、なに?」
「知らないわよ!」
「クロちゃん、知ってる?」
「……『先生』と呼ぶことが、魔力の影響を受けるための契約の言葉になっているものと思われる」
クロの言葉はいつもどおり淡々としていましたが、リリーはただならぬものを感じ、仲間たちと円陣を組みました。
「契約、って……決められたことに従わなきゃいけないってことだよね?」
リリーが尋ねると、こめかみをくっつけるようにして隣にいたクロが頷きます。
「魔力の影響を与えるための契約は、何らかの形によって明示する必要があり、第三者はそれに同意する必要がある。あの婦人が『先生』となり、自分たちが『生徒』になるという関係性から推察するに、『校則』のようなものがどこかにあるはず」
「なるほど! あの」
リリーの言葉を遮るようにしてイヴが割り込んできます。
「わかったわ、『きまりごと』ってやつね!」
「あぁん、私が言おうと思ってたのにぃ!」
「アイツは先生と呼ばれることにより、アタシたちにより強力な『きまりごと』を課せられる……! 狙いはきっとそれよ!」
それまでみんなのやりとりを黙って聞いていたシロが、そっと手をあげました。
「あの……私たちになにかをさせたいのであれば、それ伺って、してさしあげるというのはいかがでしょうか……?」
「さっすがシロちゃん、やさしい!」
「別にそれでもいいけど、先に『きまりごと』を確認する必要がありそうね」
話をまとめにかかっていたイヴ。そのスカートの裾が、くいくいと引っ張られます。
「ねぇねぇねぇ」
「なによ、ミント」
「ほかにでぐち、ないのかなぁ?」
見上げてくる小さな子からそう言われて、みんなハッとなりました。
「そうね……もしかしたら『さよならの森』以外に出口があるかもしれない……!」
「よく考えたら、この村やほかの森も全然調べてなかったね……よし、みんなでこのあたりを手分けして調べようか。出口と『きまりごと』を探そう!」
リリーの案に、仲間たちは頷きあいました。
貴婦人に聞こえないような小さな声で「おー」と言ったあと、四方八方に散ります。
「あらあら、どうしたのぉ?」
貴婦人が呼びかけてきたので、リリーは振り返り、その場で足踏みをしながら答えます。
「えーっと、ちょっと先にこの村を見てみたくなって!」
「あら、そぉ、なら案内しましょうか?」
「いえ! 大丈夫です! 勝手に見てまわります!」
「そおぉ? なら、わからないことがあったら、何でも聞いてね。生徒になったときの『きまりごと』なら『なかよしの森』に書いてあるわぁ」
貴婦人は、心の中を見透かすように言いました。
リリーは動揺を悟られないように、「ど……どうも!」と背を向けて走りだします。
それからリリーたちは、おのおので村の中や森を調べてまわりました。
村はまあるい形をしていて、それほど広くはありませんでしたが、隅々まで探してみても人の姿はありません。
念のために小さな家の中も覗いてみたのですが、いるのはウサギばかりです。
森は十二もあって、まるで時計の時間のようにきっちりとした間隔で道があり、村をぐるりと取り囲んでいました。
リリーたちが食事をした『ごちそうの森』や、ずっと夜の『すやすやの森』、そしていつまでも続く『さよならの森』があります。
他には雨が振りっぱなしの『めぐみの森』や、泳ぎたくなるようなキレイな湖のある『すいすいの森』がありました。
歩いていると笑いがこみあげてくる『げらげらの森』や、悲しくなってくる『しくしくの森』、怒りたくなる『むかむかの森』があるのですが、これはリリーたちでは笑いすぎたり悲しすぎたり怒りすぎたりして、調べられませんでした。
クロだけはいつもと変わらなかったので、クロが調べることになりました。
『わんぱくの森』には木でできた滑り台やブランコがあって、ミントはずっとそこで遊んでいました。
ケガをしないか心配だったので、シロがついて見守っています。
そしてリリーとイヴはというと、『なかよしの森』にいました。
大きな樹の下、木陰には五つの机と椅子、そして黒板があります。
どうやら青空教室のようで、授業はここで受けることになりそうです。
例の『きまりごと』が書かれた立て札もありました。
『なかよしのもりでのきまりごと』
一、なかよしのもりでは、なかよしになることができます。
二、なかよしになるためには、先生からおしえてもらわないといけません。
三、先生からおしえてもらうためには、生徒になりましょう。
四、生徒になったら、じゅぎょうをうけなくてはいけません。
五、じゅぎょうちゅうは、先生のいうことをよくききましょう。
六、生徒どうしは、なかよくしましょう。先生とも、なかよくしましょう。
七、生徒は、ほかの生徒や先生に手をあげてはいけません。
八、先生は、わるさをした生徒にばつをあたえてはいけません。
九、なかよしのもりでは、みんなでなかよく、なかよくしましょう。
「……重要なのは、四から八みたいだね」
目を皿のようにしていたリリーが言いました。
イヴはアゴに手を当てて、じっくり考えるようにして答えます。
「うーん……五の、授業を休んではダメってのが気になるけど……」
「でも、休んでも罰はないみたいだね。ホラ見てイヴちゃん、悪さをした生徒に罰を与えちゃダメって書いてあるよ」
「……それが気になるのよねぇ……コレを書いたのって、貴婦人でしょ? なんで自分の行動を制限するようなことを書いてあるのかしら……?」
「そんなに変なことじゃないと思うけど……イヴちゃんは気にしすぎだって!」
リリーはあっけらかんとしていましたが、イヴは違和感をおぼえていました。
立て札から顔をあげ、親友ともいえる女の子をじっと見つめます。
「もしかして、アンタ……授業を受けたいの?」




