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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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「はぁー、たのしかったぁ、おいしかったぁ」

「たまにはこういうのもいいわねぇ」

「おなかぽんぽこりーん!」

「はい、いっぱい食べてしまいましたね」

「満腹」


 食後のデザートまでしっかりと堪能したリリーたちは、膨らんだお腹をなでながら大満足で『ごちそうの森』をあとにしました。


 村にもどると、貴婦人が出迎えてくれます。

 さっきまで顔をしわくちゃにして悔しがっていたとは思えないような、にっこり笑顔で。


「『きまりごと』を守ってしっかり食べたみたいね、えらいわぁ。あとはしっかり眠らなくちゃね……今日はもう遅いし、このままお休みなさいな」


 そう言うなり、またリリーたちをどこかに連れていこうとします。


「え、まだ真っ昼間じゃない」


 イヴは空を指さしながら言いました。

 ぴんと立った指のはるか上には、笑い声が聞こえてきそうなくらいのサンサンとしたお日様が浮かんでいます。


 でも貴婦人はまるで聞こえてない様子で、腰をくねくねさせてどこかに歩いていきます。

 しょうがなくついていくと、『すやすやの森』と書かれた札の立っている森に入っていきました。


 するとどうでしょう、お日様はくるんと回転してお月様になり、あたりはあっという間に暗くなったのです。

 これにはリリーたちもびっくりしました。


 急に夜になるというのは怖いものです。リリーたちは古井戸に落ちてしまったみたいに立ちすくみ、固まってしまいました。

 クロは磁石で吸い寄せられるみたいに、リリーに寄り添います。


「……ここはね『すやすやの森』といって、眠るための森なの。ここにいる間はまわりが夜になるのよ」


 月を反射するような白い顔の貴婦人が振り向き、夜泣きする赤ちゃんをあやすお母さんのようにやさしく言いました。

 それだけで不思議と、気持ちが落ち着いてきます。


「さぁ、あれがあなたたちのお家よ」


 貴婦人はさらに、招き入れるように手を広げます。

 月明かりに照らされたドレスはフェアリーテイルのようにキラキラと輝き、妖精の国の女王様みたいでした。


 神秘的な美しさに心を奪われ、リリーたちの警戒心もカゲロウの羽根のように薄らいでいきます。

 魅入られた民衆のように女王の横を通り過ぎ、家の前まで歩いていきます。


「……この森にも『きまりごと』があるの。家の前に書いてあるから、よく読んでね」


 リリーたちは背中から、そう呼びかけられました。


 案内された家は、ウサギたちの家と同じように木でできていて、普通の家の半分くらいの大きさです。

 玄関の扉のところには、木彫りの伝言板がありました。



 『すやすやのもりでのきまりごと』


 一、すやすやのもりでは、おうちのなかでねむりましょう。


 二、おうちのなかにあるベッドは、ひとつにつきひとりしかねむれません。


 三、ひとりでねむらないと、ベッドはきえてしまいます。


 四、おうちでは、みんなでなかよくベッドをつかいましょう。



 『きまりごと』を読んだリリーたちは、家の中に入ってみることにします。

 扉は小さいものでしたが、リリーたちは背が低いので、屈んだりすることなく部屋に入ることができました。


 家の中はじゅうたんが敷かれ、五つのベッドがあるだけでした。

 でも、ひとつとして同じベッドはありません。


 ひとつはお城にありそうな、天蓋のついた最高級のベッド。

 ひとつはいいホテルの部屋にありそうな、ふかふかの豪華なベッド。

 ひとつはどこにでもありそうな、飾り気のないふつうのベッド。

 ひとつは野営の救護テントなどにありそうな、担架のような簡易ベッド。

 ひとつは馬小屋にありそうな、もはやベッドと呼んでいいのかわからない敷き藁。


 これをどうやら、ひとりでひとつ使わないといけないみたいです。


 さっきまでお日様の下にいたので、あまり眠くはなかったのですが、あたりが暗くなったのでとりあえず横になろうか、ということになりました。


 窓の外からは、こっそりと覗く貴婦人の顔。

 ベッドにあからさまに格差をつけることにより、リリーたちの不協和音を狙ったのです。


 イヴは当然のように、いちばんいいベッドに入ります。

 それについては仲間たちはなにも言いません。


 リリーはクロのことを考えて、床で寝ることにしました。

 ふたりしてベッドに入ると、消えてしまうと思ったからです。


 シロは今の状況が不安なようで、一緒に寝たがりました。

 そこにミントも加わったので、けっきょくイヴ以外の四人は床で寝ることにしました。


 誰もいないベッドから布団を引っ張ってきて、床に敷きます。

 そのまま寝る気もしなかったので、自然におしゃべりをはじめました。


「なんか不思議なところだよね、ウサギだらけで……」

「はい。村の方はおられないんでしょうか……?」

「あの婦人のみかと思われる」

「やっぱりそうだよね、私が聞いたときもはぐらかされちゃったし」

「なんにしても、明日になったらさっさと出ていくわよ」

「あっ、イヴちゃんだー」

「あれ? どうしたのイヴちゃん」

「アンタたちの話し声がうるさくて寝れないのよ」

「す、すみません、お話の続きは、お外で……」

「いいわよもう。それよりもさ、あのオバサン、一体なにを企んでるのかしら?」


 窓の外のオバサンはガラスに爪立てながら、「お前たちが醜く争う姿を見たいんだよ……!」と心の中で叫んでいました。


 冒険者にとって、寝床は食事と同じくらい大事な要素。

 いい冒険者ほど寝る場所にお金を惜しみません。


 それを知っていた貴婦人は、わざわざ五種類のベッドを用意しました。

 きっといいベッドを巡ってケンカをすると期待したのです。

 行き着く先は、争いの果てに全部のベッドが消えてしまい……禍根を残したまま、惨めに床で眠るリリーたちの姿でした。


 でも、そんな光景はどこにもありません。

 リリーたちはすすんで床に寝て、むしろ最高級のベッドにいるかのように楽しそうにしているではありませんか。

 この世の中に、こんな常識ハズレの冒険者がいるとは……貴婦人にとっては予想外でした。


 これも、リリーのせい。

 リリーが事あるごとにみんなを巻き込み、床で寝るようにしていたので……仲間たちもベッドがなくても慣れっこになっていたのです。


「でも、こんなに良くしてくださって、悪い方ではないと思うのですが……」

「ウサギさんがいいこだから、あのおばさんもいいこ?」

「なんかちょっと変わってるけど、基本的にはいい人っぽいよねぇ」

「どーだか、絶対ロクでもないことを考えてるに違いないわ。でなきゃこんなとこにひとりで住んでるわけないでしょ」

「でも、ごちそうは食べてもなんともなかったよ?」

「太らせようとしてるのかもしれないでしょ」

「なんで~?」

「私たちが痩せているのを、心配してくださっているのでしょうか?」

「そんなわけないでしょ、太らせたあと食べようとしてるに決まってるじゃない」

「だったら一番最初に食べられるのって、イヴちゃんなんじゃない?」

「そうかもしれないわねぇ……って、なんですってぇ!? アタシが一番重いとでも言いたいのっ!?」

「ごちそうの森があることを考えて、自分たちを食料とする動機は考えにくい」

「じゃあ、何が目的だってのよ」

「不明。まだ情報が不足している」

「ハァ、結局わかんないってことね……。ってリリー、アンタなに食べてんのよ」

「いや、明日はこの村を出るんだよね? そうなったら元に戻っちゃうから、今のうちに食べとこうと思って。自分の武器を食べる機会なんて、滅多にないし」

「ミントもたべるー!」

「私のドーナツもいかがですか?」


 リリーたちはお菓子をつまみながら、おしゃべりを続けます。

 クロの両手杖は塩気のあるプレッツェルで、甘いものの合間に食べるのにちょうどよかったので人気がありました。


 あたりは静かな夜でした。風の音も、虫の音も、フクロウの鳴き声すらしません。

 時折、ウサギが揺らす草の音が、ささやきのようにカサ、カサとするだけです。


 みんなは時間とともに、ゆるやかな坂を下るようにまどろんでいきました。

 横になって、寝言のように言葉を交わしながら、眠りに落ちていきます。


 いつもだったらさっさと寝てしまうリリーでしたが、今日はなぜか目が冴えていました。

 話題を振っていたのですが、ついに誰も返事をしてくれなくなりました。


 ひとり、途方に暮れていると……ふと、視界の隅のほうで、何かが動きます。

 見てみるとそこには、窓から差し込む月明かりに照らされた、女の人がいたのです。

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