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リリーたちがごちそうを食べるために使っていた『魔法の箸』。
それは豆の木が成長するようにグングンと伸び、とうとう大きなテーブルの真ん中まで届いてしまう長さになりました。
「は……箸が伸びちゃった!?」
「なっ、何よこれっ!?」
「きゃはははははは! おもしろーい!」
「ああっ、これはいったい……?」
「……」
驚く者、怒りだす者、大笑いする者、おろおろする者、変わらない者……伸びた箸に対して、リリーたちはいろんな反応をします。
それでも箸を置く者はいません。
ごちそうを食べはじめたばかりで、まだぜんぜん食べ足りなかったからです。
リリーたちは、シロの髪の毛みたいに長くなった箸を使ってごちそうを食べ続けようとします。
ですが、長い箸ではうまくいきません。ごちそうをつまんでも遠すぎて口に運べないからです。
「まったく、なんでこんなに長くなんのよ」
イヴはぶつくさ言いながら、箸を短く持とうとします。
ですが、七色に塗られている柄のところ以外を持った途端、つまんでいたごちそうは消えてしまいました。
「ひょいっと!」
ミントはつまんだごちそうを放り上げ、エサをもらう鯉のように口を開けて待ち構えました。
ですが、ごちそうは空中で消えてしまいました。
「……」
クロは箸を使わず、直接手でごちそうを取ろうとしましたが、やはり消えていました。
「うぐぐ……」
リリーは持つ場所を変えず、後ろに手を伸ばして箸の先にあるごちそうを食べようとします。
しかしそれでも長すぎて、ぜんぜん口まで届きません。
まだお腹が空いているのに、目の前にごちそうがあるというのに、急に食べれなくなったリリーたちは混乱しました。
そのうえ箸が長いと、箸どうしが当たってしまいます。
ぶつかった拍子にごちそうを落としたりして、どんどんじれったくなっていきます。
シロはみんなとぶつからないようにと、箸を引っ込めてしまいました。
その様子を、離れた木の陰から伺っていた貴婦人。
ウクククク、と肩をふるわせて笑っています。
この森のごちそうは「きまりごと」のとおり、虹色の柄のところを持って食べないと消えてしまいます。
箸は最初のうちは普通の長さなのですが、食べ始めてから長くなる仕掛けとなっていました。
ごちそうのおいしさを知ってから長くなるので、長くなってもなんとか食べ続けようとします。
しかし、よほど手の長い人でもないとうまくいきません。
そうして食べられずにイライラさせることが、貴婦人の狙いでもあったのです。
小さないさかいがきっかけで、大きな争いに発展するように……と。
ごちそうを食べるためには、手はひとつしかありません。
リリーたちはそれに気づくのでしょうか……?
「なら、食べさせっこしてみよっか!」
リリーはあっさり気づきました。
普段から食べさせっこ憧れているリリーにとっては、この状況はむしろ、渡りに船だったのです。
箸でウインナーをつまみあげたリリーは、向かい側にいたミントの口元に運びます。
「はい、ミントちゃん、あーんして」
「あーん」
エサをもらう雛鳥みたいな口に、ウインナーを持っていくと、ぱくり、と食べてくれました。
「おいしいーっ!」
ミントの顔に、笑顔がもどります。
「リリー、あたしにもよこしなさいよ」
イヴから言われて、リリーはびっくりしました。そして、天にものぼる気持ちになりました。
常日頃から食べさせっこを拒絶してきたイヴが、自分からおねだりしてきたからです。
リリーはイヴの好きそうなローストビーフを食べさせてあげたあと、仲間たちに言いました。
「じゃあ、みんなでやろっか。順番で箸を使って、左隣のひとつ飛ばした相手に食べさせてあげるの。食べさせたら、左隣のひとが箸を使う役ね。そうやって時計まわりでぐるぐる回って食べさせっこするの」
リリーはひとりずつの食べさせっこを提案します。
みんなで一斉に食べさせっこするとごっちゃになってしまうのと、世話好きなシロが食べさせ役に回るんじゃないかと思ったからです。
特に反対する仲間はいなかったので、順番に食べさせっこしました。
するとどうでしょう、さっきまでの食べにくさがウソのようになくなりました。
リリーはミントに食べさせます。
「ミントちゃん、どれ食べる?」「これー!」「はい、あーん」「あーん!」
シロはイヴに食べさせます。
「どれにいたしますか?」「うーん、そこのエビ蒸し」「はい、どうぞ、お熱いのでフーフーいたしますね」「……そっから吹いても届かないでしょ」
ミントはクロに食べさせます。
「どれー? これー?」「……」「あーん!」「……」「おいしい? おいしい?」「……おいしい。食べたいものとは異なるが」
イヴはリリーに食べさせます。
「どれよ?」「そこのプク!」「……アンタがプクなんて十年早いわ、こっちのモーサンでいいでしょ」「そ、そんなぁ!?」
クロはシロに食べさせますます。
「……」「お手数おかけしてすみません」「……おいしい?」「ありがとうございます。はい、とっても。ハイビスカスのスパイスの、爽やかな酸味が素敵です」「……」
この食べさせっこは、効率的ではありません。
でも、リリーはこの食べ方が気に入ってしまいました。
おいしそうに食べているみんなの顔もじっくり見られるし、おいしそうに食べている自分の顔もみんなに見てもらえる……。
時間もゆっくりと流れているような気がして、幸せな気持ちになれるからです。
仲間たちも、同じ気持ちでした。
食べさせっこが初めてなイヴも、まんざらではなさそうです。
リリーは世界中の箸が、この魔法の箸になればいいのに……と思いました。
しかし、面白くない者もいました。
陰で見ていた貴婦人です。
ごちそうが食べれない不満で、大喧嘩を始めるかと思っていたのに……。
そして仲間を割れをはじめて、森から怒って出ていくかと思ったのに……。
くやしさのあまり出っ歯を木の幹に立て、ビーバーのようにかじっていました。




