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リリーたちが飛び込んだ水たまり。その先にあったのは、小さな村でした。
村はさんさんと照りつけるお日様に包まれ、あわてんぼうの春が冬を追い越したみたいにぽっかぽかでした。
「はぁあ~、あったか~い」
「さきほどまでの寒さが、ウソのようですね」
ついさっきまで凍えるような寒さだったので、リリーとシロの顔も自然とほころびます。
その後に続くクロは落ち着いており、もうずっと前からここにいるかのようでした。
「なんか、変わった村だね。でも、聖域の森みたいにすっごくキレイ……」
見回しながらリリーは言いました。
色でいうなら、聖域は清らかな青という感じなのですが、この村はあたたかい橙色です。
あたりはオレンジのようなそよ風がただよい、ホタルのような光の粒が漂っています。
心までほんわかするような気候のせいか、木々の葉はつやつやとした緑で、道端の草もキレイな花を咲かせていました。
のどかな佇まいの家々は三角帽のような屋根で、どれも小さく、高さがウサギ小屋くらいしかありません。
まるで小人たちの住まいのようでした。
「はい。素敵な所だと思います。このあたりはウサギさんのお家のようですね。村の方はもっと奥のほうにおられるんでしょうか?」
シロの言うとおり、小さな家には外にも中にも人の姿はありません。
かわりにウサギたちがぴょんぴょんと行き交っています。
いろんな柄のウサギがいて、どれもおしゃれに着飾っていました。
シルクハットを被っていたり、首にリボンを付けていたり、バンダナを巻いていたりします。
人に慣れているのか、リリーたちが近づいても逃げることもせず、そしらぬ顔をしていました。
リリーたちは村の奥へと歩いてきます。
ウサギの銅像のある中央広場にたどり着くと、先に村に来ていた仲間たちがいました。
「うわあああん! イヴちゃんがぶったぁ~!」
ミントはイヴからわんわんと泣き離れ、お母さんに助けを求める子供みたいにシロにひしっ、と抱きつきました。
「アンタがぶたれるようなことするからでしょ! 勝手に飛び出しちゃダメだって、いつも言ってるじゃない!」
イヴは怒りん坊のお父さんみたいにぷりぷりと怒っていました。
シロはしゃがみこんで、やさしいお母さんみたいにミントの頭を撫でています。
「ああっ、痛い痛いですか? でももう大丈夫です。いたいのいたいの、とんでけー」
撫でていた手を、ぱっと空に向かってかざすと、いつもだったら頭のたんこぶはすぐに引っ込むのですが……なぜか、たんこぶはそのままです。
シロは首をかしげます。もう一度やってみましたが、同じでした。
いつも首から下げているタリスマンを手にとってみると……「えっ!?」と驚きの変化があったのです。
「どうしたの? シロちゃん?」
リリーは覗き込みます。そこにはドーナツを手にしたまま、目をまんまるにしているシロがいました。
「タリスマンが……ドーナツに……なってしまいました……」
なんと、シロがいつも首から下げている、治癒魔法を使うためのタリスマンが……シュガーコーティングにチョコスプレーでトッピングされた、おいしそうなドーナツになっていたのです。
「タリスマンだけではない」
夜に鳴くフクロウのように、クロが言います。
見ると、クロがいつも手に持っている古い木の杖も、大きなプレッツェルになっていました。
「……ま、まさか!?」
イヴは、まさか自分のも!? と背負っている大きな剣を抜いてみました。
いつもは重くて硬い鉄板みたいな剣も、軽くて柔らかいマシュマロになっていて、だらんと垂れ下がっています。
「な……何よこれっ!? って、食べるんじゃないわよっ!」
ミントが柳に飛びつくカエルのようにかぶりついてきたので、急いで引っ込めました。
リリーは嫌な予感がしたので、腰にぶら下げていた剣を抜いてみます……チョコバーでした。盾は、おおきなクッキーです。
「うわあ!? 武器がぜんぶ、お菓子になっちゃってる!?」
リリーたちはあわてて、他の持ち物までお菓子に変わっていないか調べはじめます。
すると、
「そんなに心配しなくてもいいわよぉ、この村を出れば、元に戻るわ」
後ろから貴婦人がやってきました。リリーたちをこの村に案内した女の人です。
「この村には、武器がお菓子に変わる魔法がかかっているの。そのおかげで、何が攻めてきても安心なのよ」
「じゃ……じゃあ、もし食べちゃったりしても大丈夫なんですか?」
リリーが尋ねると、貴婦人はにっこり微笑みました。
「もちろんよ。この村を出れば元通りになるから、オヤツにぴったりよ」
「おいしい~!」
ミントはさっそく、自分の武器である鉄爪を舐めていました。キャンディーのようです。
「そうだ、リリー、クルミは大丈夫なの? ラムネかなにかになってるんじゃない?」
イヴに言われ、リリーはそういえば、と腰の聖剣を調べてみると、
「なんだよぉ、寝てるのに、邪魔しないでよぉ!」
とクルミに怒られてしまいました。
その声を聞いた貴婦人は、アイシャドウに彩られた瞼を瞬かせます。
「あら、しゃべる剣ね」
「えっ……クルミちゃんのこと、知ってるんですか?」
リリーは驚きました。貴婦人がしゃべる剣のことを知っている口ぶりだったからです。
「その子はクルミちゃんって言うのね。その子は初めて見るけど、言葉をしゃべる武器というのは何度か見たことがあるわぁ。しゃべる武器というのは、武器そのものがしゃべっているわけじゃなくて、武器に宿った精霊がしゃべってるんですって。その剣に寄り添っている子はきっと女の子ね。見た目からするに、きっと美人よ。青いドレスがよく似合うような……」
貴婦人の話にリリーは聞き入っていました。でも途中でイヴが遮ります。
「そんなこと、どうでもいいでしょ。それよりもミントは連れ戻せたんだし、とっととここから出るわよ」
「えーっ、もういっちゃうの~?」
ミントは胸に抱いたウサギと一緒にキャンディをかじるのに夢中になっていましたが、帰ると聞いて嫌そうにしています。
貴婦人もうんうんと頷きます。
「あらあら、せっかく来たんだし、もっとゆっくりしていきなさいな。それに外はまだ雨よ? あの調子だと、きっと今夜もどしゃ降りだから……明日の朝までここで雨宿りしていくといいわ」
「さんせーい! ミント、ここにいたーい! ウサギさんともっとあそぶー!」
おきらくなミントに、イヴは舌を鳴らします。その後、ちらりとリリーを見ました。
ここはリリーの判断に任せるようです。
リリーは悩みました。イヴは村から離れたがっていて、ミントは村に居たがっています。
シロとクロはというと、リリーに任せるという表情をしていました。
リリーは武器がお菓子になったときはびっくりしていましたが、問題ないとわかった今は好奇心がムクムクとわいていました。リリーはそういう女の子です。
となると、答えはひとつしかありません。
「よし……じゃあ、明日の朝までここにいよう!」
リリーはここで過ごすことにしました。
この村に興味があるという理由だけではありません。
ここにいればドッペルゲンガーも追ってはこれないだろうと考えたためです。
それに、なにより外は雨の降りしきる寒空。夜を過ごすうちに風邪をひいてしまうのではないかと心配になったのです。
そう決めたら安心したのか、リリーのお腹がきしんだ扉みたいな音をたてました。
「あらあら、お腹が空いてるのね。じゃあ、食べ物のあるところに行きましょうか」
貴婦人はそう言って、リリーたちを手招きします。
リリーは「食べ物のあるところ」という言い方が少し気になりましたが、貴婦人についていくことにしました。




