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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
リリーとゆかいな仲間たち
23/315

23

 木々が生い茂るケモノ道を、登ったのと同じぶんだけ下ってまさしく山ひとつ越えたあと、急に視界が開けて大きな入り江が現れる。

 山間をえぐるように存在する海のかけら、そしてまわりを囲む三日月みたいな砂浜、その先には水平線。空と海、ふたつの鮮やかな青がくっついていた。


「そうそう、これこれ!」

 私の大好きなシチュエーションにテンションがあがりまくる。さっきまで邪魔でしょうがなかった日差しの強さが、もっともっと欲しくなる。


「あら、いーんじゃない?」

「わぁーっ! だれもいないよー!」

「あお……」

 他のみんなも同様のようだった。


 ただひとり無言のシロちゃんは、瞬きするのも惜しむように広がった世界を眺めていた。


「どお? シロちゃん、初めての海は?」

「はい……きれいです……」

 いつもは話しかけてきた人をちゃんと見ながら返事をする彼女が、めずらしく視線を動かさなかった。その瞳は光を反射する海面と同じくらい、キラキラしていた。


「この海の先には、別の大陸があるのですね……」

 そしてうっとりと水平線の向こうに想いを馳せていたが、

「はやくいこーよぉー!」

 それは待ちきれないミントちゃんの手によって中断させられた。


「あっ、はっ、はい! すみません!」

 いつものように引っ張られていくシロちゃん。


 木陰を見つけた私たちはそこに荷物を置き、キャンプの拠点とした。まわりの木にロープを張り巡らせてバスタオルを干し、簡易脱衣所を作る。

 山道を歩いて汗をかいているせいでみんなの心は泳ぐモードになっており、課題のことは誰も口にせず黙々と着替えた。


「いっくよぉー!」

 服を脱ぎ散らかしながら最速で着替え終えたのはミントちゃんで、フリルスカートがついた黄色いワンピース水着姿で弾丸のように飛び出していった。


「…………」

 そのあとに飾り気のない黒ワンピース水着のクロちゃんが続く。


「じゃ、おさきに」

 プロポーションを見せ付けるような真っ赤な大胆ビキニのイヴちゃんは優雅な足どりで出ていったかと思うと、焼けた砂を踏んで「あっつーい!」と叫んでエリマキトカゲみたいな体勢で海に走っていった。


 残ったシロちゃんはのんびりと、脱ぎ捨てられた衣服を集めて丁寧に畳んでいた。

 えーっと、彼女的にはひとりにしてあげたほうがいいんだろうか……と迷っていると、私の視線に気づいたシロちゃんは、


「あっ、すぐに着替えてまいりますので、お先にどうぞ」

 子供を見送る母親みたいな笑顔で言った。


 送り出された私は灼熱の砂浜を跳ねて移動し、海に飛び込んだ。

 そこでは賑やかなふざけ合いが展開しており、近づいただけで三方から水しぶきが飛んできた。海水を浴びせかけられると、潮の香り、水の冷たさ、しょっぱさが一気に広がり、海に来たことを改めて体感できる。


 海はもう感じたので充分だったのだが、彼女たちの本気度の高い水のかけあいは手加減というものを知らないようで、

「あっ、やめ、苦しっ、ちょ」

 言葉を発するスキも与えられないほどドバドバドバと水をぶっかけられ続けた。


「この……!」

 この状況の打開は反撃しかない。両手で水をすくいあげて勢いよく放つと、それをまともに顔に浴びたミントちゃんは「ひゃあ!」と尻餅をついた。

 ここぞとばかりにみんなで取り囲んで水攻めにしていると、遠くのほうからシロちゃんが向かってくるのが見えた。 


 試着室で見たときと同じ、白いワンピースパレオに身を包んだお団子頭のシロちゃんはぎこちない足取りで近づいてくると、

「すみません、お待たせしま……きゃあっ!」

 最初の一言を終える前にぶっかけの洗礼を受けた。


 海にまだ入っていないのにびしょ濡れになったシロちゃんは、瞼をしばたたかせながら、

「う、海のお水って、本当にお塩の味がするのでうぶぁ」 

 二言目もぶっかけで遮られていた。


 全員たっぷりと塩水を浴びせあったあとは、おのおの好きなことをして過ごした。

 イヴちゃんは砂浜に寝そべって甲羅干し、クロちゃんは海釣り、ミントちゃんはイルカみたいに泳ぎながら水面を跳ねていた。


 私はシロちゃんとの約束どおり、水泳教室。まずは肩が出るくらいの深さのところに行って向かい合った。

「じゃあ、まずは両足を離して、浮いてみようか」

「浮く……ですか?」

「うん。身体を前に倒して、足は前に出さずにそのまま身体をうつぶせにしてみて、そしたら浮くから」

「は、はいっ、やってみます」

 彼女は直立不動になると、ゆっくりと前に倒れてきた。そのまま水平に……と思ったが、前のめりになってお尻を突き出すようにしている。アンバランスなその体勢だと上半身がどんどん潜っていき、めくれたワンピースから食い込み気味の白いお尻が海面で露になってしまった。

 彼女にしてはあられもないポーズだが、たぶん本人は泳ぎに集中してて自分がどんな格好なのかわかっていない。


 最後まで見届けるつもりだったけど、水平になるどころか逆立ちするみたいに垂直になっていき、とうとう水面に出た下半身がカエルの脚みたいになってきたのでほっとくわけにもいかず、起こして仕切りなおすことにした。


「えーっと、私が両手を引っ張るから、その流れに任せて身体を水平にしてみて、顔は上げたままでいいから」

 両手を握って説明すると、

「はいっ」

 いい返事がかえってきた。彼女の手をひっぱると、今度は前のめりになることはなく、ちゃんと水平状態になった。


「そのまま両足をバタバタ動かして」

「はいっ」

 真剣な顔のシロちゃんは、小走りするようにちょこまか両足を動かした。


「もっともっと大きく動かして」

「は、はいっ」

 いきむような表情になったあと、足元からばしゃばしゃ水しぶきがあがった。


「そのままバタ足しながら顔を水につけてみて、目は開けなくていいから」

「えっ、顔をつけるのですか?」

「うん」

「か、かしこまりました」

 深刻そうな顔をしたシロちゃんは、固く目を閉じて顔を水につけた。そのままゆっくりとひっぱって先導する。

 ……なんとなく、バタ足で泳いでいるっぽい見た目にはなった。


 その状態でしばらくひっぱっていると、彼女がギュッと手を握り返してきた。どうしたのかと思ったが、水面からわずかに見えた彼女の耳が真っ赤になっているのを見て、あわてて彼女を抱き起こした。

「ぷはぁーっ!」

「息継ぎはしてもいいんだよ! 大丈夫?」

「すびばせん……」

 魂の抜けかけた顔でぜいぜい息をするシロちゃんを抱きしめると、ケホケホと咳き込んだので背中をさすってあげた。こんなことで死なれたら困る。


 背中をさすりながら入り江の端を見ると、釣りをしているクロちゃんの姿が見えた。彼女は私に気づくと立ち上がって両手で手招きをはじめた。泳ぎまわるミントちゃん、浜辺のイヴちゃんも指さしていたので、たぶん全員で来い、という意味なんだろうと思った。

 いったん教室を中断して、みんなを呼び集めて行ってみると、入り江の先端部分から突き出した岩棚に案内された。そこには、石碑のようなものが置かれていた。


 なにやら文字の書かれた石碑を、みんなで覗き込む。

「なにかかいてあるよ?」

「どっかで見たことあるような文字ね」

「……古代語のようですが……」

 古代語……昔の人たちが使っていた言語。授業でも勉強した記憶がある。


「でも古代語って大昔の文字でしょ? それが書いてあるわりには、あんまり古い感じの石じゃないわね」

 前かがみになって石碑を覗き込みながら、洞察力を発揮するイヴちゃん。その背中は日焼けで赤くなっていた。


「古代語が使われていた時代に設置されたものではないと推測される」

「と、いうことは……」

「学院が置いた可能性が高い」


「何て書いてあるの?」

 授業では勉強はしたものの、読めるわけではなかった私はクロちゃんに聞いてみる。


「日出づる国において、もっとも美しき淡紅の花、そこに……」

 クロちゃんの翻訳は、お腹から鳴った「きゅぅ」という音に遮られた。


 急に黙ったかと思うと、緩慢な動作で腕をあげ、ある一点を指さす。そこには釣り上げられた魚が山と積まれていて、その大漁ともいえる釣果に対して彼女は

「ごはん」

 とだけつぶやいた。


 お腹もすいてきたので釣った魚を抱えてキャンプに戻り、お昼にすることにした。みんなは実際のキャンプ経験がほとんどないので、私が陣頭指揮をとる。

 シロちゃんは魚の下準備、ミントちゃんは焚き木拾い、クロちゃんは火起こし、イヴちゃんは木を削って串作り。

 下ごしらえのすんだ魚を串に通して、火を囲むように立てかける。……しばらくして、ジュウジュウ音をたて、たちのぼる白い煙にのって魚の焼けるいいニオイがしてきた。

 しっかり焼けたところで、みんなに一本づつ手渡す。


「ねえ、まさかこのまま食べろっての?」

 串の両端をつまみながら、イヴちゃんが信じられない様子で言った。


「うん、こうやって丸かじりするの」

 手にした魚にかじりついてみせる。


「お魚をこのような形でいただくのは初めてです」

 私の例を見ていたシロちゃんは、意を決して魚の胴体にキスするみたいに上品に口に含んだ。


「うみゃいでしょー?」

 そう言うミントちゃんはすでに骨が見えはじめるほど食べ進めており、

「はい、とっても」

 シロちゃんは口を手で押さえながら笑顔を返した。


 トウモロコシをかじるみたいに魚を回転させながら食べるクロちゃんを横目で見ていたイヴちゃんは、ヤケ気味に魚にかぶりついた。


「どう? おいしい?」

「まあまあね」

 すぐにふた口めをほおばりながら、イヴちゃんは言った。ずっとそんな口調だったが、最終的に十匹もの魚をたいらげていた。


 食後はスイカ割り……だったけど、一番手のイヴちゃんが大剣でスイカを粉々にしてしまったので、なんだかわびしいデザートになってしまった。

 小さくなったスイカの欠片をちまちまかじりながらイヴちゃんを見ると、「悪かったわよ」とふてくされたように言われた。


 それから水泳教室の第二部ということでみんなでシロちゃんを抱えて遠泳したりして、夕方まで遊んでしまった。けっきょく今日はこの浜辺で一泊しよう、ということになった。


「まるで、夕日が海にとけていくみたいですね……」

 赤く染まる海を波打ち際に座って眺めていたシロちゃんが、夢心地でつぶやいた。

「そうだねー」

 隣に座る私も、ほんわかした気分だった。

「どーよ、木を使ったら一気に高くなったわよ!」

「あーっ、ずるーい!」

「……それはダメ」

 さらにその隣では誰が一番高く砂の城を作れるか、イヴちゃん、ミントちゃん、クロちゃんが競いあっていた。


「シャーッ!」

 賑やかでちょっぴりロマンティックなひとときは、思いもよらぬ形で邪魔された。再び背後で「シャー!」という音がする。振り向くと、私たちが通ってきたケモノ道に、ワニみたいな生き物が立っていた。

 槍を持ち、緑色のウロコに覆われたソイツは、こっちに向けて口を大きく開けて蛇みたいな細い舌をチロチロさせながら、「シャー!」と威嚇音みたいなのを出している。


「あれは……!」

 緊張気味に言うと、

「……リザードマン」

 抑揚のない声の答えがかえってきた。


 リザードマン。ワニ人間みたいな見た目だが、道具を扱えるほど知能は高い。普段は二足歩行だが、速く移動したいときや泳ぐときは普通のワニみたいに腹ばいになって移動する。

 武器は手にした槍と強靭なアゴでの噛みつき、そして尻尾でのテールスイング。胸部と腹部以外はウロコで覆われており、多少の刃物なら防ぐことができる。

 攻撃力、防御力、どちらをとってもゴブリンより圧倒的に高いモンスターだ。


 一匹のリザードマンの威嚇音に呼び寄せられたかのように、藪の中から仲間のリザードマンたちが次々と這いずり出てきて、立ちあがった。みんな同じような槍を持っている。

 あっという間に十匹以上に増えたリザードマンたちは、槍を突き出したまま私たちを取り囲こもうとする。私たちはお互いをかばうように一箇所に集まって、じりじり近寄ってくる敵をにらみつけた。


 しまった。完全に油断していた。いままでモンスターの気配すらない旅行のような道中だったので、気が抜けきっていた。

 武器も防具も一切ない、完全な丸腰状態でのモンスター遭遇。武器は荷物と一緒にリザードマンたちの背後にあり、とても取りにいける距離ではなかった。


 砂の城を崩して迫ってきたリザードマンたちに対し、素手でファイティングポーズを取ったイヴちゃんはいまにも殴りかかりそうだった。そんな彼女を片手で制したクロちゃんは、

「この数を相手にしても、勝ち目はない」

 この状況でも冷静だった。


「じゃ、どうしろってのよ!」

「私たちを殺すつもりなら、既にしているはず。殺さないのは、捕獲する意思があるから」

「大人しく捕まれっての?」

 くってかかるイヴちゃんに眉ひとつ動かさず頷いたあと、クロちゃんは両手をあげて降伏の意思を示した。裏切り者を見るような目で睨むイヴちゃん。


 ……たしかに、この状況で勝つのは絶望的だ。ここで死ねば、最悪水着以外の装備を失ってしまうかもしれない。それは死ぬ以上に避けたい事態だ。ならばここはクロちゃんの判断にかけて、降伏してチャンスを待つのが良さそうだ。……捕まってどんな目にあわされるかわからないけど。


 私もクロちゃんにならって両手をあげると、シロちゃん、ミントちゃんもそれに続いた。

 残るはイヴちゃんだけだが、彼女のプライドからするに、降伏は受け入れがたい屈辱なのだろう。両手をあげたままヒジでつついてみたが、イヤイヤと首を振られた。

 私とクロちゃんとミントちゃんの三人でつつくと、首をぶんぶん振ってはじき返された。


 しばらくそうやって断固拒絶していたイヴちゃんだったが、

「うぅっ……!」

 やがて悔しそうに呻いたあと……ゆっくりと両手をあげてくれた。

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