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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
229/315

59 水たまりに映る村

「!!」


 滝の向こうで激しく揺らぐ人影に、少女たちは息を呑み、そして潜めた。

 リリーは自分とソックリな人物かどうか、目を凝らして確かめる。


 影はこちらに近づいてきているのか、じょじょに鮮明になっていく。

 屋根のように大きな傘をさしたシルエットだった。


 ゆったりと迫ってくる影はついに滝壺を抜け、リリーたちのいる窪みに入ってくる。

 全容を現したのは……傘をさしたもうひとりのリリー……ではなかった。


 傘は影のせいで大きく見えているのかと思ったが、実物も樹木のように巨大だった。

 というか、樹木そのものを持ち歩いているようだった。


 厚い樹冠のおかげか、豪雨のなかでも雫ひとつ浴びていない。

 幹はアンバランスに細く、そのおかげで普通の傘っぽく片手で持ち歩けるようだった。


 リリーたちは変わり種の傘ばかりに目を奪われてしまったが、ふと我に返り、何者かと顔を伺う。

 だが、垂れ込める葉のせいで首から上が隠れて見えなかった。肩から下は大人の女性の印象……さらにいえば貴婦人のようだった。


 ここは山の上、森の中であるにも関わらず、これからパーティにでも向かうような過美なドレスに身を包んでいる。

 見せる相手もいないはずなのに胸元は開いており、豊かな胸を無防備にさらけ出していた。


 靴はドレスとお揃いのデザインのハイヒール。

 足元は最悪のコンディションなのにしゃなり、しゃなりと歩いていられるのは、身体がわずかに宙を浮いているためであった。


 婦人は優雅な足どりで、リリーたちのほうに向かってくる。

 側まできてようやくリリーたちの存在に気づいたのか、「あら」と声とともに傘をあげた。


 編み上げた髪。顔一面はおしろい肌で、蝶が羽ばたいているようなアイシャドウと、南国の花のようなルージュで彩っている。

 魂を奪われるような妖艶さと、儀式用のお面のような不気味さが同居した、神秘的な顔だちであった。


 婦人が傘をおろすと、樹木のようだったそれはしゅるんと縮んで木のステッキになる。

 ステッキに身体をあずけるように前かがみになり、リリーたちを覗き込んだ。


「あなたたち……こんなところでなにをしているの?」


 エンジェルベルが鳴るような上品な声と、孤児を慈しむような愛満ちあふれる微笑み。


 口元を緩めた拍子に、上唇から長い前歯がこぼれた。

 本来であればコンプレックスになりそうなほどの出っ歯であったが、隠そうともしていない。

 ネイルのようなデコレーションが施され、まるでチャームポイントのようにしているのがさらに好感が持てた。


 派手な化粧とドレスで飾ったその姿は、高嶺に咲く花のように近寄りがたい見目だったのに……話しかけてきてからの雰囲気は真逆の、春の花畑のような親しみやすさだった。


 警戒心を抱いていたリリー、シロはあっさりと心を許してしまう。

 ミントにはもともと警戒心がないので、すでにニッコリ笑顔を返していた。


「なにしてるかって……見てわかんないの? 雨宿りしてんのよ」


 イヴは敵対心を剥き出しにし、ひねくれた子供のように睨み返している。

 クロは友好も敵対もせず、そもそも目すらくれていなかった。


 寒空のなかに現れた貴婦人と、身を寄せ合ってひとつのスープを分け合うリリーたち。

 まるで裏路地に迷い込んだ大金持ちがホームレスの子供たち出会ったような、そんな光景だった。


「こんなところで雨宿りなんて、風邪ひいちゃうわよ。よかったら先生の村にいらっしゃいな」


 金持ち婦人は、貧しい子供たちをあたたかく迎え入れようとする。


「……えっ? 先生? 村?」


 リリーは驚きのあまり、単語だけをオウム返しする。

 まるで読み書きも満足にできないかのようだ。


「先生はね、すぐ近くの村で、教師をやっているの」


 出来の悪い生徒も見捨てない先生のように、婦人はやさしく教えてくれた。


「アンタ何言ってんの、こんなところに村なんてあるわけないでしょ」


 しかしイヴは人さらいに接するような態度を崩さない。

 このクロッサード山道には村なんてなかったはず……と頭の中の地図を思い返している。


「あるわよぉ、ほら、そこに」


 鷹の爪のようなネイルで婦人がさしたのは、窪みの奥にある水たまりだった。

 リリーたちはただの水たまりだと思って気にもとめていなかったのだが、よく見るときれいにくり抜かれた岩床で、人の手によって作られた水鏡のようであった。


「中を覗いてごらんなさいな」


 言われてリリーたちはおそるおそる水たまりに近寄り、中を覗き込んでみる。


 そこには、小さな家々が並ぶのどかな村の風景が揺らいでいた。

 映り込む元となる村はどこにも見当たらない。まるで水たまりの奥に世界があるようだった。


「あ、これ、もしかして……!」


 驚きの声とともに、一同は思い出していた。


 リリーたちは二週間ほど前、ゼン女と交流授業で『湖に映る塔』に挑んだ。

 それは一面の湖に映り込んだ塔なのだが、塔そのものはどこにも存在していなかった。


 湖に飛び込むと、まるで別の世界に転送されてしまったかのように、映り込んだ塔の前に出たのだ。


 交流授業でも習ったことだ。メリーデイズに代表されるバスティドの北西地方では、かつての戦争時代においてモンスターの襲撃から身を守るため、水面を転送装置の一種として利用する魔法技術を編み出した。


「戦争が終わってからは一気に廃れて、湖の塔以外はあらかた無くなったって聞いてたのに……こんな所にまだ残ってたのね……」


 イヴはしみじみとつぶやく。


 戦争中、人は様々な手段を用いてモンスターたちに抵抗し、また必死に生を求めた。

 この地方は特に戦いが激しかったそうだが、水たまりの中に作った村に隠れ住むことで生き延びたのだ。


 もはや廃れてしまったとはいえ、戦火を乗り越えた技術はたいしたもののようで、少々の荒天にもびくともしないようだった。

 外では冷たい雨が降りしきっているのに、水たまりの中にある村は晴れわたっていた。

 寒くもなさそうで、まるで春のようにうららか。


「わあ、あったかそう!」「ウサギさんがいっぱいいますね」「ほんとだ、ぴょんぴょんしてる~!」


 子供のような感想を述べるリリー、シロ、ミント。

 寒さのあまり擦ってしまったマッチの火の向こうに、幻覚を見ているかのようだった。


「…………」


 ただの水たまりのように見下ろしているクロは、何の感想もない。


「ふふ、とっても素敵なところよ、さぁ、どうぞ」


「わぁ~い!」


 婦人から手で示されて、ミントは一も二もなく跳躍した。

 イルカの曲芸のように空中でクルリと回転したあと、高飛び込みのように水たまりに突入する。


「あ! ミントちゃんっ!?」


 我に返ったリリーは慌てて手を伸ばしたが、間に合わなかった。

 小さな少女の姿はすっぽりと、水たまりの奥に呑み込まれてしまった。


 ひと足先に入村したミントは、満面の笑顔でウサギを抱き上げている。


「……なんともないみたいだね」「ああ、よかったです……」


 ハラハラと様子を伺っていたリリーとシロは、双子のように揃った動きで、ふぅ、と胸を撫で下ろす。


「ミントが行った以上、こうして見ててもしょうがないわ、アタシたちも行くしかないでしょ」


 次に決意したのはイヴだった。

 キッ、と婦人を一瞥したのち、水たまりを踏みつけるようにして飛び込む。


 イヴは村にズカズカと踏み込みんでいくと、ミントをぽかりとやった。

 泣き出すミントと、蜘蛛の子を散らすように逃げていくウサギたち。


「……よし、私たちもいこう」


 シロとクロを交互に見るリリー。「はい」とシロ、無言で頷くクロ。


 三人の少女は手を取り合って、ピョンと小さくジャンプ。

 脚をたたんだまま水たまりの中に身を沈めた。


 残されたのは、ごうごうと鳴るほどの雨と、ひとりの貴婦人。

 その口元は、裂けたように歪んでいた。

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