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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
228/315

58

 森は、冬がひとあし早く訪れたような冷たい空気に支配されていた。

 いつもだったら深呼吸したくなるような澄んだ空気も、冷えてピンと張りつめ、それを通り越して刺々しくなりつつあった。風がないのがせめてもの救いだ。


 リリーたちは雹のように冷たい雨から逃れ、岩山の窪みで縮こまっていた。

 横一列に並び、冬山の猿のように身体を寄せ合う。


 少し待ったら雨は止むかと期待したが、雨足はどんどん強くなっていく。

 急造でてるてる坊主まで配備したというのに、逆に山の神の怒りに触れたかのように激しさを増していった。


 窪みからの光景は滝の裏にいるみたいになり、少女たちの不安も募っていく。


「さむさむさむさむ……ああ、いつまでこうしてなくちゃいけないんだろう」


 吐く息がほんのり白くなっていることに気づき、リリーはますます絶望的な気分になった。


「知らないわよ……それよりもっと詰めなさいよ、寒いんだから」


 リリーの隣、列の隅にいるイヴが押してくる。

 大きくしたシロの翼に覆われているのだが、やっぱり端のほうは寒いのだ。


「ひがちっちゃくなってく……さむいよぉ……」


 列の真ん中にいるミントが、焚き火の炎を溶けていくアイスクリームのように見つめ、母親にすがるような声で助けを求めた。


「ああっ、燃やすものがもうなくなってしまって……すみません……」


 困り果てたシロは、せめてもの思いでミントを強く抱きしめる。

 この雨なので、草木は濡れていて燃やせない。しょうがないので修学旅行のしおりを燃やしたのだが、それももう燃え尽きようとしていた。


 隣から青白い手が伸びてきて、火の中にどさりと何かが放りこまれる。

 手の主は、黒いローブを深く被ったクロだった。


「あ、クロ!? それ教科書じゃない!」


「……問題ない」


 唖然とするイヴに対して、事もなげにつぶやくクロ。

 真新しい書物はあっという間に炎に包まれ、火勢を増す燃料となった。


「問題ないって……授業どうするつもりよ?」


「……教科書の内容は、すでに自分のなかにある」


「そういえばクロちゃんって、授業のときも全然教科書開いてなかったね」


「全部覚えておいでなのですか?」


「クロちゃんすごーい!」


「開かないのは教科書だけじゃないよ、クロちゃんって本好きっぽい見た目なのに、本を読んでるところをぜんぜん見たことないんだから」


「本好きっぽい見た目って、なによそれ」


「クロちゃんって、なんとなくそんな感じがしない?」


「まぁ、わからなくもないけど」


「……自分が必要としているものは、本には存在しない」


 一瞬の沈黙のあと、ほほぉ……と感嘆の溜息が漏れる。


「そ、それは、本にある知識は全てお持ちになっているという意味ですか?」


「なによクロ、カッコつけてんじゃないわよ」


「もしかして、名言出ちゃった?」


「ねぇねぇ、ひつようって、なーに?」


「その方にとって、なくてはならないもの、という意味です」


「ふぅ~ん、クロちゃんのなくてはならないものって、なーに?」


 無邪気な少女の、何気ない問いかけ。

 それは仲間たちの興味をくすぐるピンポイントな質問だったのか、誰もが口を挟むことなく黙り込んだ。

 黒く濡れ光る岩肌に、溶け込むようなローブの少女が沈黙を破るのをひたすら待つ。


 しばらくして、薄い唇がかすかに動く。


「……リリー……」


 豪雨にかき消されるような、ひときわ小さな声だった。


 肩透かし、共感、よくわかっていない……様々なニュアンスの溜息が、少女たちから漏れる。


「ミントも、リリーちゃんがいなくちゃイヤー」


「はい、私もです」


「く、クロちゃん、ミントちゃん、シロちゃん……あ、ありがとう……」


 リリーは感激のあまり泣きそうになる。こんな状況じゃなければ抱きしめたい気分だった。


「どうせ抱きまくらがわりで必要としてるだけでしょ。アタシはいなくても別にかまわないわよ」


 しかしお姫様だけは、涙が引っ込むようなことを平然と言ってのける。


「い、イヴちゃん、ひどい……私はイヴちゃんがいなきゃイヤなのに……」


「そ……そうやって突然しおらしくなるんじゃないわよ! そんなことよりクロ! なくてはならないものがリリーだけってことはないでしょ!? 他にもっといいのがあるでしょ!?」


「皆無」


「ウソおっしゃい!」


「まぁまぁイヴちゃん、そんなにムキにならなくても……いいヒマつぶしになったからいいじゃない」


「ムキになんかなってないわよっ! ふん……気を持たせといて、まったく……」


「ミント、まだたいくつー」


「うーん、クルミちゃんみたいにどこでも寝れたらいいんだけどねぇ」


「ええっ!? クルミのヤツ、小屋であんなにバカでかい声で唄っといて、もう寝てるの!?」


「なんかね、雨の日は特に眠くなるって言ってた」


「猫さんみたいですね」


「ああ、それにしても……やっとドッペルゲンガーから逃げれられたと思ったのに、なんでこんな所で雨宿りなんてしてなきゃなんないのかしら」


「ここって『えいゆうの道』のどのくらいの位置なんだろ?」


「知らないわよ……半分くらいは来たんじゃないの?」


「リリーさんになったドッペルゲンガーさんたちが追いかけてこられないということは、もう安全なんでしょうか……?」


「さぁねぇ、リリーのまんまだったらまだ寝てるんじゃないの?」


「いくら私でも、もう起きてるよ……そうだ、ドッペルゲンガーで気になることがあったんだ。なんでドッペルゲンガーたちは私に変わったんだろうね?」


「……ドッペルゲンガーは好意を抱いた者に擬態する。あの集落での生活を通して、リリーに好意を抱いたものと思われる」


「リリーに好意? バカ騒ぎしてただけなのに?」


「……自分たちと同じと考えれば、不思議ではない」


「ぐっ……あ、アタシはそうじゃないわよ!?」


「え? イヴちゃん、どうしたの急に? 話が見えないんだけど……?」


 イヴちゃんと話していると突然声を荒らげることがあるなぁ、と内心戸惑うリリー。

 心を乱している原因が自分にあるとは、目の前をぴちょんぴちょんと垂れ落ちる雨粒ほども思っていない。

 カルシウムが足りてないんだろうなぁ、くらいに考えていた。


「うるさいわねぇ、アンタひとりだけでも厄介だってのに、17人もいたらたまったもんじゃないって話よ!」


「そ、そんな話だったっけ……? まあいいけど……」


「ミント、おなかすいちゃった~」


 同調するように、リリーの腹の虫もぼやいた。


「あ、もうお昼かぁ……みんな、なにか食べるもの持ってない?」


 クロはローブの袖の下に手を引っ込めたあと、手品のようにニュッと腕を伸ばしてきた。

 手には、小さな木板を束ねたような物体が握られている。


「あ、ダイヤモンドパンだ! たべたい!」


 シチューに入っていたときの味を思い出し、ダイヤモンドのように目を輝かせるミント。


「クロ、アンタなんでそんなもの持ってんのよ?」


「荷車の中からいくつか抜いておいた」


「ナイス、クロちゃん! あ、でも、そのままじゃ食べられないか……ねぇ、だれか皿とか持ってない? 金属のやつ」


 リリーの言葉が終わると同時に「これでよろしいですか?」とシロが皿を差し出してくれた。

 尋ねてすぐに皿が出てきたので、リリーは面食らう。


「ちょ、シロちゃん、なんでそんなにすぐ皿を出せるの?」


「これはミントさんのお食事用の取り皿です。修学旅行のときに持ち歩いておりました」


 シロが両手を添えていたのは、金魚が描かれた子供用のブリキ皿だった。


「みずをいれるときんぎょがおよいでるようにみえるんだよ!」


「そうなんだ……ちょっと借りるね、シロちゃん、ミントちゃん」


 皿を受け取ったリリーは立ち上がり、屋根と雨の境目へと歩いていく。

 濡れないように滝壺に手を伸ばし、皿を雨水で満たした。


「アンタまさか、ダイヤモンドパンを雨水で戻すつもり?」


「うん、でも大丈夫だよ、雨水だってキレイなもんだって」


「ウソおっしゃい!」


「……降り始めの雨は大気の汚れを含んでいるが、本降りの雨は蒸留水に近い」


「ホント? まぁ、クロが言うんだったら……」


「それに、そのままじゃないよ、水で戻してもおいしくないと思うから……」


 戻ってきたリリーは皿をミントに渡す。雨水に揺らぐ金魚に大喜びのミント。


「なにするつもりよ?」


「まぁ、見てて」


 リリーは石を拾い集め、焚き火のまわりに積みあげた。

 できあがった簡易カマドの上に皿を置き、お湯を沸かしはじめる。


 ふつふつとしたところでダイヤモンドパンを入れ、シロから調味料を借りて味つけした。


「よし、シチュー……とまではいかないけど、ダイヤモンドパン入りスープのできあがり~!」


 リリーたちは順番に皿を回してスープを食べた。ミントは猫舌だったので、両隣のリリーとシロがフーフーする。

 ダイヤモンドパンがいい塩梅で煮崩れており、食べごたえのあるスープになっていた。


「あったか~い!」


「あぁ、ホント、こんなモノでもあると違うわねぇ」


「ショウガがきいておりますね」


「おっ、それに気づくとは、さすがシロちゃん。クロちゃんが持ってたショウガの粉を入れたんだ」


「なんでアンタ、ショウガなんて持ってんのよ?」


「儀式用」


「いったい何の儀式よ……」


「ぽかぽかの儀式だよ、きっと」


「うん、ぽっかぽか~!」


 あたたかいスープに、リリーたちの気は緩みつつあった。

 しかし……運命は再び引き締めにかかる。


 滝の外に、人影が映ったのだ。

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