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隣に立っていたイヴちゃんが「バカッ! 静かにしなさいって言ったでしょ!」と慌てて私の口を塞ぐ。
目の前に転がっていたのは……他の誰でもない……全員、私だった。
カエルの寝袋姿の私が、変死体みたいな格好で横たわっている。
でも死んでるわけではなさそうだ。顔は安らかでだらしなく、開きっぱなしの口からヨダレを垂らしている。
うらやましくなってくるほどの、気持ち良さそうな寝息をグースカたてていた。
もしかして……つい今しがたの私もこんなカンジだったんだろうか。
「こ、これは……いったい……?」
ありありとした戸惑いを仲間たちに向ける。
「朝イチに起きたシロが見つけたのよ」
イヴちゃんが押し殺した声で答えた。
状況が状況だから当たり前なんだけど、こんなに小声なのも珍しい。
「は、はい、朝起きたら、みっ、みなさんがリリーさんになっておりまして……と、とっても驚きましたっ」
第一発見者らしいシロちゃんは、そわそわもじもじしている。
異常な状況にいる彼女にしては、だいぶ落ち着いているほうだ。発見からだいぶ時間が経ってるんだろうか。
そういえば、彼女はかなりの早起きだったんだ。
ツヴィ女の寮でも誰よりも早く起き、朝の祈りを捧げ、沐浴をし、笛を演奏、食堂で朝食の準備を手伝うらしい。
実をいうと彼女と一緒に朝の沐浴するのが私の目標のひとつでもあるんだけど、一度も実現したことはない。
もじもじ天使の入浴姿を妄想しかけたけど、断ち切るようにイヴちゃんが口を挟んできた。
「でもリリーだらけになってくれたおかげで、アタシたちはそれぞれ1人だけになったみたい。ドッペルゲンガーどもが起きる前にシロが気づいて、みんなを起こしてくれて助かったわ」
「ってことは……みんなは本物!?」
「声が大きいわよ! ……ほら、数えてみなさいよ」
私は床に転がっている私を数えた。
1、2、3……7、8、9……13、14、15……ぜんぶで……16人!
見れば見るほどそっくりな私が、16人もいる……!!
「……あれ? でも……よくみんな、私の見分けがついたね。こんなにいっぱいいるのに……」
「それは、クロの機転よ」
「クロちゃんの?」
クロちゃんは夢遊病者のように棒立ちのまま、寝ぼけ眼で揺らぐ鬼火を見つめていた。
まるで催眠術にでもかかっているかのように、ゆらりと手をあげ、私の腰のあたりを指さす。
私の腰にあったのは……うす明かりの中でもほんのりと、青く輝く聖剣だった。
「ドッペルゲンガーは、所持品でないものは複製できない」
なるほど、そういうことか……!
ドッペルゲンガーに盗られないようにと思って、クルミちゃんを身につけて寝るようにしてたんだけど、それがこんなところで役に立つだなんて……!!
「あ、でも、見分けがついてるんだったら起こしてくれればよかったのに」
「揺さぶるくらいで起きるんだったらそうしてるわよ。大声で叫ぶかブン殴らないと起きないくせに、何言ってんの」
「あ……そっか、そんなことしたらドッペルゲンガーも起きちゃうかもしれないから、外に運び出して起こすつもりだったんだね」
イヴちゃんはフンと鼻を鳴らし、やや残念そうに頷いた。
この反応……たぶんブン殴るつもりだったんだ。目が覚めてよかったと密かに安堵する。
「納得した? じゃあ無駄口たたいてないでここを出るわよ。足元に転がってるアンタに注意して、リュックを回収しましょう」
「リリーのリュックは放置で」
「えっ、なんで!? クロちゃん」
「17個に増えているので、どれが本物が不明。複製されたものを持ち去った場合、ドッペルゲンガーにどのような影響が出るかわからない」
リュックは外見で、誰のものかはだいたい見分けがつく。
高級そうな革のやつがイヴちゃんので、キッカラの村で買ったカエルリュックがミントちゃんの、救急用品がいっぱい入ってそうなのがシロちゃんので、真四角のシンプルなやつがクロちゃんのだ。
私のは普通の冒険者リュックなんだけど、百合の花のアップリケをあしらえてあるんだ。
一箇所に集まっているせいで、百合の花壇みたいになっているリュックたち。
アップリケは不器用な持ち主が施した糸のほつれまで一緒で、たしかにどれが本物だかわからない。
それでも私はウジウジと悩んでいたが、またイヴちゃんから断ち切られてしまった。
「よし、リリー以外のリュックを回収するわよ」
「そんなぁ!?」
「しょうがないでしょ! 必要なものがでてきたらアタシたちの荷物から貸してあげるから、ガマンしなさい!」
「うう~っ……わかった……」
私は愛馬を食べるか無駄死にさせるか、選択を迫られた気分だった。
泣いて馬刺しを食べる思いで、仕方なく頷く。
着替えとか道具とかはまだあきらめがつくけど……せっかく買ったお土産まで置いてかなくちゃいけないのか……。
「じゃあ手分けして回収しましょう。シロはドジだからやらなくていいわ。ミントを背負って外に出てなさい。リリー、アンタはシロとミント、ふたつの荷物を回収するのよ」
落ち込んでる私にかわって、イヴちゃんはテキパキと指示を出す。
ちょっと言葉は悪いけど的確だ。
「わ……わかった……」「か……かしこまりました……」「了解」
私とシロちゃんとクロちゃんは、揃って頷いた。
それぞれ忍び足で作戦を開始する。
起こさないようにと自分の寝顔を伺いながら行動するのはなんだか妙な気分だ。
青いカエルたちは我ながらおかしな寝相だった。
死んだように動かないと思ったら急にゴロゴロ転がりだしたり、何の前触れもなく殴る蹴るのパントマイムをはじめたり、いきなり虚空に飛びつき抱きしめるような仕草をする。
壁に激突してもおかまいなし。動きに脈来がなくてぜんぜん読めない。
なんだか酔っ払ったアシカの群れの中にいるみたいだ。
イヴちゃんなんかはスネを思いっきり蹴られてしまい、片足でピョンピョン跳ねていたところを片足をグッと掴まれ倒され、ゾンビみたいに抱きつかれまくっていた。
寝ている私はたぶん無意識だと思うんだけど、見事な連携だ。
「ひんっ!? ん~~っ!!」
集団からしがみつかれ、イヴちゃんは悲鳴をあげそうになっていたが、歯をくいしばるようにして口をつぐんでいる。
た……助けなきゃ! と思ったが、いつの間にかクロちゃんも、そして外に出ようとしていたシロちゃんも、蜘蛛に絡めとられた昆虫みたいに青いカエルに抱きつかれていた。
み……みんな!? と思ったが、いつの間にか私の足元にも、私たちがすがりついてきていた。
しゃがみこんで離そうとしたが、押し倒されてしまう。私と同じ顔をした女の子たちが、こぞってハグしてくる。
総毛立つ思いだった。
合わせ鏡のど真ん中にいるように、どこを見ても私。
しかも平面じゃない。感触があり、ぬくもりがある。
吐息がかかるくらい近くに、こんなにいっぱい……私じゃない、私がいる……!!
みんなが増えたときは、最高だ! なんて思ってたけど……自分が増えるのはこんなに気持ちの悪いものだったなんて……嫌だなんてもんじゃないよぉ……!!
側で寝てるだけでこの調子なのに、起きて動きだしたらどうなるかわかったもんじゃない……!!
な、なんとか起こさないようにして逃げないと……!
でも……この絡みつかれている状況で、どうすればいいんだろう……!?




