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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
224/315

54

 夕食とパン作り大会と、そして祝勝会をも兼ねたバカ騒ぎを終え、私たちは温泉に入った。

 汗を流してサッパリしたあと、部屋に戻ってまったりした。


 床に座り込んだイヴちゃんたちがシロちゃんたちの手を握って何かやっている。

 何をやってるのかと思ったら、イヴちゃんがハンドクリームをシロちゃんの手に塗ってあげているところだった。


 私も塗ってもらおうと、シロちゃんたちの隣に座って順番待ちする。

 芸をする犬みたいに手を差し出して、ウキウキと待ち構えていたんだけど、


「「「「「アンタには塗らないわよ」」」」」


 と、イヴちゃんから冷たく言い捨てられてしまった。


「ええっ、なんで!?」


「これは洗濯をしてくれたシロを労ってのことなの」


「あ、あの……よろしければ私が……」


「甘やかしちゃダメよシロ、こんなごくつぶし、ほっときなさい」


「ひどいイヴちゃん! 私もシロちゃんの洗濯を手伝ったのにぃ!」


「うるさいわねぇ、だったらハンドクリームは貸してあげるわよ。自分で塗んなさい」


 ハンドクリームの缶がたて続けに5個、フリスビーのように飛んできた。

 蓋にはカエルの顔が描かれていたので、キッカラの村で買ったものらしい。


「い……イヴちゃんのけち」


 仕方がないので自分で塗る。

 せっかくだからと5個とも使ったら、手がクリームだらけでベトベトになってしまった。


「ああっ、い、イヴちゃん、手がベトベトになっちゃったぁ……どうしよう!?」


「アンタ、つけ過ぎよ! まったくもう! いちいちアタシに頼らず、自分でなんとかなさい!」


「そ、そんなぁ……」


 突き放されてしまい、困りながらあたりを見回していると……あやとりをしているミントちゃんとクロちゃんが目に入った。


「あ、ミントちゃん、クロちゃん、ちょっといい?」


 あやとり大会の合間をぬって、私はクロちゃんとミントちゃんの手をニギニギした。

 付けすぎたハンドクリームのおすそ分けをする。


 ミントちゃんの手はもみじみたいにちっちゃくてぷにぷにしてる。猫の肉球を触ってるみたいについ夢中になって揉んでしまう。

 クロちゃんの手は骨ばってるんだけど、触ってみるとそうでもなくて、ひんやりしてて心地いい。指をからめると、きゅっと握り返してくれるのがいじらしい。


 握手会みたいに、10人のファンと熱烈な握手を交わしたけど、クリームはまだ残っていた。

 イヴちゃんが塗ってあげていたけど、次はシロちゃんの所に行った。彼女は嫌な顔ひとつせず手を握らせてくれた。


 シロちゃんの手はしなやかで、本当に白魚みたいにほっそりしてる。包み込んであげたくなるほど頼りないんだけど、逆に包み込まれるとほっと安心する。

 最後のシロちゃんと名残惜しむように握手を交わしていると、いつのまにか列にはイヴちゃんたちが並んでいた。


 目が合った途端、


「アタシには塗らないなんて言わせないわよ」


 と問答無用で手をきつく握りしめられてしまった。

 私はなんだか釈然としなかったが、まあいいか、と思ってイヴちゃんにも塗ってあげた。


 イヴちゃんの手は、グーだとトゲのついた鉄球みたいに危険だけど、パーだととっても気持ちいい。

 お姫様だけあって肌がきめ細やかですべすべ、こうしてるとこっちまで肌がキレイになれそう。

 ついでに胸も大きくなるといいなぁ。


 ありがたいご利益のある像に触れるみたいに、願いを込めながらイヴちゃんの手をモミモミしていると……ミントちゃんから腰をツンツンやられた。


「ねーねー、リリーちゃん、リップもぬって~」


「あ……そうだね、せっかくだから、みんなでリップも塗ろっか」


 私は部屋の隅に置いてある自分のリュックに向かうと、中に手を突っ込んでリップスティックを探す。

 がさごそやって取り出したんだけど、それは形がよく似た黒炭だった。


 これじゃないとさらにさぐって、ようやく木製のリップスティックを取り出す。

 中身はママのレシピで作ったとっておきのリップが入ってるんだ。


 黒炭とリップスティック。私の手の中には、色は全然違うんだけど形状はよく似たふたつの細長い棒が転がっていた。


 ……そうだ! とおもしろアイデアを閃いた。すぐさま立ち上がって叫ぶ。


「目かくしリップ当て大会~!!」


 ルールは簡単。

 見えないように目隠しをしてリップか黒炭を選び、それをそのまま唇に塗るだけ……。



 夜は更けた。


 思いつきで始めたリップ当て大会は、どんどん過激にエスカレートしていった。

 みんなの顔は、東の大陸から伝わった遊び「ハゴイタ」で惨敗したみたいになった。


 笑いすぎたのかもはや声は枯れ果て、はしゃぎ過ぎたのかすっかり疲れてしまった。

 もはや夜のおしゃべりをする気力も残っていなかった。顔を拭くのもそこそこに、いそいそと床につく。


 ……思えば今日は一日、ずっと大騒ぎだった気がする。


 シロちゃんと洗濯して、イヴちゃんと拳闘して、ミントちゃんと鬼ごっこして、クロちゃんと姫亭ごっこをして……みんなでお茶をして、パンを作った。

 ハンドクリームとリップクリームを塗りっこして、そして顔にラクガキした。


 表情がなくなる瞬間がゼンゼンなくて、ずっとはちきれんばかりの顔をしてた……。

 もちろんみんなもそうで、あのクロちゃんですらも、いつもより楽しそうに見えた。


 そうだ……そういえば明日は朝から木の実採りをするんだった……そうだ、今ならくるみとか採れるから、シロちゃんにくるみパンを焼いてもらおう。

 ああ、明日も楽しくなりそうだなぁ……。


 なんて夢見心地でいたら、ふと、身体が引っ張られ、床から離れたような感覚があった。


 なんだろう……? と瞼を開けてみる。

 薄暗い天井の手前には、イヴちゃん、シロちゃん、クロちゃんの顔があった。


 なぜか3人がかりで私を抱えている。

 私の身体はゆりかごの中にいるように揺れていて、キシキシと床がきしむ音がした。


 どうやら私をどこかに運びだそうとしているようだった。

 理由はわからなかったが、みんな息を殺し、人の家に入った泥棒みたいにそ~っと移動している。


 よく見たらイヴちゃんの背中にはミントちゃんがおぶさっていて、スヤスヤ眠っていた。


「……どうしたの? みんな」


 まだ意識がハッキリしない。夢の世界から顔だけ出して尋ねてみる。

 イヴちゃんから「シッ! 静かにしなさい!」と鋭い囁きで口止めされた。


 「起きたのね……だったら自分で歩きなさいよ」と意味不明のことを言われて、立たせられてしまった。

 眠くてたまらないので、立とうとしても身体がフラフラする。


 すでに夜明けを迎えたのか、部屋の中は差し込む光でだいぶ明るくなってきていた。

 床にはカエルのシルエットがたくさん横たわっている。


 整然と並んで寝入ったはずなのに、もやはその面影はない。

 人影は部屋のいたる所に転がっており、糸の切れた人形みたいな変なポーズをしている。


 みんな、尋常ではないほど寝相が悪いみたい。

 もはや寝返りというレベルではなく、爆風でふっ飛ばされた跡と表現するほうがしっくりくる。


 それはまぁ、いいとして……起きているのは私たち5人だけじゃないか。

 まだみんな寝てるっていうのに……いったいなんなの……?


 不満たらたらの気分で目をこすっていると、ぼやけた視界も少しずつまともになってくる。

 曖昧だった部屋の状況もより正確にわかるようになり、そしてそれはすぐに……目を疑うべき光景へと変わった。


 私はハアッ!? と息を呑んでいた。

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