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窓の外から、たんたんたたんと滴が当たる。
風の音だけになったかと思うと、また思い出したみたいに演奏を再開、たたんたんたん。
ずっと前奏だけの楽曲を聴いているようだった。
雨粒たちはしばらく思わせぶりに振る舞ったあと、一気にサビに入る。
いままでのリズムを無視した勢いのある滴の群れが、どっしゃりと家を包む。
滝のようになった窓を眺めながら、私はひとりログハウスの中にいた。
カエルの寝袋姿のまま、玄関で訪れを待つ。
誰を待っているのかって? それは……あ、来たみたい。
イヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん……みんながこぞってログハウスに駆け込んでくる。
私の格好を見ていぶかしげな顔をしたので、深々と頭を下げた。
「麗しき蛙たちの宴亭へ、ようこそお越しくださいましたケロ」
「ハァ? 何言ってんのよアンタ」
予想通り、先頭のイヴちゃんが突っかかってくる。
「皆様のためにお茶を用意いたしましたケロ」
私は招き入れるような仕草で、奥の部屋にあるテーブルを示した。
テーブルの上には、宝石箱から飛び出してきたようなカップがずらりと並んでいて、夢のなかのようにキラキラと輝いている。
「あら、お茶なんて気が利くじゃない、さっそく……」
とイヴちゃんたちが店内に進もうとしたので、私は手で遮った。
「ここは蛙たちの宴の場所ですので、それ相応の格好をしてお入りくださいケロ」
玄関の壁にある棚、その中に並べておいたカエルの寝袋を示す。
……クロちゃんたちと姫亭ごっこをしていて、思いついたんだ。
もっと本格的にやったら面白いんじゃないか、って。
それでログハウスに戻って、いろいろ準備をしたんだ。
「なによ、ドレスコードまであるなんて、生意気ねぇ……まぁいいわ」
イヴちゃんたちは不承不承といった様子で棚に向かい、赤いカエルの寝袋を身に着けはじめた。
他のメンバーもそれで察してくれたのか、着替えの順番待ちをする。
「さぁ、着たわよ。これで文句ないわね?」
モデルのように立つイヴちゃん。
「はい。あとその格好のときは、カエルっぽくお話しくださいケロ」
「なぁに、またそれなの? ……まあいいケロ」
当店のルールを納得いただいたお客様から、順次店内に案内した。
シロちゃんは「何かお手伝いを……ケロ」と申し出てくれたが、丁寧にお断りして、中に入ってもらった。
テーブルと椅子は倉庫から引っ張り出してきたもので、わりと豪華だ。
投げ込まれていた燭台やティーセットも並べたおかげで雰囲気はバッチリ。
ここだけ見れば姫亭よりもいいかもしれない。
みんなが席についたのを確認したあと、私はホスト席の前に立った。
「では、ご注文をお伺いいたしますケロ。奥のかたからどうぞケロ」
ミントちゃんたちの注文は「オレンジジュース」「いちごジュース」「メロンジュース」「ぶどうジュース」「リンゴジュース」。
イヴちゃんたちの注文は「ココア」「カフェオレ」「ホットチョコレート」「ホットはちみつレモン、はちみつたっぷり」「コーヒーフロート」
クロちゃんたちの注文は、全員「コーラ」。
シロちゃんたちは注文を準備できるのかと心配しているようで、全員「お茶を……ケロ」と遠慮がちだった。
私は「かしこまりましたケロ」と一礼すると、側にあるティーワゴンからポットを取り、手前のお客さんから順次、カップに注いでいった。
紅茶の匂いが湯気とともにたちこめ、部屋じゅうに広がる。白ぶどうみたいに爽やかな香りだった。
「これ、ジュースじゃないケロー?」
「なによ、ぜんぶ紅茶じゃないケロ」
ミントちゃんたちとイヴちゃんたちからクレームがあがったが、
「当店には熱い紅茶とぬるい紅茶しかございませんケロ」
と一蹴した。
「だったらなんで注文を取ったりしたケロよ!?」
と当然のツッコミが来たが、上品に黙殺する。
気分を出すために聞いただけなんだ。
ちなみに茶葉はキッカラの村で買ったカエルブランドのもの。
ぬるい紅茶を用意したのは、猫舌のミントちゃんのためだ。
「お茶受けはこちらになりますケロ」
お茶が行き渡ったあと、オヤツをテーブルに並べる。
メニューとしてはキッカラの村で買ったカエルチョコレート、手作りドーナツ、そして目玉は野菜チップスだ。
野菜チップスは畑の野菜を使って私が揚げた。途中で思いついて、ついでにドーナツも作ってみた。
これはいいサプライズになったようで、みんなの顔がほころんだ。
「ではどうぞ、お召し上がりくださいケロ」
と私が言うと、みんなはこちらを向いて「いただきまーす!」と合唱してくれた。
「あぁ、たまには紅茶もいいわケロねぇ」
「あたたかくて、ほっといたしますね……ケロ」
「イヴちゃん、さとういれすぎケロ~」
「チョコレートも入れるとおいしいわケロよ」
「……やってみるケロ」
「わぁい、やさいチップスだケロー!」
「野菜チップスも久しぶですね……ケロ」
「ちょっと形がヘンだし、野菜のチョイスが妙だケロね」
「でも、新鮮なお野菜の甘さがあって、おいしいです……ケロ」
「ぱりぱりしてるケロ」
「おいひい~ケロケロ~!」
「うん、揚げたてってのが大きいわ、悪くないケロね」
みんなはお茶を飲み、そしてオヤツに手を伸ばす。
楽しそうに顔見合わせながら、話に華を咲かせる。
そう……これこれ、この雰囲気……!
これが欲しかったんだ……!
お茶と、オヤツと、そして……みんなの笑顔。
笑顔はちょっと数が多いような気もするけど、いいよね。大勢いるぶん、賑やかで楽しい。
それまで私は執事をイメージして振る舞ってたんだけど、楽しそうなみんなの姿にとうとうガマンが限界を迎える。
椅子につき、野菜チップスに手を伸ばした。
サックリとした軽い食感と、採れたての野菜の甘みと、ほんのり塩味……!
イヴちゃんが言うように形は悪いし、種類は本物と違うけど、これはこれでおいしい……!
揚げたてだからもちろんホカホカ……! 見よう見まねで作ってみたけど、大成功だ……!
頬張ったあと、紅茶をあおる。思ったより熱くてむせてしまった。
「げほっ……げ……ゲコッ! ゲコッ!」
「ああ、リリー、いったい何やってるケロよ」
「ケロケロ! リリーちゃん、ゲコゲコしてるー!」
「あわてすぎケロ」
「だ、大丈夫ですか? ケロ」
「う、うん、だ、大丈夫大丈夫ゲロ、そ……それよりもみんな、ドーナツのほうはどうケロ?」
「ドーナツ? ああ、これはあんまり美味しくないケロねぇ」
「うん、なんかへんケロー」
「粉っぽいケロ」
「わ、私は美味しいと思います……ケロ」
ドーナツは不評だった。シロちゃんは気を遣っているのがバレバレだ。
「別に遠慮しなくていいのよシロ、何が悪いのかバシッと言ってやりなさいケロ」
「うん、アドバイスしてケロ、シロちゃん」
「は、はい……ケロ……ここには牛乳と卵がないので、おそらくこういうお味になってしまったのだと思います……ケロ、このドーナツは、小麦粉をお水でといたものですよね? そこに片栗粉とカボチャを加えると、もう少し美味しくなるかもしれませんケロ」
「シロちゃんの言うとおり牛乳と卵がなかったケロから、小麦粉と水だけで生地を作って焼いて、そこにケロっと砂糖をかけたんだけど……カボチャと片栗粉かぁ……ケロケロぉ」
「ちゃんと覚えておきなさいケロよ」
「おきなさいケロよー」
「うん! ありがとうシロちゃん! ケロッ! じゃあここで、お題ターイムケロ!」
私は椅子から勢いよく立ち上がり、奥にいるミントちゃんを指さした。
「まずはミントちゃんから~! 修学旅行でいちばん美味しかったもの~! ドンドンドンドン! ケロケロパフパフ!」
「えーっとねぇ、おばあちゃんのケロッペパン~!」
「ハーシエルのコッペパンね、でもさ、アタシたちが大会で焼いたのもかなりのモノだったと思わないケロ?」
「うん、なんかハーシエルさんのとはちょっと違ったけど、おいしかったケロ。なんでケロ?」
「ケロ……シロがなにかを加えていた」
「えっ、そうなのケロちゃん……じゃなかったシロちゃん?」
「あっ……は……はいケロ、実は……準備されていた調味料のなかに、キッカラの村にあったのと同じカエルさんの料理油がありましたので……それを入れさせていただきましたケロ」
「ゲコッ!? アンタ、見かけによらずやるケロねぇ! あの局面で隠し味を試すだなんて!」
「うーん、シロちゃんって料理になると大胆になるケロ」
「シロちゃん、ケロたんー!」
「すっ、すみません……ケロ!」
「謝る必要はないケロ」
「そうケロ、そのおかげで勝ったんだから、もっと胸を張りなさいケロ!」
「シロちゃんの機転があったから、あのすごいパンたちにケロっと勝てたのかも……そういえば他のチームのパンってすっごくゲコゲコっとしてて、美味しそうだったよね?」
「そうケロねぇ、アタシはあれ、ブラックショコラパンが食べてみたかったケロね!」
「えっ、ガーリックトーストじゃないケロ? いちばん興味津々だったケロ」
「あれはカエル……じゃなくて兵士の携行食としていいかも、って思っただけケロ、アタシが食べたいのとは別ケロよ」
「……トップバーガーケロ」
「クロちゃんはトップバーガーなんだ。なんでケロ?」
「コーラと合いそうケロ」
「アレはコーラと一緒にかぶりつくと美味しそうケロねぇ! ああ、なんか思い出したら食べたくなってきちゃったケロ!」
「ミント、ぜんぶたべたケロよー」
「ゲコッ!? うそっ!?」
「つくってるときに、あじみさせてもらっちゃったケロ」
「ケロの間にそんな……!」
「つくってる時って、大会の調理中ケロ!? 敵同士じゃないの、それなのによくやったケロねぇ……いったいなんて言って味見させてもらったケロよ?」
「たべさせてケロ~、って」
「げっ……ゲコぉぉ……そんなおねだり、誰もマネできないケロよ……さっすがミントちゃんケロ!」
「ああ、もう、ますます食べたくなっちゃったじゃないケロ!」
「あの……もしよろしかったら、今日のお夕食はパンを焼かせていただきますケロ……」
「えっ、ここでパン焼けるケロ!?」
「はい、カマドも材料もありますので……ケロ」
「ケローっ! じゃあ今晩はみんなでパン作りするケロ! さっそくその役割決めの『5人にらめっこ』大会ケロ~!!」
「また妙なこと考えだしたケロね」
「なあにそれ~? ケロケロ~?」
「各グループでひとり代表を決めて、その人がにらめっこの顔役をやるケロ。他の4人は代表の顔をひっぱって変顔を作るケロ。あとは普通のにらめっこと同じケロ!」
「わあい、やるケロやるケロー!」
「4人がかかりでひとりの顔を引っ張るなんて……本当にカエルみたいな顔になるケロよ」
「リリーさんはどうされるんですか? ケロ」
「リリーはひとりで参加。対戦のときは相手チーム以外の全員で引っ張るケロ」
「さんせいケロー!」
「あっ、それいいケロ! そうするケロ!」
「ケローっ!? 相手チーム以外全員ってことは……15人から引っ張られるってこと!? そりゃないケロ! ケロケロ!」
「ケロケロ言わないの! じゃあさっそくやりましょう!」
……5人にらめっこ大会の開催により、上品なお茶会は一変、混沌のたけなわを迎える。
外の大雨をも吹き飛ばすくらいの爆笑が、いつまでもログハウスを揺らしていた。
私は昨日の夜におしゃべりできなかった鬱憤を晴らすように、みんなといっぱいふざけあい、いっぱい笑いあった。




