22 なつやすみ(後)
ムイースは運河沿いに発展した街のようで、河沿いにはいろんなお店や民家が並んでいた。
なんとなく観光気分でそれらを眺めながら歩いていると、運河を分岐させて作った遊泳場みたいなところを通りかかった。今日オープンみたいで、水着を着た人たちでごったがえしている。今日は泳ぐには最高の気候だったから、混んでなければ間違いなく「入ろう!」と言っていたところだ。
楽しそうな水着姿の人々を眺めながら歩いていると、突如記憶がフラッシュバックした。
「あーっ!」
「ど、どうされましたか?」
「水着……持ってくるの……忘れちゃった……」
目的地はタラッタの入り江。入り江ということは海の近く。海の近くということは泳ぐ。という論法で、出発の前日に水着を洗濯して干しておいた。出発の前に取り込もうと思っていたのだが、すっかり忘れていた。
「ど…どうしよう……」
この一大事、みんなにすがりたかったが、
「アンタね、いい加減にしなさい。遊びに行くんじゃないんだからね!」
たしなめられてしまった。
「えーっ、およがないのー?」
それに抗議したのはミントちゃんだった。
ふたりの主張の違いに新たな疑問が浮かび上がった私は、
「……みんなは、水着持ってきてる?」
各々を見まわしながら、聞いてみた。私は当然泳ぐつもりでいたのだが、他のみんなにその気がなければ意味がない。
「きてるよー」
「ある」
即座に答えたのは、ミントちゃんとクロちゃん。
「す、すみません、持ってきてはおりません」
申し訳なさそうに頭を下げたのはシロちゃんだった。
「シロちゃんも、忘れちゃったんだ」
几帳面な彼女にしては珍しい。
「はい。私、泳いだことがありませんので、水着を持っていないのです」
……それは忘れたというか、もともと持ってないのか。
「え、アンタ、泳いだことないの? 一度も?」
驚いた様子で反応するイヴちゃん。
「はい、海を見るのも初めてです」
そういうシロちゃんは、なんだか嬉しそうだった。たぶん、海を見れるのが楽しみなのだろう。……でもそれなら、なおさら泳ぎを体験させてあげたい。
「イヴちゃんは……持ってきてないんだよね」
答えがかえってこなかったので、念のため聞いてみると、
「……あるわよ」
あさってを向いたままの彼女から、気まずそうな答えが返ってきた。
なんだ……私にあんなこと言っておきながら、自分も泳ぐ気だったんじゃないか……。
「かっ、勘違いしないの! アンタと違って遊びじゃなくて、もし海に潜るようなことがあったらいけないと思って、持ってきただけなんだからね!」
私のジト目に気づいたイヴちゃんは、顔を赤くしながら弁解した。
「ねーねー」
不意にミントちゃんがシャツの裾を引っ張ってきた。
「あそこにみずぎ、うってそうだよ」
指とポニーテールが示す先を目で追うと、トロピカルな外見のお店があった。外はオープンカフェでパラソルが差された白いテーブルが並んでおり、まわりにはヤシの木。店内には水着や浮き輪がディスプレイされている。
「ホントだ……ねぇ、ちょっと寄ってっていい?」
みんなに向かって言ったつもりだったが、すでにミントちゃんの姿はなく、
「はやくぅー!」
店の前でジャンプしながらこっちに手を振っていた。
「しょーがないわねぇ、さっさとしなさいよ」
シッシッと追い払うような手つきをするイヴちゃん。
イヴちゃんからのお許しも出たので、私はシロちゃんを引っ張って、
「じゃあ、シロちゃんも水着買おっ! みんなで一緒に泳ごうよ!」
「はっ、はい……でも、私にできますでしょうか?」
「大丈夫だって! 私が教えてあげる!」
「よろしいのですか……?」
「任せなさいって!」
「すみません……お願いいたします」
彼女は引っ張られながら頭を下げた。
店の外のオープンカフェでくつろぐ三人を尻目に、私とシロちゃんは店内で水着選びを開始した。
……したつもりだったが、店内にディプレイされていた木製人形に着けられた、極限まで布の省かれた水着を見て、
「…………」
シロちゃんは硬直していた。
「シロちゃんスタイルいいから、そういうの似合うと思うけど……」
ダメ元で提案してみたが、
「むむむむむむ無理ですっ!」
茹でられたように赤くなった顔で否定された。
「やっぱり、肌の露出が少ないほうがいい?」
私の問いかけに「はい……」と蚊の鳴くような声を出すシロちゃん。想像でそこまで恥ずかしがらなくてもいいのにと思うほど顔が真っ赤っ赤だ。
「それだったら、上にパレオとか着てみたらどーお?」
南国っぽい派手な柄のシャツを着た店員のお姉さんが、くだけた口調で話しかけてきた。
ひと足お先に日焼けしちゃってるお姉さんがワンピースタイプのパレオをいくつか出してくれたので、
「あ、それいいかも、試着してみようよ」
シロちゃん用に白いビキニとパレオ、自分用の青いタンキニを持って、試着室に行った。
本来はカップル用らしい二人用試着室があったのでそこに入り、布で隔たれたところでお互い着替える。
私はさっさと着替え終わったので、シロちゃんを待つ。間仕切りの布が薄いのでシロちゃんの生着替えがうっすら見えているのだが、眼鏡を外して着替えているのか本人は気づいていないようだった。
ようやくローブを脱ぎ終えた彼女は正座をすると、試着室の隅のほうにきちんと畳んで置いていた……人目がないところでも、所作がいちいち丁寧だ。
白いレースのついた上下お揃いの下着姿になったあと、あたりを不安そうに見回してからブラを外した。明らかにサイズの合っていないソレから、豊かな双丘がまろび出たところで私の予想は確信にかわった。
……シロちゃんのスタイルは我がパーティ、いや、我が学院でもトップクラスだと。
改めて目の前にある姿見で自分の姿を再確認してみると、その控えめさに涙が出てくるレベルだった。……あ、いや、平均クラスだとは思うけど、シロちゃんの身体を見たあとだと、どうしても劣等感にさいなまれてしまう。
青いビキニのトップスを両手で触りながら、いったい何がここまで差をつけるんだろう……遺伝? 運? 食べ物? 信心深さ? 女らしさ? 羞恥心? 日頃の行い? ……熟考してみても、答えは見えてこなかった。
「すみません……お待たせいたしました……着替え……おわりました……」
心細そうな声が隣から聞こえてきた。
もう見えちゃってるけどそんなことはおくびにも出さずに、勢いよく間仕切りをあけると、怯えたように身体を縮こませるシロちゃんがいた。
ワンピースタイプのパレオは水着というより洋服に近かったが、シロちゃん史上最大級の露出面積を誇っており、これまたよく似合っていた。
「おおっ、かわいい! いいんじゃない、すごく!」
素直に絶賛して、
「……それ着て人前に出れる?」
彼女にとって大事なことを確認した。
「はっ……はい、あの、まだ、ちょっと、恥ずかしい、です、けど、なんとか、がんばりたい、と、思います」
恥ずかしさで緊張しているのか、慣れない異国の言葉をしゃべるみたいにつっかえ気味に答えるシロちゃん。
にわかに不安になったが、これ以上露出がなくなると水着ではなくなりそうだったので、
「じゃあ、それにしよっか? 私もこれにするから」
自分のビキニの紐をひっぱりながら言った。
再び間仕切りを戻して着替えようとしたところで、
「あの、リリーさん」
つっかえることはなかったが、まだ少し緊張を感じさせる声がした。
「なに?」
返事をすると、
「こんなに素敵な水着を選んでいただいて、ありがとうございました」
薄い間仕切りごしに、ぺこりと頭を下げるシロちゃんが見えた。
私の言葉を待つように、ずっと頭を下げている彼女になんだか罪悪感を感じてしまって、
「ごめん! 見るつもりはなかったんだけど……着替え、覗いちゃった……」
間仕切りを再び開けて、素直に白状した。
「え……?」
顔を上げるシロちゃん。
「ホラ、ここの布、思ったより薄くって……シロちゃんの着替えが見えちゃったんだ」
間仕切りの布をさすって、透けてみえる掌を見せると、彼女はうつむいてしまった。
泣かれるか、それとも怒られるか……どっちかを覚悟していたが、
「……い、いいえっ、私こそ……お見苦しいものをお見せしてしまって……すみませんでした」
謝られてしまった。
「見苦しいだなんて……人によっちゃ、お金払ってでも見たいんじゃない?」
ちょっと安心した私は場を和ませるため冗談めかして言ったが、
「えっ?」
彼女は意味をわかっていないようだった。
「でも、ほんとにゴメンね……許してくれる?」
シロちゃんがしていたように頭を下げると、
「あっ、そんな……許すだなんて……私こそ……見ていただいて、ありがとうございました」
変なお礼を言われた。
水着を買ったあと、店の隣がフルーツショップだったのでついでに立ち寄ってみた。
大きなスイカが売っていたので、海といえばスイカを連想するタイプの私はついでそれも買うことにした。
スイカのそばに大事そうに箱に入れられたチェリモアの実が売られていたので、値札を見てみると、
「よっ、四千ゴールド!」
思わず目玉が飛び出そうになった。珍しいものだとは知っていたが、まさかここまでとは。
ミントちゃんは五個もらっていたから、合計で二万ゴールド……それを私たちは「おいしいね」なんて言いながら食べ歩きして帰ったのだ。
「そりゃ、おいしいよ!」
人目もはばからず、過去の私に突っ込みを入れてしまった。
スイカを抱えて戻ると
「しましま……」
「わーい!」
「遊ぶ気マンマンね」
とそれぞれの反応で迎えられた。
スイカを見てテンションが上がったみたいで、街には滞在せずにさっさとタラッタの入り江に行こうという話でまとまった。
ツヴィ女の図書館から借りた周辺地図を見ながら、北東に向かって歩いていく。地図で見る限りだと近そうだったのだが、道があまり整備されていない傾斜のきつい山をひとつ越えなくてはないけなかったので大変だった。
ひとり元気だったのはミントちゃんで、篭手の中に仕込まれた鉄の爪を使って器用に木登りをして、木々の間をジャンプして移動していた。
「まるで猿みたいね」
イヴちゃんが感想を漏らすと、
「ウキーッ!」
という声が降ってきた。
「猫じゃない?」
私が異論を唱えると、
「ニャーン!」
という声が降ってきた。
「むささび……」
クロちゃんが普段より大きめの声で言うと、
「…………」
なにも降ってこなかった。
しばらくして、
「むささびって、なんてなくのー?」
という声がした。
私たちは一様に顔を見合わせたあと、
「「「さあ?」」」
ハモった。
お昼ごろにやってようやく、私たちはタラッタの入り江に到着した。




