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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
219/315

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「えーいっ! こちょチョコこちょチョコ!」


 こっちまで楽しくなるような黄色い声とともに、私の正面にいるイヴちゃんの背中に、誰かが飛びついた。


「ひゃああんっ!? んひゃああああああっ!?」


 取りつかれたイヴちゃんは、まるで背中に氷を入れられたみたいに身体をわななかせ、輪からはぐれる。

 悶絶する彼女の背中には、おぶさるミントちゃんの姿。そしてまわりには、囃し立てるミントちゃんたちが……!


 こ……こちょチョコ鬼だ……!


 こちょチョコ鬼というのは、私が考えた鬼ごっこの変則ルール。

 従来の鬼ごっことは違う点がいくつかあるんだけど、大きな違いは鬼はタッチするんじゃなく「こちょチョコこちょチョコ」と言いながらくすぐる必要があるんだ。

 「こちょチョコこちょチョコ」を噛んでしまったり、うまくくすぐれなかった場合は鬼の交代はない。


 私がみんなとスキンシップがしたくて考えた独自の鬼ごっこなんだけど、ミントちゃんはこの遊びが大好きだったりする。

 きっと、私がイヴちゃんにクリンチしている姿を見て、こちょチョコ鬼をやってると勘違いして混ざりにきたんだ……!


 だけど千載一遇のチャンスだ。これを利用しない手はない。


「い……イヴちゃんがオニになった!!」


 私は喧伝するように叫び、輪から這い出る。


「イヴちゃんがオニだ! イヴちゃんがオニだーっ!!」


 そして脱兎のごとく駆け出した。このドサクサまぎれに、競技を鬼ごっこにすり替えるために……!


「あっ!? 待ちなさいっ!!」


 一丸となって追いかけてくるイヴちゃんたち。


 猟犬の気配を察したウサギのように、次々と広場のはずれにある森に消えていくミントちゃんたち。私も彼女らの背中を追って森に逃げ込んだ。


 森の中は木は多かったが、獣道がいくつもあるおかげで走りやすかった。

 おそらくこの森でも食糧を調達してたんだろう。行き来しやすいように道が整備されている。


 こんな時、道を外れて逃げるのは得策じゃない。走りにくいうえに迷うおそれがあるからだ。

 森を突き抜けるようにまっすぐ伸びた小径を、私は脇目もふらずに走り抜ける。気分は殺人鬼から逃げる村娘だった。


 しばらく走ったあと、大きな木があったのでそこでひと休みする。

 木により掛かるようにして息を整えながら、走ってきた道のほうを見る。


 イヴちゃんらしき姿はなかったので、どうやら振り切れたようだ。


「やっほー」


 頭上から声が降ってきて、ただでさえドキドキしている心臓がバウンドしたかと思うくらいビックリした。

 ハッと顔をあげると、ミントちゃんたちがいた。まるで仲良しの小鳥みたいに木の枝に腰掛けている。


「な、なんだ……ミントちゃんかぁ……おどかさないでよぉ……」


 私は胸をなでおろす。


 でも、高いところから鬼がこないか見張るというのはいい手かもしれない。私も混ぜてもらおう。

 ミントちゃんほどではないが、木登りだったら人よりは得意だ。まだ心臓は弾んでるけど、このくらいの木だったらわけもない。


 ちょっと高かったけどそれほど苦もなく登って、ミントちゃんの隣に腰掛ける。

 太い木は枝も太くて、ミントちゃん5人と私が乗っても大丈夫だった。


 ずいぶん立派だけど、なんの木だろう……と座っている枝を目で追い、いちばん外側に座っているミントちゃんのさらに奥にある葉っぱに目をやる。


「あ、ハルシバだ」


「はるしば? ミントはミントだよ?」


 奥にいたミントちゃんはキョトンとしていた。


「あ、ミントちゃんのことじゃなくて……この木のことだよ。松ぼっくりみたいな実がなるんだけど、剥くと食べられるんだ。ヤシの実みたいでおいしいんだよ」


 「おいしい」という言葉に反応し、ミントちゃんはたちは一斉に私の方を向いた。


「「「「「たべたーい!」」」」」


 まんまるな瞳を輝かせ、くりくりお目々でこちらを見つめている。まるでジャラシに注目している仔猫みたいだ。

 なんでも叶えてあげたくなっちゃったけど、ハルシバの実となるとちょっと難しい。


「ハルシバは春にならないと実がならないんだよね……だから春になったらね」


「「「「「たべたい、たべたい、たべたーい!」」」」」


 しかし食べたいコールはやまない。


「うーん、困ったなぁ……じゃあさ、ハルシバは無理だけど、みんなで木の実を取りに行こっか」


「「「「「さんせーい! いくー!」」」」」


 元気いっぱいにばんざいする。ポニーテールもあわせて、15本もの手があがった。


「木の実取りって朝早いほうがいいから、明日ね。朝早いとリスとかもいるんだよ」


「うんっ!」「いくー!」「リスさんがいるの!?」「わあい!」「たのしみー!」


 子雀のように顔を見合わせあってはしゃぎあっている。


「あ、でも。20人で同じ所に行くのはダメだから……5人ずつくらいのグループに分かれて、それぞれ違う所に木の実を取りに行こう」


「なんでだめなの?」


 私の隣りにいるミントちゃんが代表して尋ねてきた。どうやら彼女らの中で暗黙のルールができあがっているのか、他のミントちゃんは黙って答えを待っている。


「20人でぞろぞろ行くとリスさんがびっくりしちゃうでしょ? あと、同じ所の木の実をいっぱい取っちゃうからよくないんだ」


「なんでよくないの?」


「リスさんが食べる分がなくなっちゃうでしょ? 木の実はリスさんのごはんでもあるから、はんぶんこしないと」


 なぜか押し黙るミントちゃん。その瞳は瞬きするのも惜しむくらいに大きく見開いている。

 そして一気にせきを切った。


「うわーっ!」「リリーちゃんって!」「リスさんとごはん!」「はんぶんこしてるの!?」「すごーいっ!」


 暗黙の了解も忘れて各々が好き勝手にしゃべっている。かなり興奮しているようだ。


 きっとミントちゃんは、私が森の中でリスたちと一緒にテーブルに座って、ひとつの大きな木の実をケーキみたいに切り分けて、いっしょに頬張っているようなイメージなんだろう。

 そういう意味じゃなかったんだけどな……。


 どう説明しようか迷っていると、


「こらあああああああーっ!!!」


 噴火するみたいな声が足元から突き上げてきて、危うく木から落ちそうになる。

 眼下には5人のイヴちゃんがいて、まるでイタズラ坊主を追い詰めたカミナリ親父みたいな剣幕で睨んでいた。


「や、やばっ!? に、逃げよう、ミントちゃ……」


 慌てて隣を見ると、ミントちゃんたちの姿はすでになかった。まるでキツネに化かされたみたいに消え去っている。


 ……いや、キツネなんかじゃなかった。ムササビだった。

 ミントちゃんたちはすでに枝から飛び去った後だった。

 木から木、枝から枝へと飛び移り、すでに森の奥に逃げおおせている。


 すさまじい機動力……ミントちゃんはニンジャ課からスカウトを受けてるらしいけど、納得のいく身軽さだ。


「さぁっ、もう逃げられないわよっ!! 観念して降りてきなさーいっ!!!」


 枝の葉っぱをひと足早く落葉させるほどの大声が、森じゅうを揺らす。

 最初の怒鳴りで鳥たちはあらかたいなくなっていたが、さらなる怒声は残っていた強気の鳥たちまでもを追い出した。


「降りてこないんだったら、実力行使するわよっ!?!?」


 なんて叫んでるけど、イヴちゃんは木登りが苦手なはず……なんて思っていたら、いきなり地震が起きた。


 いや、地震なんかじゃない。栗拾いをするみたいに、力任せに木を揺らしてるんだ。


「わあああっ!? い、イヴちゃん、あぶない! やめっ、あぶなっ!! ……ああっ!?」


 懇願も虚しく、私はバランスを崩し……背中から落下してしまった。

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