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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
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 私に下されたのは、太陽の恵みが凝縮したオレンジのような……イヴちゃんという名の太陽の怒りがいっぱい詰まった、かつてない威力のゲンコツだった。


「いっ……だあああああああっ!?」


 トンカチで殴られたみたいな痛みに、私は頭蓋骨を抑えてうずくまった。


「な、なにするのイヴちゃんっ!?」


「なにするの、じゃないわよっ!」


 抗議する私の胸倉を、イヴちゃんは乱暴に掴む。

 め……目が三角定規みたいになっている。やっぱり、かなりご立腹のようだ。


「もう、幻聴の魔法なんか使って! しかもそれをバレないように細工までするなんて……アンタはなんでそう卑怯な方向にばっかり行こうとするのよっ!? 少しは正々堂々と戦いなさいっ!!」


「く、苦しいよイヴちゃんっ、せ……正々堂々と戦ったら、イヴちゃんには勝てないもん……それに私、イヴちゃんを殴るなんてできないよぉ……」


 ちなみにイヴちゃんは誰でも平然と殴る。女神のミルヴァちゃんですら何の躊躇もなくひっぱたくくらい分け隔てがない。


 パーティメンバーの中では私がいちばんの被害者だ。ちなみに次点はミントちゃん。

 理由は簡単、私とミントちゃんがしょっちゅう彼女にチョッカイをかけてるからだ。


 クロちゃんはたまにだけど、頭のてっぺんにタンコブをこさえている姿を見かける。

 誰にやられたとも言わず無言で佇んでいるんだけど、イヴちゃんにやられたのは明白だ。


 シロちゃんは殴られてるところを見たことがない。

 以前、食堂でシロちゃんが躓いてうっかりイヴちゃんの頭に熱いスープをぶっかけたことがあるんだけど、彼女は「もう、なにやってんのよ!」と叱るのみでぶったりすることはなかった。


 これは私の分析なんだけど、故意のイタズラでなければ彼女は手を上げることはないみたい。

 でも、私の場合はなぜか、故意じゃなくてもぶたれる。

 「わざとじゃないのにぃ!」と抗議するんだけど「アンタのはわざとかどうかわかりにくいのよ!」って言われちゃう。

 なんか私が相手だと「とりあえず殴っとけ」みたいな意図を感じずにはいられない。


 まぁ、なんにしても……イヴちゃんにどれだけ痛めつけられたとしても、私は彼女を殴る気にはならない。

 その気持が少しでも伝わればと思ったのだが、


「なぁにが、殴るなんてできない、よ! 寝ぼけてるアンタにいままで何度殴られたと思ってるの!?」


 意外な反論をされてしまった。


「えっ、そうなの?」


 他のイヴちゃんたちも頷き、口々に賛同する。


「けっこういいパンチ、何発ももらったわよ」


「そうそう、蹴りも出してきて、思いっきり背中を蹴られたこともあったわね」


「それだけならまだいいわ、たまに抱きついてくるんだから」


「そのときは思わずベッドから蹴落としちゃったわよ」


 ううっ……みんなと一緒に寝るときは大体いつも私が真ん中に寝るんだけど、朝起きたらなぜか私だけベッドから落ちてることがあって……不思議に思ってたんだけど……そういう理由だったのか……。


 でもそれがきっかけで、ふといいことを思いつく。


「あ、そうだ、なら、寝てるときにやればいいんじゃない? 夢の中で殴り合いすれば」


「アンタに必要なのは、実戦さながらの訓練だって言ったでしょうが!!!」


 私の名案はカミナリが落ちるみたいな声で遮られてしまった。


 さらなるお小言が始まる前触れだったが、イヴちゃんはそれ以上何も言わなかった。あきらめたように深い溜息をつく。

 掴まれていた襟が突き放すように離され、私は地面にぺたんと尻もちをついてしまった。


「ふんっ……でも、アンタの戦い方はよっくわかったわ。幻聴の魔法も認めてあげるから、続きをやりましょう」


 反射的に「えっ、いいの!?」って言っちゃったけど、別に嬉しい提案ではなかった。


「って……もしかして、まだやるの?」


「アタシはまだ意識があるから、勝負はついてないわ、第2ラウンドいくわよ!」


 そうだ……すっかり忘れてた。イヴちゃんって大の負けず嫌いだったんだ。

 勝負ごとにおいて、彼女はなかなか負けを認めようとしない。しつこさでいえば不死者(アンデッド)級。


 だからこその『相手が意識を失うまでの時間無制限勝負』だったんだ……。

 過酷なルールの理由を、今更ながらに再認識した気がした。


 でも、私はもうおなかいっぱいだ。


「え、ええーっ……も、もういいんじゃない?」


「よかないわよ、アタシもとっておきを出すんだから」


 とっておき……なんだか心に響く言葉だ。とっておきのお菓子とか、とっておきの必殺技とか。

 でもこの流れで出てくるとっておきって、きっとロクでもないものに違いない。


「……とっておきって、なに?」


 あんまり聞きたくなかったけど、気になったのでつい尋ねてしまう。


「アンタが幻聴の魔法を使うなら、アタシは分身の術を使うわ!」


「ぶ……分身の術?」


 分身の術って、盗賊の一種であるニンジャが使う技だ。

 実際に見たことはないんだけど、同じ人が何人にも分かれるらしい。


 イヴちゃんって、ニンジャ課も専攻してたの……?


「さぁ、分身たち! リリーをやっつけるわよ!」


 まるで山賊の下っ端みたいに呼びかけに、他のイヴちゃんたちが応えるようにリングインした。

 今までのやりとりで私の不正を理解したのか、揃って怖い顔をしている。


「ええーっ!? そ、そんなぁっ!? そんなのズルいよっ!!」


 私はしりもちをついたまま、迫りくるゾンビから逃れる村人のように後ずさりする。

 もはや逃げるしかないと思ったが、後ろにも回り込まれ、包囲されてしまった。


「……アタシたちを相手にしてもなおアンタの絡め手が通用するんだったら、今度こそ本物だって認めてあげるわ」


 私を見下ろしながら、ボキボキと指の骨を鳴らすイヴちゃんたち。


 む……無理だ! 無茶振りにも程がある……!

 だいたい絡め手って相手にわからないようにこっそり仕掛けるものなのに、もはやバレバレじゃないか。

 それにいくら幻聴の魔法が詠唱がいらないとはいえ、5人ものイヴちゃんを捌ききれるわけがない。


 そ、そうだ、いっそのことシロちゃんに助けを求めて、治癒魔法をかけてもらいながら戦うとかどうだろう。


 ……ダメだ。

 治癒魔法をかけてもらったところで殴られた痛みはなくなるわけじゃないし、殴られたそばからケガが治ってったんじゃあ永久に殴られ続けることになる。それじゃただの拷問だ。


 あ……そうだ!

 イヴちゃんの分身の術で思い出した。ニンジャってたしか煙幕……モクモクの煙の中で戦うんだって。

 煙の中で戦えば、少しはマシに……うまくいけば、イヴちゃんを同士討ちさせることもできるかもしれない。


 ……だ、ダメだっ! モクモクの煙ってどうやって出せばいいのっ!? 

 火を起こして枯草とか燃やせばいいんだろうか。でも私が木をこすり合わせて火を起こすのと、イヴちゃんのパンチがヒットするの、どっちが速いか考えるまでもない。


 ああっ、もう、役に立たないアイデアばっかり!

 な、なにか、なにかなにかなにか、もっといい手はないか……なにかっ!?


 ううっ、な……何も思いつかない……私の悪あがきも、ここで終わりか……!


 もはや、万事休す……!

 ……と思っていたら、意外な所から、まったく予想もしなかった所から、救いの女神が現れた。

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