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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
217/315

47

 レフェリーイヴちゃんが手にしたゴングがわりの鍋と、ハンマーがわりのおたまがぶつかりあって、ガアンと鳴った。


 試合開始の合図に、目の前のイヴちゃんが待ってましたとばかりに挑みかかってくる。

 私は親に叱られた子供のように身体をすくめて、ガードを固めた。


「ゲコッ! ゲコッ! ゲコッ!」


 スパルタ過ぎる親のような形相のイヴちゃんからは、重いゲンコツと怒鳴りつけるカエル語がセットになって飛び出し、ひっきりなしに私を攻めたてる。


 い……痛い……!


 相手はグローブをしている。そのうえこっちはガードしているというのに、腕の骨がきしんだみたいな衝撃がビリビリ来る。

 たまらず、ステップで距離を取る。


 私は拳闘をやったことがない。だからステップも見よう見まねだ。


 マネのモデルはベルちゃん。

 ベルちゃんというのは私の友達のシトロンベル・ムイラちゃんのことで、モンクの女の子。


 モンクっていうのは、簡単にいうと戦闘寄りの僧侶のこと。

 僧侶というのは、シロちゃんみたいに回復魔法でみんなのケガを治すサポートの役割がメインなんだけど、たまに前衛で戦ったりもする。

 一般的な僧侶を割合で表したとしたら、サポート7:戦闘3くらいのイメージだろうか。

 モンクだとそれが、サポート4:戦闘6くらいになる。


 ちなみにシロちゃんは戦闘が全くできないので、サポート10:戦闘0だ。

 ベルちゃんは逆にサポートが苦手のようで、サポート0:戦闘10だったりする。


 モンクは主に格闘で戦うんだけど、私はベルちゃんと何度か模擬戦闘をしたことがある。

 その時のベルちゃんの動きが戦いの参考になるはずだ。


 たしかベルちゃんはフットワークも軽くステップを細かく刻み、距離を調整していた。

 私が攻撃しようとしたらスッと後ずさってスカしたり、またはかわしつつ踏み込んできてカウンターを狙ってくるんだ。


 ベルちゃんの軽快な足運びを頭のなかで反芻しながら、私はひたすらイヴちゃんから逃げ回る。


 イヴちゃんは拳闘をする人によくある素早いフットワークではなく、威嚇するゴリラみたいに顔を前に突き出し、大股でのしのし迫ってきては力任せに殴りつけてくる。

 まさにケンカ殺法だった。


「ゲコッ、ゲコゲコー!」


 彼女はカエル語でなにかを叫びだした。なにを言ってるか詳しくはわからないけど、なんとなくなら表情でわかる。

 たぶん私がぜんぜん反撃しないから、かかってこいと挑発してるんだろう。


 でも、そろそろかもしれない。

 私は頃合いを見計らって、イヴちゃんに仕掛ける。


 イケイケだった彼女は突然、驚いたように目を見開き、くふっ! と笑いを堪えるような息を吐いた。

 振りかけのパンチがビクッ! と痙攣して引っ込む。


 そして眉を釣り上げて怒りを露わにする。何かを言おうとしていたが途中でハッと口をつぐんだ。


 ……どうやら私の狙いに気付いたみたい。

 実は私は、密かに幻聴の魔法を使ってイヴちゃんの耳元に息を吹きかけたのだ。


 幻聴の魔法は近距離であれば詠唱を必要としない。

 そして囁いた内容がただの吐息であれば、魔法を使っているのを周囲に悟られることはない。


 魔法を使った事実を知っているのは、息を吐いた私と、吐息を耳元に受けたイヴちゃんだけ……!


 ここで私が試合直前に提案した、カエル語限定ルールが活きてくる。

 くすぐったさにガマンできなくなったイヴちゃんが人間の言葉を叫んでくれれば私の勝ちだし、たとえ堪えられたとしても、不正をレフェリーに告発することはできない……!


 これが、私の第1の作戦……!


 なんというか、我ながら悪役みたいな姑息な手だけど……この作戦を足がかりにして、第2の作戦に繋ぐんだ。


「ゲコッ、ゲコゲコっ! ゲコッ! ゲコオォーッ!」


 イヴちゃんはジェスチャーを交えながら、必死になってレフェリーにアピールしている。

 きっと「アイツは幻聴の魔法を使ってるわ! 反則よ反則!」とか言ってそうな素振りだ。


「……はぁ? いったいどうしたのよ? 何が言いたいのよアンタ?」


 しかしレフェリーには通じていないようで、さっぱりという様子で肩をすくめている。


 対戦相手のイヴちゃんはしばらく抗議してたけど、いくらやっても通じなかったので、とうとう告発をあきらめて全力を持って私に向かってきた。

 イヴちゃんが本気になったらガードの上からでも袋叩きにあいそうだったけど、こっちには幻聴の魔法がある。


 私はパンチの出鼻をくじくタイミングで耳に息を吹きかけた。


「んひっ!? ……げっ、ゲコッ! ひんっ!? ゲコオッ!!」


 くすぐったさのあまり、落雷を怖がる子供みたいに身体をビクン、ビクンと震わせるイヴちゃん。

 そんなでは腰の入ったパンチなんて打てるわけもない。


 炭酸の抜けたコーラみたいなキレのないパンチになって、ガードごしの痛みもほとんどなくなった。

 ポカポカという擬音が似合いそうなかわいいパンチ……いや、そこまでかわいくないか。ゴツゴツくらいの擬音が合うだろうか。


 イヴちゃんは悔しそうに顔を歪めながらも、それでも殴るのをやめない。

 ふと思いついたのか、息を吹きかけているほうの耳を塞ぎ、私の吐息を遮断した。


 チャンスとばかりにパンチの振りかぶりが大きくなったが、私はすかさず反対側の耳に息を吹きかける。


「んひゃんっ!? くっ……ぐげ……ゲッコ!」


 しゃっくりみたいな悲鳴とともに、のけぞりよろめくイヴちゃん。


 私はいっさい殴っていないのにカウンターパンチをくらったみたいになったので、レフェリーや観客のイヴちゃんたちもさすがにおかしいことに気づきはじめた。


 ……まずい、バレる前に決めにかからないと!


 私は幻聴の魔法をリズミカルに右、左、右、左とワンツーパンチのように繰り出し、イヴちゃんの両耳を責めたてる。


「ひいいいいっ!?」


 たまらずイヴちゃんは両手をつかって耳を塞いだ。攻撃もガードもガラ空きになった。


 ……いまだ!


 私はその一瞬を見逃さなかった。

 姿勢を低くして彼女の懐に飛び込み、タックルするみたいに腰に抱きつく。


 イヴちゃんの胸に顔を埋め、これでもかとぎゅうっと抱き寄せる。

 上品な石鹸の香りが、私の鼻いっぱいに広がった。


「ぐげっ!? ゲコオオオーーーーーーーーーッ!?!?」


 カエルの断末魔のような悲鳴がリングに、いや、広場じゅうにこだまする。


 これが、私の第2の作戦……!

 クリンチで、イヴちゃんを抱きしめる……!!


 イヴちゃんは狂ったように両手をバタつかせ、パンチの雨を降らせる。

 しかし、私は食らいついたスッポンのようにしがみついて、絶対に離さなかった。


 イヴちゃんを殴るのはやりたくないけど、抱きしめることならいつまででもやってたい。

 だって、イヴちゃんが大好きだから。


 私は過去、幾度となくイヴちゃんに抱きついてきた。でも、いつも拳で追い払われていた。

 だから今日だけは、いくら殴られてもあきらめない。

 イヴちゃんがあきらめるまで、私は絶対にあきらめない……!


 これが、私の出した答え……!

 イヴちゃんから見せてみなさいと言われた、私なりの気合い……!!

 彼女をこうして抱きしめたかったという、気合いだっ……!!!


 イヴちゃんはとうとうパンチをあきらめ、掴まったばかりのウナギみたいに身体をよじらせはじめた。

 だけど離さない。私の身体が彼女にめりこんで、ひとつになってもかまわない勢いで密着する。


「イヴちゃあああああああああああああんっ!!!」


 大好きな女の子の名前を叫びながら、胸に埋めた顔をグリグリとやって、腰にまわした手にさらに力を込める。

 イヴちゃんの胸や腰は、あんな物騒なパンチを繰り出しているとは想像もつかないくらい柔らかくて、気持ちいい。本当に、いつまででもこうしていたかった。


 イヴちゃんは溺れている人みたいに呼吸を荒くし、とうとう、


「や、やめっ……!! やめっやめへぇぇぇぇぇっ……!!!」


 くすぐったさに追い立てられるような声で叫んだ。


「や……やった! イヴちゃんがカエル語以外をしゃべった……!」


 私は顔をあげ、イヴちゃんをいったん離す。

 彼女は全てを出し切った抜け殻のようにぐったりしていた。


「あ……ありがとうイヴちゃんっ!」


 私はすかさず、彼女の健闘を称えるハグをした。


 イヴちゃんと耳元でささやきあい、お互いの健闘を称え合おうとしたが、彼女は何も言わず、力なくカエルグローブを外していた。


 グーになったままの手を、おもむろに高く振り上げたかと思うと……残った力を全て振り絞るようにして、私の頭にゲンコツを降らせた。

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