45
私とシロちゃんたちは、みんなの服を抱えて川へと運んだ。
21人分もあるのでかなりの量だったけど、6人で手分けした。
川岸にしゃがみこみ、アライミを粉末にしたシロちゃん特製洗剤を使って洗濯をする。
修学旅行にエプロンどころか、洗剤まで持ってくる女の子ってシロちゃんくらいのもんだろうなぁ、でもそのおかげで助かった。
洗濯物の山の中から適当に洗い物を引っ張ると、ミントちゃんのジャンパースカートだった。
川の水につけてゴシゴシしていると、肩紐にシミがついているのに気付いた。
なんでこんなところが汚れてるんだろう……? と疑問におもっていると、
「昨日の夕食のときに、ミントさんがスプーンを振り回しておられましたので、その滴がはねて付いたものだと思います」
隣で洗濯しているシロちゃんが教えてくれた。
なるほど、と思っていると、そのシロちゃんは私の長袖シャツを洗っており、肘のあたりを入念にゴシゴシしていた。
「あれ、肘にシミがついている」
「こちらは、リリーさんがテーブル向かいにあるスパイスをお取りになろうとして、肘がサラダのドレッシングに付いたものだと思います」
「へぇ、よくわかるねシロちゃん」
昨日の夜、たしかに向かい側にあるスパイスの入れ物に手を伸ばしたのは覚えている。
でもその拍子に肘がサラダの山に触れていたなんて全然気づかなかった。
「私……みなさんがお食事をされているところを見るのが好きなんです。それで自然と覚えるようになってしまったんだと思います」
私が褒めたせいか、それとも告白が恥ずかしかったのか、シロちゃんははにかんでいた。
他のシロちゃんも揃って頬を染めている。
「シロちゃんって寮の食堂とか姫亭にいるとき、お母さんみたいにやさしい顔してるなあって思ってたんだけど……そういうことだったんだ」
「す、すみません……」
申し訳なさそうに頭を下げるシロちゃん。
「いや、謝ることじゃないよ。そのときのシロちゃんの顔、大好きだもん」
うつむいている彼女の耳がなぜか急に、充血したように赤くなる。
私は言葉の端に姫亭をのぼらせたことで、急に頭の中が姫亭のことでいっぱいになってしまった。
姫亭というのは私たちが通うツヴィートーク女学院のすぐ近くにある、生徒御用達のカフェだ。
『麗しき姫たちの宴亭』って名前なんだけど、みんな「姫亭」って呼んでる。
最近「ジョン」っていう大きな犬を飼いはじめて、看板犬としてみんなに大人気なんだ。
そうそう、この修学旅行でジョンへのお土産もちゃんと買ったんだった。
イヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃん……私たち5人はよく姫亭に行く。
授業が終わったあと放課後のくつろぎとして、テスト前の勉強会として、冒険に出る前の作戦会議として、特にやることがない時の暇つぶしとして……いろいろな用途で利用している。
でも真面目な目的で行っても、いつもふざけちゃうんだよね。
私は、私たちのほぼ専用席となっている店の奥の丸テーブルで、大騒ぎしているみんなの姿を思い浮かべ……懐かしい気分になる。
うーん、修学旅行でたった二週間ちょっと開けただけなのに、たまらなくなってきた。
「ああ、なんだかすっごく姫亭に行きたくなっちゃった」
「はい、私も。みなさんとお茶を飲みながら、お話したいです」
シロちゃんも揃って同意してくれた。
姫亭で話すのは主に私とイヴちゃんとミントちゃんで、シロちゃんはあんまり自分からは話さない。
彼女は主に聞き役になることが多く、いつも誰かの話に耳を傾けている。
適当に相槌を打っているだけでなく、熱心に聞いてくれているようで、話し手より喜怒哀楽が豊富なときがある。
笑える話のときは、口を手で押さえて肩を震わせて笑ってくれるし、悲しい話のときは瞳をウサギみたいに赤くしてくれる。
恥ずかしい話は茹でダコみたいに真っ赤っ赤になるし、怖い話は苦手みたいで謝りつつ耳を塞いで縮こまる。
うぅん、やっぱり私、シロちゃんが好きみたいだ。いつもやさしくて、一生懸命な彼女が。
「……よぉーしっ! 私、シロちゃんの服をぜんぶ洗う!」
私は袖捲りをして宣言する。
「は、はい。私の服ですか?」
シロちゃんは大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「そう、せっかくだからシロちゃんの服をぜんぶ私に洗わせて! シロちゃんはみんなの服をお願い!」
「は、はい。かしこまりました」
シロちゃんは「何がせっかくだからなんだろう?」みたいな腑に落ちない顔をしていたけど……なんというか、自分なりにシロちゃんへの感謝の気持ちを表したかった。
私は洗濯物の中からシロちゃんの白いローブを引っ張り出すと、シロちゃんを労るような気持ちで、やさしく手洗いをはじめた。
すべての服を洗って絞り終えたあと、両手いっぱいに抱えて広場に戻る。
ログハウスのテラスにひさしのついた物干し台があったので、そこに干すことにした。
テラスの上でシロちゃんたちと一緒に洗濯物をパンパンと伸ばしていると、少し離れたところにいるイヴちゃんたちが目に入った。
なにか大騒ぎしている。よくよく見てみると、2人のイヴちゃんが殴り合いをしていた。
他のイヴちゃんたちはまわりで拳を振り上げ囃し立てている。
「け……ケンカ!? やばいっ! シロちゃん、これお願い!」
私は洗濯物をシロちゃんに押し付けると、手すりから飛び降りてイヴちゃんたちの元に猛ダッシュした。
ドッペルゲンガーによってみんなが増えたとき、イヴちゃんたちは最初はいがみあっていた。
隙あらば掴み合いを始めるほど険悪だったけど、私がなんとかすると言ったら争いをやめてくれた。
それから協力しあって作業をしているうちに、ドッペルゲンガーとも打ち解けたのか仲良くしてくれてるなぁ、なんて思ってたのに……!
油断してた……ああ、恐れていたことがついに起こってしまった……!
いま争いをするのはダメだ! もし間違って誰か死んじゃったりしたら……大変なことになっちゃう!
「やめてやめてやめて! やめてイヴちゃあああんっ!!」
私は金切り声とともに、殴り合いをするイヴちゃんの間に割って入る。
「「あっ!」」
と両端からイヴちゃんの声。
直後、イヴちゃんの拳が私の右頬に、もうひとりのイヴちゃんの拳が私の左頬に、同時にクリーンヒットした。
グシャッ! という嫌な音とともに、私の顔は叫びをあげるように歪む。
頬をめいっぱい圧迫された変顔になったあと、ゆっくりと、後ろにブッ倒れた。
イヴちゃんのパンチの威力は定評がある。大柄な男の人も一発KOしたのが記憶に新しい。
実際食らってみて、左右あわせて往復ビンタ100発分くらいのダメージを受けた気分になる。
「い……いっだぁぁぁ~い!?!?」
私はひどい虫歯になったみたい腫れた頬を押さえながら、地面を転げまわった。
殴り合いをしていたイヴちゃんたちは呆れたように私を見下ろしている。
「何なのよアンタ」「拳闘試合の最中に飛び込んでくるなんて」
「け……拳闘試合っ!?」
半泣きで尋ねると、観客のイヴちゃんたちも割り込んでくる。
「そうよ、身体がなまってたし」「ちょうど実力も同じだし」「アタシたちで拳闘試合のトーナメントをやってたのよ」
なんと、ケンカじゃなかったのか……!
でもこの状況だと、誤解するもの無理ないと思うんですけどぉ……!
「うぅ、まぎらわしいことしないでよぉ!」
私はたまらず抗議する。
「まぎらわしいってなによ、バカねぇ」
「もしかしてアタシたちがケンカしてるとでも思ってたの? バッカねぇ」
「本当にバカねぇ、ケンカするんだったら素手じゃなくて剣でやってるわよ」
「バカなだけじゃなくて、アンタって本当にオッチョコチョイなんだから」
「あーあ、せっかくいい所だったのに、バカでオッチョコチョイなヤツに邪魔されちゃったわ」
抗議の五倍の罵りを返されてしまった。
「それにアンタ、あのくらいのパンチでダウンするんじゃないわよ」
「おまけにそんなに痛がったりして」
「アンタ、いちおう前衛なんでしょ? それなのにそんなに打たれ弱くてどうすんのよ」
「前も言ったけど、絡め手に頼りすぎて弱くなってるんじゃないの?」
「そうね、ちょうどいいわ。いい機会だからもっと揉んであげる。立ちなさい」
這いつくばったままの私が言い返すより早く、側にいたイヴちゃんが私の脇に手を入れ、無理矢理立たせられてしまった。
……え?
なんか変な方向に話が行ってない?
なんでケンカの仲裁に来て、私が殴り合いをするみたいな流れになっちゃってるの?
混乱する私をよそに、目の前のイヴちゃんは挑発するようなワンツーパンチをシュッシュと繰り出していた。




