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次の日、イヴちゃんから「さっさと起きなさい!」とクロちゃん布団を剥がされて目覚めた。
天窓から差し込む光があたたかい。今日も晴れのようだ。
このあたり……メリーデイズのある北東の地域は陽射しがあんまり強くなくて、雨が多いんだけど、私たちが旅立ってからはあんまり雨が降ってない。
みんなの誰かが晴れ女なのかもしれない。イヴちゃんかミントちゃんがそれっぽい。
起きた私たちは外に出て軽く体操をした。
それから朝の澄み切った空気のなか森を歩き、川へと向かった。
みんなで川沿いに一列に並び、洗顔をした。
ブラシのところにカエルの顔が描かれたカエル歯ブラシと、緑色のペーストのカエル歯磨きを使って歯磨きをした。
サッパリしたところでふたり一組でペアになって、お互いの髪型を整えた。鏡がないので、ペアになった相手任せだ。
それから広場に戻り、昨日のシチューをあたためなおしたもので朝ゴハンを食べたあと、三々五々となった。
考えることは同じなのか、各々のグループは固まって行動を開始している。
みんなが増えてから一晩たったけど、もう誰もドッペルゲンガーのことを気にしなくなってしまった。
いや、気にしてるのかもしれないけど……私がなんとかすると言ったので、信頼してくれているんだろう。
それとも……もうこの状況に慣れちゃったんだろうか……。
発声練習をするイヴちゃんたち、追いかけっこをするミントちゃんたち、調理場の掃除をするシロちゃんたち、並んで日向ぼっこをするクロちゃんたち。
昔からそうであったような馴染みっぷりだ。
良いことか悪いことかはわからないけど、争いが始まるよりはマシかな。
さて、私は何をしようか……と考えたところで、昨夜見た倉庫のことを思い出す。
さっそく調べるためにログハウスに向かった。
ログハウスは夜は真っ暗だったけど、今は天井の窓から陽の光が差し込んでいるので明かりがなくてもよく見える。
倉庫内も陽の光でいっぱいだ。
本来は家の中に配置されていたであろう家具が詰め込まれ、机や椅子などが積み上げられていた。クローゼットや本棚なんかは中身が入ったまま仕舞われている。
中に入ってみると、ホコリが舞い上がった。どうやら掃除がほとんどされていないようだ。
そーっと動きながら、手近にあった棚の引き出しを開けてみると……ペンやらインクやら定規やらの文房具の中に埋もれている、一冊のノートを見つけた。
手にとって開いてみると、紙は変色しており、カビくさい匂いが鼻をついた。
日付の表題のあとに文章が続いているので、どうやら日記のようだ。
だいぶ古くなっているようで文字も掠れてるけど、なんとか読むことはできる。
パラパラとめくっていると、日記は途中で終わっていた。
最後のあたりに「カンガルードラゴン」という単語が目についたので読んでみる。
澄みし清流の日
今日、山麓の休憩所でキャンプをする商隊を見つけた。
「英雄の道」に入ろうと話しているのを偶然盗み聞きする。どうやら急いで積荷を運ぼうとしているらしい。
護衛が大勢いたので、それだけ大事なものを運んでいるのだろうと睨む。
俺たちのテリトリーを通る者も長いこといなかったので、農夫みたいな自給自足の生活にすっかり慣れてしまったが、大物を目にしたことで久しぶりに血が騒ぎ出した。
弓月の日
仲間たちと協力して、久々に大掛かりな罠である大岩落としを準備した。
苦労しただけあって撹乱に成功し、こちらは負傷者のみで皆殺しにできた。
積荷はお宝などではなく、モンスターだった。
檻に入れられた17匹のワニみたいなモンスターで、調べてみると「カンガルードラゴン」というらしい。
ヘンリーハオチーにのみ生息する珍しいモンスターで、どうやらメリーデイズに運ばれている途中のようだった。
不思議なことに檻はふたつあり、1匹だけのカンガルードラゴンが入った小さな檻と、16匹のカンガルードラゴンが入った大きな檻に分けられていた。
おそらく、オスとメスを分けているんだろう。
健やかなる新緑の日
檻はオスとメスを分けているのかと思ったが、違った。
なんと、16匹のカンガルードラゴンは、世話をさせていた女中の姿に変化していた。
どうやら16匹のほうはカンガルードラゴンではなく、見た者に擬態するモンスターのようだった。
1匹のカンガルードラゴンのほうは変化がなかったので、どうやらこちらは本物のカンガルードラゴンのようだ。
女中はいい女だった。そいつが一気に16人も増えたものだからみんな大喜びして、すぐに檻の外に出された。
性格や身体つきもそっくりで、本物の女中と混ざったが最後、誰も見分けがつかなくなっていた。
俺は嫌な予感がしていた。もう本物も含めて隔離するべきだと主張したが、皆は女をあてがわれた悦びで聞く耳を持たなかった。
疾き迅雷の日
どうやらこの擬態するモンスターは、好意を持った者に擬態するらしい。
人間のなかでも、世話をしてくれた女中に好意を持ったようだ。
そして擬態したあとは、対象の記憶や意思を同じように持つらしい。
カンガルードラゴンの時はモンスターらしく、俺たちを見るなり殺そうと檻の中で大暴れしていたのに、女中になった途端、俺たちの味方として振る舞っていた。
満月の日
敵になったり、味方になったり……不気味なやつらだ。
今思えば……その不気味な特性に気付いたときに、無理矢理にでも始末しておけばよかったのかもしれない。
まさか……女中だったやつらが、またカンガルードラゴンに擬態するなんて。
外にいた奴らは皆殺しになっちまった。そしてこの家にも入り込もうとしている。
もうじき、バリケードも破られるだろう。
俺は、生き残れるだろうか。
17匹ものドラゴン相手に、この集落から逃げ延びることができるだろうか。
しかし俺は、奴らの泣き所を知っている。そこに賭けるしかない。
もし俺がダメだった場合、さらなる被害を防ぐために、この日記に書き残しておく。
奴らの弱点は
……日記はそこで途切れ、終わっていた。
そうか……そうだったのか……!
ここは元々、山賊のアジトだったのか……!
積荷として運ばれていたカンガルードラゴンとドッペルゲンガーを、山賊たちが奪ったんだ。
本来このあたりに棲息していないはずのモンスターがいる理由が、やっとわかった。
でも……肝心なところがわからない。
弱点は? 弱点はいったい何なのっ!?
もしかして、書いてる途中でカンガルードラゴンにやられちゃったんだろうか。
弱点を知っている人がいたはずなのに、まだカンガルードラゴンがいたということは……これを書いていた人は死んじゃったんだろうか。
などといろいろ思いを巡らせていると、
「あの……」
と背後からいきなり声をかけられて、口から心臓が飛び出て部屋中を跳ね回るかと思うほどびっくりした。
「うひゃあああああっ!?」
叫びながら振り向くと、そこにはシロちゃんたちが立っていた。
私が大声を出したもんだから、シロちゃんたちは「きゃっ!?」とびっくりしていた。
「な、なんだ、シロちゃんか……」
「す、すみませんっ、お、驚かせてしまって……!」
揃ってぺこぺこと頭を下げるシロちゃんたち。
私は別に構わなかったんだけど、眠りこけていた腰のクルミちゃんが起きて「もう、うるさいよー! せっかく寝てたのにーっ!」と怒りだした。
その抗議は私に向けられたものだったが、シロちゃんは「も、申し訳ありませんっ!」といっそう縮こまる。
「うるさくしてごめんね、クルミちゃん」
私が目隠しがわりに柄頭を手のひらで包み込むと、クルミちゃんは途端に大人しくなる。また寝たようだ。
「シロちゃんはいったいどうしたの?」
尋ねると、シロちゃんはまだ戸惑っている様子でおずおずと口を開いた。
「は、はい……あの……お天気が良いのでお洗濯をしようと思いまして、みなさんのお召し物を取りにきました」
「なるほど、それで私を見かけたから声をかけたんだね」
「はい。リリーさんは何をしておられたのですか?」
「この部屋に面白いものでもないかなーと思って見てたんだけど、特になにもなかった! それよりもさ、洗濯するんでしょ? 私も手伝うよ! さ、行こ行こ!」
たいしたことは書いてなかったけど、あのノートをドッペルゲンガーに見られるのはよくないと思い、咄嗟にごまかす。
私はシロちゃんの肩を抱き、半ば強引に後ろを向かせて背中を押した。




