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夕食を終える頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。
満腹になった私たちは食べ終わった食器を持って、イヴちゃんが見つけた近くの川へと向かう。
こんな山奥にある川だから、チョロチョロした小川かなと思ってたけどそれよりもずっと大きかった。
私が全力で走り込んで飛び越えようとしても、ど真ん中にあたりに着水しそうなほど幅がある。
クロちゃん曰く、山の頂上のほうから流れてくる湧き水でできたものらしい。
川の向こう岸のほうは鬱蒼とした森が広がっている。かがり火もないので真っ暗だ。
今は整地された場所にいるから快適だけど、旅を再開した場合はあの森の中を通らなくちゃいけない。なんとなくげんなりした。
まぁ、それはさておき、皿を洗おう。
私たちは川に沿って横一列に並び、しゃがみこむ。
まるで21匹のアライグマみたいに、皿をごしごし。
水がだいぶ冷たくて、満腹でとろけそうだった頭がシャキッと引き締まる。
皿を洗い終えて立ち上がると、私たちから少し離れた所にいるミントちゃんが大きな声をあげ、手招きしていた。
「ねーねー! こっちのおみず、あったかいよ!」
ミントちゃんは川沿いにある大きな水たまりの前にいた。
行ってみると、それは白く濁った水がたまっている池で、ほわほわと湯気のようなものがあがっている。
触ってみると、たしかにあったかい。ちょうどいい熱さのお湯で、触ると気持ちいい。
「ホントだ、なんでこんなところにお湯があるんだろう?」
私が考えを巡らせるより早く、背後からクロちゃんの「温泉」と声がする。
その言葉に一番反応したのはイヴちゃんたちだった。
「へぇ、これが温泉!? 初めて見たわ!」
どことなく声が明るい。いつもだったらこんな得体の知れないものには触りたがらないのに、すすんで手を浸けている。
「ねーねー、おんせんってなあに?」
ミントちゃんはシロちゃんのほうを見上げながら聞く。
「はい。地面から出てくるお湯でできた、自然のお風呂ことです」
お風呂と聞いた途端、ミントちゃんのポニーテールがピンと立った。
「おふろ!? はいろー!」
「えっ? お、入りになりますか? でも、お外ですし……」
「はいろー! はいろー! シロちゃんもはいろー!」
「え、ええっ? 私もですか?」
「はいろー! はいろー! はいろー!」
駄々っ子のようにシロちゃんのローブを引っ張るミントちゃん。困りはてるシロちゃん。
5箇所で繰り広げられる光景。私はどちらに加勢するかといえば……言うまでもない。
「よぉし! みんなで入ろうっ!」
拳を高く突き上げると、「さんせーい!」とミントちゃんたちが乗ってくれた。
眼鏡がずるくらい驚くシロちゃんたち、黙って頷くクロちゃんたち。
イヴちゃんたちはまだ迷っているようだった。
「……うーん、温泉ってお肌にいいって聞いてたから、いちど入ってみたかったんだけど……外ってのはやっぱり抵抗あるわねぇ」
「でも温泉って外にあるものだよね? 外でしか入れないものなんだったら人目なんて気にしてもしょうがないよ! それにここなら誰もいないから、入るには絶好の場所だよ!? これを逃したら一生温泉には入れないかも!? それに今日は汗いっぱいかいたし、お風呂入らないと匂うよ、きっと!」
私は自分でも引くほどスラスラ言葉が出てきていた。
みんなとお風呂に入りたい、その一心だった。
だって、20人もいるみんなとお風呂に入れるなんて、夢みたいじゃないか!
私はもうドッペルゲンガーへの警戒心はなく、モンスターの前で裸になることに危険を全く感じていなかった。
「うーん、それもそうね、せっかくだから入りましょうか」
イヴちゃんたちはまんざらでもない感じで承諾してくれた。あとはシロちゃんだ。
「ね、シロちゃん! シロちゃんは聖域の森にある池で水浴びしてたじゃない! ここも森みたいなもんだし、池の水がお湯になったくらいの違いしかないよ! 私たちも一緒に入るから、恥ずかしがることなんてないって! 私はシロちゃんと温泉に入りたい! だから入ろ、ね! ね!」
「は、はい……そこまでおっしゃるのでしたら……かしこまりました……」
半ば押し切ったような気もするが、シロちゃんはもじもじと俯くようにして頷いてくれた。
「あ、それとシロちゃん、湯あみは禁止ね!」
私は先手を打っておく。
「か、かしこまり……えええっ!?」
一度は飲み込みかけたものの、途中でパッと顔をあげるシロちゃん。
この地方の夕陽かと見紛うほどに赤面していて、まるで街中でのハダカ踊りを言い渡されたみたいに信じられない表情をしている。
いつもならすんなり従ってくれる彼女が迷うということは、湯あみナシでの入浴はどうやら本気で恥ずかしい事らしい。
シロちゃんが湯あみなしでお風呂に入るのは初めてじゃない。ただその時は室内のお風呂だったし、入るまでに決死の覚悟をしていた。
ミントちゃんへの言葉「えっ? お、入りになりますか? でも、お外ですし……」からもわかるように、今回は外ということがかなり引っかかっているようだ。
私は頭脳をフル回転させ、なんとか説得材料になりそうなネタを引っ張り出す。
「……シロちゃんって、聖域の森でも水浴びしてたことがあったけど……あの時は湯あみ、着てなかったよね」
「は、はい」「で、ですが……」「あ、あの、その……」「あれは……沐浴でして……」「湯あみの着用は禁じられておりましたので……」
しどろもどろになるシロちゃんたち。私は追撃の手を緩めない。
「じゃ、これも沐浴だと思って! お願いお願い! この前の夏休みのときに、私たちにだったらハダカを見られてもいいって、是非見てほしいって言ってたじゃない! お願いお願いお願いっ!」
私は必死になるあまり、いつの間にか川原の石に額をこすりつけていた。
みんなのハダカなら寮のお風呂でほぼ毎日見てるんだけど、シロちゃんはいつも白いワンピースみたいな湯あみを着て入っている。
普段なら湯あみでも気にしないんだけど、この状況なら話は別。
なんたって5人もシロちゃんがいるんだ。こんな機会は二度とないから、しっかり全員分のハダカを拝んでおきたい。
それなのに湯あみごしだなんて、あんまりだ。せっかくのご馳走を噛まずに飲み込むような味気なさじゃないか。
見たから何だって話かもしれないけど、私は言い知れぬ衝動に突き動かされ、見たくて見たくてたまらなくなっていた。
シロちゃんは土下座に弱く、ひれ伏してお願いすればなんでも言うことを聞いてくれる。ちょっと気が引けるけど、今は手段を選んでいる場合じゃない。
「……アンタねぇ、なに土下座してんのよ」
なりふり構わない私を見下ろして、イヴちゃんたちはあきれたように溜息をつく。
シロちゃんたちはわたわたしながら寄ってきて、私の前で跪いた。
「か、かしこまりました、かしこまりました。湯あみはなしでご一緒させていただきますので、どうかお顔をあげてくださいっ」
私はおねだりを貫き通し、ついには欲しい物を手に入れた駄々っ子のように、すぐさま立ち上がった。
「ありがとうシロちゃん! よぉし、さっそくお風呂だ! お風呂にしよう!」
私たちはいったん調理場に戻って、洗ったばかりの皿を戻した。
それから装備を外して服だけになる。クルミちゃんは置いていこうかと思ったが、温泉に入りたがったので一緒に持っていく。
リュックの中から着替えとカエルバスタオル、そしてカエル石鹸を持って再び川へ向かった。




