37 20人の仲間
「え……ええーっ!?!?!?!?」
ぞろぞろと現れた仲間たちに囲まれ、リリーは自分がおかしくなったのかとパニック気味になる。
イヴ、ミント、シロ、クロ……見慣れた仲間たちはリリーが出会ったのも含めて、なぜだか五倍に増えていた。
イヴが五人、ミントが五人、シロが五人、クロが五人……同じ姿形をした人間が、同じような動きのクセでわらわらしている……。
それは、夕闇が見せる悪い幻覚だとしか思えない、たまらなく異様な光景だった。
戸惑っていたのはリリーだけでなく、増えた仲間たちもそれぞれ信じられないような表情をしていた。
「ちょ、どういうことよこれ!?」「なんでアタシがこんなにいるのよっ!?」「さてはアンタ、偽物ねっ!?」「そっちこそ!」「うがぁーっ!!」
と、つかみ合いを始めるイヴたち。
「ミントがいっぱーい!?」「すごーい、どうやったのー!?」「みんなそっくりー!」「わあーっ、カガミみたーい!」「きゃはは、くすぐったいよぉ!」
と、はしゃぎ始めるミントたち。
「あ、あの……その……」「こ、これは、いったい……」「ど、どうしましょう……?」「ああっ、すみません……」「あっ、いえ、こちらこそ……」
と、ひたすらおろおろするシロたち。
「「「「「…………………………」」」」」
揃って無言のクロたち。お互い特に興味がないのか、顔を合わせようともしない。
ギャアギャア、キャアキャア、オロオロ、そして無言。
仲間たちの混乱は、放おっておけばいつまで続くかと思われた。
リリーはまだ全然、状況に頭の中が追いついていなかったが、ふらつく足取りで立ち上がる。
「と……とにかく、落ち着いて、みんな、ちょっと落ち着こう」
頭がグチャグチャになるあまり、このまま熱を出してブッ倒れたい気分だったが、他にこの場を収めそうな人物がいなかったので、率先して皆をなだめる。
ミント、シロ、クロは話すだけで収まったのだが、イヴだけは暴徒のようになって大変だった。リリーが半泣きで叫んで、ようやく落ち着いてくれた。
「えいゆうの道」のど真ん中で立ち尽くす、総勢21名の少女たち。
膨れ上がった仲間たちを相手に、どうしようかとリリーは悩んだが、とりあえず、一番頼りになりそうなクロたちの話を聞いてみることにした。
「「「「「ドッペルゲンガー」」」」」
簡潔な答えが、寸分違わず返ってくる。
ドッペルゲンガーというのは人間や動物、他のモンスターの姿に擬態するモンスターのこと。
形態を模写するモンスターは他にも存在するが、ここまで完璧に為り変われるのは一部の上級悪魔かドッペルゲンガーしかいないという。
この場所に上級悪魔が複数いるとは考えにくいので、ドッペルゲンガーで間違いない、とのこと。
一言一句、ずれることのない五人のクロが教えてくれた。
この中のひとりだけ言うことが違っていればまだ良かったのだが、複数の鏡に写したみたいに揃っている。
リリーは目を泳がせながら、像のように立ち並ぶクロたちを眺めた。
「……えーっと、いまクロちゃんは五人いるけど……クロちゃんの言うことが本当なんだったら……うち四人が自分自身のことを、ドッペルゲンガーだって認めてるってことになるよね?」
「「「「「ドッペルゲンガーは、擬態している間は自分をドッペルゲンガーだとは思わない。本人だと思っている」」」」」
「そ、そうなんだ……」
リリーは混乱するあまり、いつものようにクロを頼ってしまったが、ちょっと気を引き締めた。
本物と同じアドバイスをくれたとはいえ、うち四体は偽物のクロなのだ。
リリーが疑問を投げかければ投げかけるほど、ドッペルゲンガーに情報を与えることになってしまう。
そこでふと、リリーは思いつく。
「あ、そうだクロちゃん、あの、あの言葉覚えてる? 夏休みの冒険のとき、洞窟で私がクロちゃんに言った…」
「「「「「ずっと一緒にいる」」」」」
揃って即答されてしまった。
「「「「「ドッペルゲンガーは、対象の思考や記憶も模写する」」」」」
クロは、他人事のように付け加えた。
それからリリーたちは、近くあるという民家にぞろぞろと向かった。
散り散りになって探しているときに、ミントが森の中で見つけたらしい。
本物のミントが見つけたものかどうかはわからないが、確かめる術もなかったので、ひとまず行ってみることにした。どのみち、野営する場所を探す必要があったからだ。
それは、カンガルードラゴンと戦った場所のすぐ近くにあった。
森の中を切り開いて作られた広い空間で、整地された土地の真ん中には大きなログハウスが建っている。
家の前の広場には屋根と柱だけの作業小屋がいくつもあり、どれも最近まで誰かが利用していた形跡があったが、人の姿はどこにも見当たらない。
小屋のひとつが物置になっていて、そこにはリリーたちの荷車と、いろんなモノが雑多に積まれた山があった。
山のてっぺんに刺さっていた剣を見つけて、リリーはあっと声をあげる。
「ああっ!? クルミちゃん!」
それまでカタカタ震えていた聖剣はリリーの姿を認めた途端、宝石の瞳をカッと輝かせた。
「り、リリーっ! 遅いっ、遅いよ! 一体いままでなにやってたんだよぉーーーっ! 怖かったんたぞぉっ! うわあああああーーーんっ!!」
クルミは山を崩す勢いで這い出てきて、リリーにしがみつく。
「イヴたちが死んだあと、カンガルードラゴンがじーっと見下ろしてたんだけど、急にモニョモニョって身体が変形して、イヴたちの姿になったんだよぉ! ボク、びっくりして逃げようとしたんだけど捕まっちゃって、ここに連れてこられちゃったんだ!!」
その光景が余程怖かったのか、クルミはリリーの胸に顔を埋めたまま迷子のように訴えかける。
決定的な目撃情報を得て、リリーは目を瞠った。
「えっ……ということは……カンガルードラゴンも、ドッペルゲンガーだったってこと?」
誰に言うでもなく、独り言のようにつぶやく。
でもそう考えると、このあたりにはいないはずのカンガルードラゴンがいる理由も納得がいく。
ここにいるドッペルゲンガーたちは……何らかの形でカンガルードラゴンを見て、擬態したんだ。
それにクルミちゃんの証言のおかげで、敵はドッペルゲンガーであることが完全に証明された。
みんなのドッペルゲンガーはいるのに、私のドッペルゲンガーはいないのが少し気になってたんだけど、それも納得がいった。みんなが擬態される頃には、私はすでに聖堂送りになっていたからだ。
事態がだんだん飲み込めてきた気がする。リリーが振り返ると、そこには依然として仲間たちがいた。40の瞳でリーダーを見据えている。
ここにいるみんなは……見た目は大好きなイヴちゃん、ミントちゃん、シロちゃん、クロちゃんだけど……でも、ほとんどはモンスターなんだ……。
この中からなんとかして、本物のみんなを見つけなくちゃいけないのか……。
仲間は目の前に大勢いるというのに、リリーはなんだか取り残されてしまったかのような気分になって、ひとり、途方に暮れていた。




