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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
204/315

34

 リリーたちは結局、一般ルートとは異なる『えいゆうの道』を進むことに決めた。


 英雄が残した道標なのであれば、英雄の道を進むのが当然だろうという判断からだ。イヴが強く推薦したのも理由のひとつだ。


 道としては明らかに険しそうだが、早駆けの英雄が推薦するのであれば、もしかしたら近道かもしれないという希望はあった。

 たとえ遠回りだったとしても、目的地に着くのであれば大きな問題にはならないだろう……と楽観視もしていた。


 リリーたちは藪の中から出て、荷車を取りに戻る。

 舗装なしの本当の山道では結構な荷物になりそうだったので、やっぱり置いていこうかという案が再浮上した。だが他に食料もないので、悩んだ末に持っていくことにした。


 さて運ぼうか、とリリーは引き手を持ち上げたのだが、ふと、荷台に詰まったダイヤモンドパンの箱の間に、何かが挟まっているのを見つける。

 それは封筒だった。開いてみると、中にはお金と手紙が入っていた。


 手紙には、こう書かれている。



 小さな勇者さんへ。


 あなたたちのおかげで、何十年かぶりに娘の、リン、レン、ランと再会することができました。

 そのうえ店にお客さんをいっぱい呼んでくれて、感謝してもしきれません。


 お礼といってはなんですが、宣伝料として10万ゴールドを入れておきました。

 旅の役に立ててください。


 またアルトスに来ることがあったら、ぜひ店に寄ってください。コッペパンをたくさんごちそうします。


 それでは、あなたたちの旅が素敵なものになりますように……ハーシエルより。



「ハーシエルがくれた手紙みたいね。なるほど、あの店の名前は娘の名前を取ったものだったのね」


 イヴがいのまにか、背後で手紙を覗き込んでいた


「そうみたいだね。それに、お金まで入ってた……どうしようコレ」


 リリーは封筒を開いて、詰まったモノを見せる。

 それは地域貨幣などではなく、ちゃんとしたゴールド貨幣だった。


「せっかくだからもらっときましょ。いっぱい客が来てたから、10万ゴールド以上稼いでるでしょ。みんなの旅費として、アンタが持ってなさいよ」


「……わかった」


 リリーはリーダーらしい、勇ましい少年のような顔で頷く。感謝の手紙を読んで、勇者としての心を取り戻したようだ。

 想い人が急にりりしい顔になったので、イヴはまた不意打ちを食らってしまった。



 『えいゆうの道』に針路を取り、進軍を始めるリリーたち。


 最初は英雄のように勇ましかったが、すぐに後悔したように落ち込んで、最後はへばった顔になる。

 テンションガタ落ちだったが、それは足元の悪路によるものだった。


 長いこと四つ脚の生き物しか通ってなさそうな、文字通りの獣道。

 雑草だらけで、足の踏み場となるのはほんのわずかに踏み慣らされた土の地面のみ。


 そんなところで荷車を引くのは大変な重労働で、やる気を削ぐには十分であった。

 誰からともなく音を上げそうな雰囲気に包まれたが、それでも懸命に進んでいく。


 ガマンの甲斐あってか、少しずつ傾斜はなだらかになっていった。

 どうやら中腹にさしかかり、山の外側を水平に横切るルートになったようだ。


「ああ、なんだか、わかったような気がするわ。このクロッサードの山道は、山の側面を右回りして抜けるルートと、左回りして抜けるルートに分かれてるのよ」


 リリーの前で荷車を引っ張っていたイヴが、息を切らすついでのように言う。


「なるほど、でもなんで、分かれてるんだろう? それになんで、こっちの左回りのルートは誰も使ってないのかな?」


「そんなの、あたしが知るわけないでしょ」


 イヴが吐き捨てたのとほぼ同時に、あたりの草木が激しく動く。

 風に煽られたわけではなく、向こうに何者かがいるような揺れ方だった。


 びっくりして立ち止まると、大柄な人影が次々と飛び出してきて、挟み撃ちするみたいに道の前後に立ちふさがった。

 それは人間ではなかった。鉛のような鱗に覆われた、二足で立つ爬虫類のような生き物だった。


 突然の奇襲に、リリーは身構える。


「り、リザードマン!?」


 かつて夏休みに戦ったモンスターに似ていたので、咄嗟にその名前を叫んだ。

 しかし、いつの間にか隣に来ていたクロに訂正される。


「カンガルードラゴン」


「「「「どっ、ドラゴンっ!?」」」」


 揃って目を丸くする、リリー、イヴ、ミント、シロ。

 かなり変種ではあるが、リリーたちにとって初めて出会うドラゴンだった。


 確かにリザードマンとは身体つきがだいぶ違う。

 リザードマンはワニがそのまま立ち上がったような外見だが、カンガルードラゴンはワニよりも顔が小さく、下半身が太っていて、どっしりした身体つきだった。確かにシルエットだけならカンガルーっぽい。


 いつもはここからクロの細かい解説が始まるのだが、今はそれどころではなかった。


 敵はカンガルーみたいにぴょんぴょん跳ねて移動し、リリーたちを中心に据えた円陣で包囲しはじめる。まるでキャンプファイヤーの焚火みたいにぐるっと取り囲まれるリリーたち。

 このままフォークダンスでも始めてくれたらいいのになぁ……とリリーは淡い期待を抱いたが、敵は手にしたハルバードを一斉に向けてきた。踊るどころか問答無用のようだ。


「……やるわよ!」


 すぐさま戦闘態勢を整えたイヴは、手近な相手に突っ込んでいく。


「どぅりゃっしゃあああああああああああーーーーーっ!!」


 まわりの木々をすべて落葉させような怒声を聞き、リリーにも喝が入る。

 やや遅れて気持ちを戦闘モードに切り替えた。


 携行する武器に手をかけ、抜こうとしたがふと気付く。


 ……そうだ、こいう時こそクルミちゃんじゃないか……!


 腰に携えた二本の剣のうち、愛用の剣ではなく、クルミの柄のほうをグッと掴む。

 そのまま引き抜こうとしたが、なぜか抜けなかった。


「えっ!? ちょ、クルミちゃん! 力を貸してよ!」


「だめっ」


 聖剣は、短い言葉であっさり拒否。

 ずり落ちようとするズボンを押さえるかのように、鍔の手で鞘が抜けないようにしっかりとロックしている。


「ボクを戦いに使えるのは、女神ミルヴァルメルシルソルド様だけだ! カエル採りとかパン作りとか、遊びなら手伝ってあげるけど、戦いだけはだめっ! ボクはそのへんのモンスターを斬るために創られたわけじゃないんだ!」


「そ、そんなぁ!? ちょっと、ちょっとでいいから……!」


 リリーは懇願しながらクルミを力ずくで鞘から抜こうとするが、頑として抜けなかった。

 うだうだやっているうちに、カンガルードラゴンに襲われる。


 敵は長槍を振りかぶりながら、前ステップとともに強烈な一撃を振り下ろした。リリーは寸前でかわす。背後にあった荷車の押し手が砕け散った。

 カンガルードラゴンの身体が泳ぎ、よろめいてリリーにぶつかってくる。


 リリーはひやりとした。触れた鱗もひんやりしていたので、心身ともに冷たくなる。


 ……あぶなかった! 反応が遅れてたら私が砕けてるところだった。

 でも、よろけてくれたおかげで懐に入れた。相手の武器は長物だから、今はスキだらけ……チャンスだ!

 クルミちゃんはひとまずおいといて、私の剣で……!


 クルミから手を離したリリーは、愛用の銅剣に持ちかえる。

 不意に、剣を携えているのとは反対側の腰が熱くなるのを感じた。


 違和感に視線を向けると……なぜか、脇腹に大きな穴が空いていた。直後、栓を失ったワイン樽のように、赤黒い液体がドボトボと流れ出す。


 不自然な位置からの刺突。目で追ってみると、カンガルードラゴンの腹のポケットに収まった仔カンガルードラゴンが、鮮血のついた槍頭を握りしめていた。


「し……しまっ……た……」


 リリーは腹を押さえてよろめく。


 まさか、本当にカンガルーみたいにお腹に子供がいるとは……そして、その子供までもが攻撃してくるとは……全く、思いもしていなかった。

 武器が長物なのに不用心に距離を詰めてきたのもウッカリじゃなくて、子供との連携攻撃だったのかもしれない。


 しかし、今更気付いてもあとの祭。もう立つこともできず、ガックリと膝をついてしまうリリー。

 目の前には、二撃目を容赦なく振り降ろす仔カンガルードラゴンの姿があった。

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