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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
201/315

31

 優勝決定のための競技がアームレスリングと聞かされて、リリーはすぐに「絶対に無理だ」と心の中で断言した。

 しかし同時に、勝利への方程式も模索しはじめる。


 ありとあらゆる修羅場をのらりくらりと潜り抜けてきた少女は、窮地に追い込まれると無意識に考えを巡らせてしまう体質になっていた。


 そして早速、探りを入れ始める。


「あ、あのー……どうしてもリーダーじゃなきゃダメ……ですか?」


 ズェントークで鞘を値切ったときのようなおねだり口調で、ルサンドマンに尋ねてみた。

 イヴにバトンタッチできれば勝率が上がると考えていたのだが、


「この競技はリーダーどうしで戦ってもらうルールだ! 代打は認められないぜ!」


 と一蹴されてしまった。

 しかし、リリーはしつこく食い下がる。


「え、えーっと、じゃ、じゃあ、ちょっぴりでいいんで、ハンデをもらえませんか? あの、その……私、お恥ずかしながら、力には自信がなくって……」


 なるべくかよわく見えるように、もじもじしてみせる。

 リリーの頭の中では、守ってあげたくなる女の子ナンバーワンのシロのイメージを醸し出しているつもりだった。


「ええっ!? ハンデだって? それは……」


 ルサンドマンはこれまた一蹴しようとしたが、観客たちのヤジに遮られる。


「おいおい、そのくらい認めてやれよ!」


「そうだそうだ! そのまんまじゃ、あっさり終わっちまうぞ!」


「ハンデだ! ハンデくらい、いいじゃねぇか! ハーンデ、ハーンデ!」


 ある観客の一言がキッカケとなって、ハンデコールが沸き起こる。

 たじろぐルサンドマンをかばい、観客たちを手で制したのは、対戦相手のリーダーだった。


「アタイは別にかまわないよ。これだけ体格が違うんだ、そのくらいくれてやってもいい」


 ちょうど横に並ぶ形となった相手のリーダーとリリーは、たしかに明らかなる体格差があった。


 リリーの頭のてっぺんが、ちょうど相手の胸くらいの高さ。身体つきのガッシリ感もひとまわり以上の開きがある。

 腕の太さも倍くらい違うので、普通にやったら秒殺は誰の目にも明らかだった。


 ルサンドマンはちらりと町長にアイコンタクトを送る。容認するような頷きを得て、威勢を取り戻した。


「よぉーし、わかった! 特別にハンデキャップを認めるぜ! 「パン食べたい」チームはリーダーだけじゃなく、チームメンバーも加勢できるという形でいいかっ!?」


 相手リーダーは頷く。リリーも頷いたが、さらに付け加えるのを忘れなかった。


「はい。アームレスリングの最中、うちのチームメンバーが相手をくすぐってもいい、ってのでもいいですか?」


「「くすぐるぅ!?」」


 ルサンドマンと相手リーダーは、同時に素っ頓狂な声をあげる。

 いつも本気の競技をしている彼らにとって、ハンデキャップというのはもっと厳格なものだったので、「くすぐる」というのはかなり意外な提案だったようだ。


 しかし観客たちからは大ウケだったので、くすぐり案はすんなり採用された。

 こっちのペースに引き込めた、とリリーは内心で親指をグッと立てる。


 お願いしたハンデキャップは、実は過去に成果をあげたものだったのだ。


 かつてミントがイヴにアームレスリングを挑んだことがあって、その時のハンデとしてリリーが考えたもの。

 リリーはシロとクロと一緒になってイヴをくすぐり、圧倒的不利のミントに勝利をもたらした。


 ちなみに、イヴひとりに対して、リリー、ミント、シロ、クロが四人同時に挑んだこともあったのだが、ドミノになったみたいにまとめて倒されてしまった事がある。

 今回もそうなることを恐れて、全員で挑むのはやめておいた。かわりに大金星を得た実績のある「くすぐりハンデキャップ」を選んだのだ。


 リーダーというより、族長と呼ぶのにふさわしい相手のお姉さん。くすぐり耐性がどれほどあるかはわからないが、リリーは賭けてみることにした。


 ステージにアームレスリング用の台が運ばれてくる。リリーにはちょっと高かったので、パン食い競争で使った踏み台に乗って挑む。

 対面には、すでに戦闘モードに入っているブレイドブレッドの族長、コワモテのお姉さんが構えを取っている。


 筋肉盛り上がる二の腕にはタトゥーの蛇がいて、なんだか二人がかりで睨まれている気分だ。

 リリーひとりだったら土下座しているところだったが、まわりにいる仲間のおかげで気を確かに持てた。


 お姉さんの右側にはイヴ、左側にクロ、背後にシロ、そして股の間にはミント。

 まるで地獄に引きずり込む餓鬼のように、しっかりと取り憑いている。


 リリーは仲間たちに順番に目配せし、意思を通わせるように頷き合う。

 その後、決意したようにお姉さんを見据え、向けられている手をガッシリと握りしめた。


 骨が砕かれそうなほどに手を握り返されるが、リリーも負けじと力を込める。


 勝負にあたり、リリーが注意していたのは一点。

 くすぐりの効果はすぐに出ないので、開始と同時に一気に押し切られるのを用心することだ。


 最初の数秒だけ持ちこたえられれば、あとは仲間たちの援護が得られる。

 出だしだけは絶対に気を抜かないようにしないと……とリリーは密かに闘志を燃やす。


「よぉし、準備はいいようだなっ!? 前代未聞のハンデキャップルールでのアームレスリング! 仲間のお嬢ちゃんたちはくすぐるのは構わないが、つねったり引っ掻いたりするのはナシだぜ!」


 アームレスリング台の前に歩み出たルサンドマンが、特にくすぐり役の少女たちに対して注意を払う。


「わかったかい、リリーチャン? それと、イヴチャン、ミントチャン、シロチャン、クロチャンだったかな? ……特にイヴチャン! エキサイトするあまり殴ったりしないでくれよ!」


 リリーたちの名前はすっかり覚えられてしまった。それどころか各メンバーの特徴まで知られてしまったようだ。

 振られたイヴは「わかってるわよ!」とうざったそうに返事をする。


「よぉし、じゃあ、そろそろいくぜ! もう時間いっぱいだ! かつてないほど盛り上がったこの大会も、いよいよ王者が決まる! これが……泣いても笑っても最後の戦いだっ!」


 輝石灯の明かりが一斉に落ち、中央広場は暗闇に包まれた。

 そして、リリーとお姉さんの姿だけが、スポットライトで浮かび上がる。


「いっくぞぉーっ! レディ・ゴーーーッ!!」


 開始の合図を受け、リリーは発奮する。直後、腕に重石が乗ったみたいにグンと押し倒される。

 腕の筋が違え、電撃を受けたように筋肉が硬直した。


「うぐぐぐぐっ……!?」


 想像以上のプレッシャーだった。リリーは早くも顔を紅潮させ、懸命に踏ん張る。


 予想どおり、相手リーダーは一気に勝負を決めるつもりのようだ。腕の筋肉はモリモリと膨れ上がり、彫り込まれていた蛇は威嚇するキングコブラみたいに変形している。

 かたやリリーの腕は倒木に押しつぶされる木の枝のように、今にも折れそうだった。


 激突した猛牛のように震えるお姉さんの身体には、仲間たちの手がせわしなく這いまわる。

 リリーは歯を食いしばりながら、ひたすら祈った。


 早くっ……! 早くっ……! お姉さん、笑って! こそばゆくない? こそばゆくないのっ!?


 お姉さんは射抜くような鋭い眼光をリリーに向けたまま、獲物の身体に食らいついた虎のように、ぐるる、がるる、と唸っている。

 ガンのつけあいだったらとっくに敗北しているリリーは、苦痛に歪む顔をさらに奇妙にひん曲げ、形容しがたい変顔を作った。

 ニラメッコみたいに顔を見て笑ってくれるかな、と期待を込めてお姉さんに熱視線を送る。


 しかし、お姉さんは顔をほころばせるどころか、食い殺すぞと言わんばかりの睨みを返してくれた。冗談が通じるような相手ではなさそうだった。


 リリーはめげずにさらなる方策を企てようとする。が、頭の血がすべて腕に行ってしまったかのようにボンヤリして、考えることすらままならない。

 視界も霞みはじめる。側にいる司会者が唾を飛ばしながら煽りたてているが、その声は水の中で聞いているみたいに遠くで響いており、何を言っているか聞きとれなかった。


 ついに身体までおかしくなりはじめた……!? と動揺するリリー。

 腕だけはなんとかギリギリ付かないようにして、首の皮一枚の状態を保っている。だが、この薄皮は水に濡れた紙のように、もう破れる寸前だった。


 万策尽きた。なんとかしようとしても、頭が働かないのであれば、もうどうしようもなかった。


 遠のいていく意識とともに、このまま終わってしまうのか……と覚悟を決めかけたが、しかし不意に、わずかではあるが、圧力がふうっと弱まるのを感じた。


 ……あれっ!? と気付いたリリーの瞳に、再び輝きが宿る。

 も……もしかして……お姉さんは……笑うのを必死に堪えている!?


 目の前の女戦士は依然として、一片の容赦ない厳しい顔をしていた。抜き身の刃みたいな鋭さを全身から放っている。

 しかし、その刀身は……リリーの変顔攻撃と、仲間のくすぐり攻撃によって、酸の雨を浴びたようになっていた。少しずつではあるが切れ味を鈍らせ、蝕むようにサビを与えていたのだ。


 お姉さんは気付かれないように厳しいポーカーフェイスで覆い隠していたが、おかしくておかしくてガマンできなくなり、ささやかな吐息程度、吹き出してしまった。

 それでほんの少しだけ、力が抜けてしまった。


 それはミリ単位のわずかな綻びであったが、極限状態にあるリリーは見逃さなかった。

 いっそう力を込めると、ぐぐっ、と腕が浮き上がり、確信を得る。


 見つけたっ……! とうとう見つけたっ……! お姉さんの笑顔……!!

 ここだっ……! ここしかないっ……! 残された力を出し切るんだっ……!!


「ううっ……うおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーっ!!!」


 朝日を浴びたヴァンパイアのように身を捩らせ、リリーは絶叫した。

 ステージ後ろにあるアームレスリングの人物イラストのように、全身からどっと汗が迸る。


 声と力を振り絞ると、陽がのぼるようにゆっくりと……リリーと敵の位置関係が逆転していく……!

 それは……猫に胴体を食われて絶命寸前だった鼠が、最後の力を振り絞って猫の鼻先に食らいついた瞬間であった……!


「ぐはあっ!?」


 お姉さんはついに喘ぎ、歯を剥きだしにする。


 反撃に成功し、逆に相手を追い詰めたリリー。

 ダメ押しに幻聴の魔法で相手の耳に息を吹きかけようかと考えたが、力を込めるのに精一杯で、魔法のための精神統一など全くできなかった。


 魔法が使えないなら……気合いだっ! 気合いで押し切るしかないっ……!!

 あとひと息! あとひと息っ……!! 勝つ、勝つ、勝つっ……絶対に、勝ってやるっ……!!


 裂帛の気合いを放ち続けるリリー。

 このまま食らいついて絶対に離すもんか、と噛みしめた奥歯をギリギリ軋ませていると、ふと腰のあたりから、緊張感ゼロのアクビが立ち上った。


「……ふぁ~あ、んん? うわっぷ!? 雨っ!?」


 腰に携えられていたクルミは目覚めるなり、降ってくる雫から逃れるように柄をよじらせた。

 雨の正体がリリーの顔から垂れている汗だと気づくなり、苦情を訴えはじめる。


「ちょっとリリー! 変な汁をボトボト落とすのはやめて! ボクの大切な身体がサビサビになっちゃうよ! 一体なにやってんの!?」


 鍔の手で、持ち主の腰をスパンと叩く。


「うぐぐぐぐぅ~っ! あ、アームレスリングをやって……そ、そうだ! く、クルミちゃんも、クルミちゃんも手伝ってぇ!」


「手伝うって、なにを」「くううっ! くすぐって!! くすぐりまくってぇぇぇ!!!」

「あっ、なんか楽しそう! くすぐればいいんだね!」「はぐうぅぅ~っ!! 早くしてぇぇぇぇぇっ!!!」


 クルミの反応を待つ余裕のないリリーは、遮る勢いで懇願の悲鳴をあげる。

 その身体が次の瞬間……爆風を受けたかのように、大きく吹っ飛んだ。

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