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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
200/315

30

 出揃った20の札に、リリーたちは我が目を疑った。他チームの参加者もそうだった。

 観客席が揺れ、そのあまりの声量に街じゅうが震えた。

 家中の窓から何事かと顔が飛び出し、裏路地で眠りこけていた野良猫も跳ね起きるほどだった。


 結果は一目瞭然だった。

 掲げられた札の大半が「パン食べたいチーム」だったのだ。


「ば……ばかなぁああああああああああああああああああああーーーーーっ!?!?!?」


 ステージ上の司会者は、暴れだしたダークホースに蹴飛ばされたように、ステージ上で吹っ飛ぶ。


「う……うっそぉぉぉーーーっ!?」


 抜かれた度肝が口から飛び出しそうなほどに、リリーは大絶叫。

 イヴは当然のような顔でフンと鼻を鳴らす。シロは何が起きたのかまだ理解が及んでいないのか、表情をどこかに置き忘れたような無味無臭。隣のクロとお揃いだった。


 ミントは夜空に打ち上げられた花火のような笑顔で、パンドラゴンチームのメンバーに胴上げされていた。


 リリーは感激のあまり、シロクロコンビを両手で抱き寄せ「やった、やったよっ!」と頬ずりを始める。

 胴上げの勢いで飛んできたミントとも抱き合って、イヴをも巻き込んで全員で喜びを分かち合った。


 リリーは頬を寄せ合うついでに、ドサクサまぎれに頬にキスをする。皆の頬は、もちもちのパン生地よりもずっと柔らかかった。


 リリーはピンチを救ってくれたクルミにも愛情表現をしようとしたが、クルミはこの熱狂の中でなぜか眠りこけていた。

 普段は拒絶されるけど、ここぞとばかりに頬ずりしまくった。もちろんキスもした。


 興奮さめやらぬステージ上。アシスタントのお姉さんの手によって、得票数が書かれたチョークボードが運ばれてくる。


 パン食べたい … 10票

 ブレイドブレッド … 4票

 トップパン … 2票

 パンドラゴン … 2票

 ブラックパンサー … 2票


 結果は圧倒的だった。下位に大差をつけて、リリーたちは最終競技で1位になったのだ。


「まさか……お嬢ちゃんたちがトップを取るなんて……夢にも思わなかったぜ……! なぜだ……なぜなんだぜ!?」


 ルサンドマンはステージを転がり落ち、審査員席の真ん中にいる町長に拡声棒を突きつける。

 審査委員長である老人の手には、「パン食べたいチーム」の札が今もなお握られていた。


「……正直なところワシは、かの少女たちを見くびっておった。神聖なるパン食い競争に遊び半分で参加していることに、苛立ちすら覚えた。しかし……かの少女たちの作り上げたパンは、ワシの心の底に眠っていた、幼い頃にこの街に来て、初めて口にしたパンの感動を呼び覚ましてくれたのだ……!」


 老人は岩のように厳つい表情を顔を張り付かせていたが、その頬には清水のような涙がダラダラと垂れ落ちていた。


「飾り立てることもよい……! だが、初心は忘れてはならぬ。それを、かの少女らのパンは、ワシに思い出させてくれた……!」


 まわりにいた他の審査員も続く。


「そうそう、ボクもそうだった! この街にいると凝ったパンに慣れちゃうんだけど、このコッペパンを食べてなんだかホッとしちゃったんだよね!」


「パンの本当の美味しさって、これだよねってカンジー!」


「この街には移り変わりの激しいパンの流行があるが、このパンは、それに流されない芯の強さを感じさせる。そう、我ら人間が移り変わっても変わらない、大地に深く根を張る母なる大樹のように……!」


「うん! これなら毎日食べても飽きないと思うな! 他のパンも美味しいけど、このコッペパンは明日も食べたいと思った!」


 口々に賞賛の言葉を受け、リリーは自分たちのパン……いや、ハーシエルのパンが認められたことを実感する。

 リリーは、パン作りにおいてエースであったシロの手を持って掲げ、歓声に応えた。しかし当のシロはショックが強すぎたのか、まだ腑抜けたままだった。


「なるほど……! 誰もが見落としていた基本を突いたのが、お嬢ちゃんたちの勝因だったというわけか……! しかし……とんでもないことになってしまったぞぉーっ!」


 審査員席からステージを見上げるルサンドマン。

 ステージ上に残っていた得点パネルはすでに書き換えられており、最新の結果が反映されていた。


 パン食べたい … 45ポイント

 ブレイドブレッド … 45ポイント

 トップパン … 40ポイント

 パンドラゴン … 35ポイント

 ブラックパンサー … 35ポイント


「パン食べたいチームと、ブレイドブレッドチームが同率1位となってしまった……! こういった場合の大会規定では、リーダー同士の同点決勝で決着するよう定められている! 同点決勝は、実に三十年ぶりのことだぁーっ!!」


 リリーは「リーダー同士」という言葉に耳ざとく反応し、眉をひそめた。

 さっそく心の中でひとりごちる。


 ……リーダー同士の同点決勝?

 ってことは、ブレイドブレッドチームのリーダー……あの山賊のお頭みたいな女の人と、私が戦うってこと!?


 む……無理だっ……! ニワトリみたいにキュッって首をひと捻りされて終わっちゃうよ……!

 何をやらされるか知らないけど……あんな怖そうな人に勝てるわけがないっ!!


 ね……寝付きの良さの勝負とかだったら勝てるかもしれないけど……そんな地味な勝負になるわけないよね!?


「雌雄を決する勝負は……これだぁーーーっ!!」


 司会者の声に、弾かれたように顔をあげるリリー。

 一縷の望みをかけ、種目の発表に刮目する。


 ステージ上にあった得点パネルが、風を起こす勢いでグルンと回転する。

 パネルの背面には……二人の男が腕を絡ませるようにして、汗を迸らせるイラストが描かれていた。


「アームレスリングだぁーーーーーっ!!!」


 目の前が真っ暗になるリリー。頭の中では、司会者の威勢のいい声がこだまのように反響していた。

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