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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
リリーとゆかいな仲間たち
20/315

20

 ミントちゃんの百カウントでお風呂を出て、脱衣所のロッカーに入れた服を取り出していると、

「その服、そこに置いとけば朝までに洗濯してくれるわよ」

 声の主は、ガウンを着たイヴちゃんだった。なんと、洗濯までしてくれるとは……どこまでも至れり尽くせりだ。


「朝までに? 乾くの?」

 もう夜なので、お日様の力は期待できないけど、

「魔法設備だから、大丈夫でしょ」

 事もなげに返されてしまった。


 ……お日様なんて思ってる自分がなんだかすごい田舎者みたいに思えてきたが、それ以上に洗濯物も乾かすという魔法設備に興味がわいてきたので、脱いだ服はそのままにしてロッカーの扉を再び閉めた。

 脱衣所には備え付けのガウンがあったので、それを着ることにした。


 リビングに戻った私はほっこりしているみんなを横目に寝室へと向かった。扉を開けると右の壁と左の壁にシングルベッドがそれぞれ三つづつ並んでいて、奥には窓を挟むようにして、クローゼットと鏡台。寝るだけの場所なのに、贅沢なほど広い。


 でもこれなら、やりたかったことができそうだ、とひとり頷いて、準備を開始する。


 クローゼットの中にあった大きなシーツを引っ張りだし、寝室の真ん中に敷く。その上に座りこんで、かけ布団を頭からかぶる……あとは、みんなを待つばかりだ。


 しばらくして待っていると、ミントちゃんとクロちゃんが寝室に入ってきた。私の姿を見てすぐに同じように真似してくれた。寝室の中央には、かけ布団のオバケみたいなのがみっつ。


「なっ、なにをなさっているのですか?」

 次に寝室に入ってきたシロちゃんはレンズごしの目をひときわ大きく、丸くしていた。


「おしゃべりしょうと思って……シロちゃんも一緒にどう?」

 布団をかぶったまま、こもった声で誘う。


「は、はい……」

 見よう見まねで布団をかぶって私たちの円に加わるシロちゃん。それと同時に寝室に入ってきたイヴちゃんは、車座になっている私たちを見て、

「アンタたち、床で何やってんの?」

 予想通りのあきれた反応をかえしてきた。


「寝る前におしゃべりしようと思って。イヴちゃんもいっしょにどう?」

 一応、誘ってみる。


「なんでわざわざ床でそんなことしなきゃいけないのよ」

 そう言い放ってベッドに歩いていくイヴちゃん。


「……いいもん」

 とりあえず、あっさりと引き下がった私は立ち上がって、寝室の明かりを少し落として、真ん中にランプを置いた。ミントちゃんが「たきびみたい」と微笑ましい感想を述べる。


「イヴちゃんは寝るみたいだから、小声でね、小声で。ひそひそおしゃべりしよう」

 最後の準備を終えて輪のなかに戻ると、隣にいたクロちゃんが私の腰に手を回して、しなだれかかってきた。くっついてくるのにはもう慣れっこだった。


「なにおはなしするのー?」

「んー、そうねぇ……私がイヴちゃんといっしょに暴れ馬に乗った話なんてどう?」

「あはは、なにそれー?」

「そのようなことが、あったのですか?」

「うん、これはツヴィ女に入ったばかりの頃だったんだけど……あ」


「まったく、これ見よがしな話し方、してんじゃないの」

 イヴちゃんが私の隣に割って入ってきた。ふとんをすっぽりとかぶって、目だけ出している。


「いらっしゃい、イヴちゃん」

 ニンマリしながら迎えると、私の意図に乗ったのが悔しかったのか「つまんない話だったら寝るからね」と尖り口で言われた。


 寝る前のおしゃべりって女の子同士の大切な時間だよね、と私は思っている。子供の頃はママとおしゃべりしながら寝るのが日課だったから、そう思うようになったのだろうか。……本当は前回のアルバイトでもやりたかったけど、疲労の極地でさっさと寝てしまって出来なかったのだ。


「イヴちゃんも来たことだし、暴れ馬の話は今度にして……」

 全員揃ったところで、こう前置きしたあと、

「……みんなは、気になる男のコとかって、いる?」

 聞いてみたかった話題を切り出した。いままでそれほど気にしなかったけど、パーティのときに見たドレスでみんなのことを「かわいい」と感じた。いままで異性について言及したことはなかったが、そのへんどうなんだろうと思ったのだ。


 こういう話題は真っ先にイヴちゃんなのだが、その前にシロちゃんと目があったので、

「シロちゃんは、いる?」

 彼女に振ってみた。


「はいっ? 私、ですか?」

 トロンとしていた瞳が見開かれた。


「うん」

 頷くと、彼女はしばらく口に手を当てて考えるような仕草をしていたが、しばらくして、

「あの……私は、男性の方と全然お話をしたことがないので……よくわからないのです……すみません」

 申し訳なさそうな答えが返ってきた。


「全然?」

 彼女くらいかわいければ、いっぱいあると思うのだが。


「はい……私は人とお話しをするのが苦手で……その、緊張してしまうので、あの、いけないことだとは思うのですが……つい、皆様の影に隠れてしまうのです」

 他の人と話をしているときにぜんぜん口を挟まないと思ったら、あれは影に隠れてるつもりだったのか。


「さきほどのパーティのときも、男性の方が話しかけてくださったのですが、頭が真っ白になってしまって……助けていただいたのです」

 そう言って、クロちゃんのほうを見た。


「そうなんだ」

 私にくっつくクロちゃんのほうに目をやると、かぶった布団から出た前髪が、頷くように揺れた。


「ダンスに誘われていた。かわりに私が彼女と踊った」

 かなり情報が省かれていたが、だいたい言いたいことはわかった。ダンスを踊っているふたりを見て珍しいなとは思ったが、あれはシロちゃんを助けてのことだったのか。


「あのときは本当に、ありがとうございました」

 こんなときでも正座なシロちゃんはかしこまったように三つ指をついて、深く頭を下げた。それでもクロちゃん微動だにせず、むしろ一緒にお礼を言われているみたいで私のほうがくすぐったくなってしまった。


 そういえば……子供のころ聖堂でいたずらをして、お仕置きとして正座させられてたなぁ……いつも一分持たなかったけど。私のとばっちりで一緒に正座をさせられていたシロちゃんは足が痺れて転げまわるなんてこともなく、今と同じでキッチリ膝を揃えて座ってたなぁ……。


「……あ、そっか、聖堂って女しかいないもんね」

 それで思い出した……聖堂にいるのはみんな女性だということを。彼女はツヴィ女に入学するまで聖堂からほとんど出たことがないらしいので、それなら男の人と接する機会が全くなかったというのも頷ける。


「聖堂だけじゃなく、ツヴィートークって男ぜんぜんいないでしょ」

 片膝を抱えながら、イヴちゃんが口を挟む。たしかに……と私は大きく頷いた。


「そうだよね……学校も女子校しかないし」

 外との交流が盛んな港などは男の人がいるけど、街の中ともなるとほとんど見かけない。女子校しかないのも、入学する男の人がいないから自然とそうなったんだろうか。


「ミルヴァルメルシルソルド様が、男性の方をあまりお好きではないから……と伺ったことがあります」

 シロちゃんが一瞬何をいったのかわからなくて、ミルヴァ様のことだと気づくのに時間がかかった。フルネームがさらっと出てくるあたり、さすが僧侶だと思った。


「ミルヴァ様、男嫌いなんだ……」

 聞いたばかりのフルネームはもう忘れちゃってて、いつものようにあだ名で呼んでしまう。


「そういうアンタはどうなのよ?」

 抱えた膝にアゴを乗せながら、イヴちゃんが私に振ってきた。


「私? う~ん、私も男のコとの接点、ほとんどないんだよね……」

 ひとさし指でこめかみを揉んで思い出を絞りだしてみても、女の子のしか出てこない。さかのぼった記憶がセピア調になったころ……ようやく一件ヒットした。


「一番仲良かったのは……子供のころなんだけど、同じ勇者志望の男のコがいて、よく遊んでたなぁ」

 こりゃ気になる男の子というより、子供の頃の思い出だな、と言いながら思った。


「その方は、いまはどうなさっているのですか?」

 子供の頃、その子と同じくらい一緒に遊んだシロちゃんが尋ねてきた。


「私がツヴィ女に入学する前くらいに街を出ていって、遠くに引っ越してっちゃったんだよね……」

 言いながら、「学校も女子校しかないし」という少し前の自分の発言が頭をよぎった。そうか……男の子が通える学校がなかったから、街を出たのかも……今更になって、別れの理由がわかった気がした。


「ふぁ~ぁ……」

 私の余韻は、イヴちゃんの大きなアクビによって遮られた。眠いのか興味がないのか、両方なのか……暴れ馬の話を再開すれば、その眠気も退屈も消え去ると思うが、彼女自身が暴れ馬になりそうだったのでやめておいた。


「それがアンタの初恋ってわけね」

 口をムニャムニャさせながらも、いちおう話につきあってくれた。アクビの涙のせいで潤んだ瞳に見えなくもない。


「そう、なるのかなぁ?」

 ただ……当時その子に抱いていた感情は、今ここにいるみんなを「好き」と思う気持ちと一緒。どちらも特別なものだったけど、男女間での差が全然ないのが気にかかっていた。「好き」という感情においては、相手が男でも女でも変わらないものなのだろうか……。


 考えても無駄だとすぐ気づいたので、私のことはこれでオシマイにした。


「気になる人いる? いる?」

 肩を動かして、寄りかかるクロちゃんを揺らしながら聞いてみると、

「いる」

 彼女も肩を動かして私を揺らしつつ、肯定の二文字を返してきた。


「えっ、どんな人?」

 揺らすのも揺らされるのもなんだか気持ち良かったのでしばらく続けたかったが、思わず肩の動きを止めてしまった。寡黙で自分のことをほとんど語ろうとしない彼女が気になっているのは、どんな人なのか。


 次の言葉を待っていると、かわりに布団からにゅっと手がのびて、ひとさし指が突き出された。

 その指はミントちゃん、シロちゃん、イヴちゃんをそれぞれ数秒づつ指さしながら反時計周りに移動し、最後に私を指さす。


 そのあと手をゆっくりとしまいながら、

「……好き」

 それだけ告げた。ささやくようなトーンだったのは、彼女なりに照れていたのだろうか。


「……ありがとうございます、とっても嬉しいです。私も……好きです」

 はにかみつつも馬鹿丁寧に対応するシロちゃん。まるでプロポーズでもされたかのようなリアクションだ。


「もちろん、私も好きだよ!」

 私も負けじと、寄り添うクロちゃんの肩を抱いた。頬が触れたので、その勢いにまかせて頬ずりした。


「ミントもー!」

 ミントちゃんはクロちゃんの首に飛びついた。そのまま反対側の頬に頬ずりする。


「…………」

 先ほどの揺らしっこよりずっと気持ちがよかったので、つい黙々と頬ずりを続けてしまう。私とミントちゃんから抱きつかれ挟まれグリグリと頬ずりされるクロちゃんは、子猫にじゃれつかれる親猫のようにじっとしていた。


「いやいや、そういうんじゃなくて、男はいないの?」

 そのふれあいに水を差したのは、イヴちゃんの容赦ない突っ込み。


「きゃいむ」

 なおもダブル頬ずりされるクロちゃんは、変な言葉を発した。


「え?」

 怪訝そうに聞き返すイヴちゃん。


「きゃいむ」

 頬を歪めながら発した言葉は、また変だった。


「え? ……ってちょっとアンタたち、それやめなさい、何て言ってるかわからないじゃない」

 言われて私とミントちゃんは頬ずりっこをやめて、顔を離した。なんだか名残惜しそうな雰囲気のクロちゃんは、


「皆無」

 ほんのり赤くなったほっぺたのまま、またしても二文字で答えた。先程のささやくようなトーンではなく、キッパリ言い切った。


 なんと突っ込んでいいのかわからないのか、

「あ、そう……」

 イヴちゃんはそれだけ言った。


 クロちゃんはもう言うことはない、といった風情を漂わせていたのでその横にいたミントちゃんのほうを見ると、

「ねーねー、ようし、ってなーにー?」

 見た目どおりの幼い声で聞いてきた。


「ようし?」

 なんだろう?


「パーティのときになかよしになったいろんなひとたちにいわれたの……ウチのようしにならないか、って」

 ああ、養子、ね。


「えーっと」

 なんて説明していいか、迷っていると、


「私の家族になってください、というお願いですね」

 ミントちゃんの生き字引ともいえるシロちゃんがかわりに説明してくれた。


「かぞく? なんで?」

 疑問が深まったようで、何度も瞬きしながら聞き返す。


「もっともっと、ミントさんと仲良くなりたかったのだと思います」

 柔らかな笑みを浮かべながら、シロちゃんは答えた。人と話すのが苦手な彼女が私たちだけに見せる、心までほっこりする微笑みだった。


「ふぅ~ん」

 納得したミントちゃんはコロンと寝転がって、正座しているシロちゃんの膝に頭を置いた。突然のひざ枕にもシロちゃんは嫌がる様子もなく、むしろ慈しむような眼差しでミントちゃんを見ていた。視線に気づいたミントちゃんは「帰ったら耳かきしてね」と言い、シロちゃんは「はい、喜んで」と答える。……年はそんなに違わないはずなのに、まるで親子みたいだった。


 しかし、あの短時間で複数の養子縁組を獲得してくるとは……彼女の人気はセレブ相手でも衰えを知らぬようだった。


「いや、だから男は……いないわよね」

 じれたように突っ込むイヴちゃんだったが、途中であきらめたように語気を弱めた。


「そういうイヴちゃんは、もちろんいるんだよね?」

 からかい半分で振ってみる。


「婚約者ならいるわよ」

 いつもの事もなげな返答だったが、


「え!」

 口調とは裏腹の想像を超える内容に、思わず大声をあげてしまう。婚約者といえば、結婚を約束した相手のことだ。結婚なんてまだまだまだまだ先のことだろうと思っていたが、それが身近に迫った人物がこんな側にいたとは。


 いままで刺激ゼロの報告ばかりだったが最後の最後で大物が登場し、場が一気に熱を帯びる。ミントちゃん以外はみんな興味津々なのが空気で伝わってきた。


「どんな人? どんな人?」

 私もテンションがあがっているので、つい急かすような口調になる。


「知らない。会ったことないし」

 なおも事もなげな返答。


「え……?」

 なんだか、話の雲行きがあやしくなってきた。


「パパが勝手に決めようとしてるのよ」

 ちょっと不機嫌そうになった。


「そ、そうなんだ……」

 お金持ちの考えることは、よくわからない……いろいろあるんだろうな、と思った。


「でもパパに言ってやったわ、アタシと結婚できるのは、アタシの率いるパーティを倒した男のみってね!」

 急に鼻息を荒くしたイヴちゃんは、言ってやった感を顔全体に漂わせていた。


「……イヴちゃんが率いるパーティって?」

 精鋭が揃った婿取り専用パーティを、頭の中で想像する。


 次の言葉を待っていると、かわりに布団からにゅっと手がのびて、ひとさし指が突き出された。

 その指はシロちゃん、ミントちゃん、クロちゃんをそれぞれ数秒づつ指さしながら時計周りに移動し、最後に私を指さす。


「ええーっ! 私たちってこと?」

 驚いたのは私とシロちゃんだけだった。クロちゃんは無表情、ミントちゃんはひざ枕でウトウトしている。


「そうよ」

 さも当たり前のように返された。


「その規定なら、私たちを全滅させたゴブリンにも権利が発生する」

 抑揚のない声で鋭い突っ込みをするクロちゃん。


「……あのゴブリンが望めばね。あと、リベンジが成功すれば無効よ」

 忌々しそうに言う彼女は、いつのまにかルールを追加していた。


「で、でも、私たちじゃ……」

 「勝てない」と言いかけて、ママの顔が浮かび、あわてて言葉を呑み込んだ。


「大丈夫よ、相手はひとり、こっちは五人もいるんだから」

 私が言おうとしていたことを察したイヴちゃんは、飄々と言ってのけた。その状態でゴブリンに負けたのに……という言葉も呑み込んだ。


「う~っ……」

 さっきから言葉を呑み込んでばかりの私は、同じく困惑するシロちゃんと顔を見合わせながら呻いた。……これじゃこっちが結婚させられるみたいじゃないか。


 当の本人は他人事レベルの楽観さで、

「あるかわかんないけど、もしアタシたちの前に婚約者が現れたら、そのときはヨロシクね」

 いたずらっ子のような笑顔を浮かべたイヴちゃんは言いながら、星が見えそうな極上ウインクをキメた。

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