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「よぉーし! 野郎ども、タイムアップだ! どのチームも、最高のヤツが出来あがったようだな! 審査員席までパンを運んでくれ!」
司会のルサンドマンによる、調理終了の号令が轟く。
全チームのリーダーがほぼ同時に、指定の配膳台に乗せたパンをステージ横にある審査員席まで運びはじめた。
聖櫃みたいなデザインの配膳台は全部石で出来ているのか思ったよりも重く、まるで石棺を押しているみたいだった。
リリーひとりでは亀が這うくらいノロノロとしか押せなかったので、仲間たちにも手伝ってもらって全員で運んだ。
審査員席は二列になっており、前列は町長と評論家の五人、その後ろには観客から選ばれた十五人が着席していた。
次々と運ばれてくる美味しそうなパンに、町長と評論家はすでに審査をしているような厳しい目つきを投げる。選ばれた観客たちは、自分がこれらを食べられるんだと色めきたっている。
「よぉーし、出揃ったな! これが、選ばれた戦士たちが作りあげた、本物のパンだ! ひとつひとつ見ていくぜ!」
ルサンドマンはステージを駆け下り、ずらっと並んだ配膳台の前へと移動した。
「まずは、現在1位のトップパンチーム! おおっ、これはドでかいハンバーガーだな! リーダー、これは何ていうパンだ!?」
拡声棒を向けられたマッチョなリーダーは上半身裸で、胸筋を見せつけるようなポーズを決めていた。
「これは世界最高の名店、トップパンが自信を持って送る『トップバーガー』だ! リブロースの肉汁で作ったグレイビーソースを、たっぷり絡めた分厚い牛ヒレ肉のステーキ! それを牛乳をこれでもかと加えた大ぶりのバンズに挟んだ、ボリューム満点のハンバーガーだぜ!」
トップパンの店名ロゴの焼印が押された、ツヤツヤの茶色いバンズ。
その間には鮮やかな紅色の牛ヒレ肉のステーキが挟まっていて、タレが肉汁のように溢れている。
「ソースのためだけにリブロース肉を使うとは、なんとも贅沢なハンバーガーだな! ううむ、のっけから凄いパンが出てきたぜ!」
唸るルサンドマン。
うおおぉぉぉーっ! と周囲からも歓声があがる。それにあわせて胸筋を得意気にプルプル震わせるリーダー。
リリーはぼんやりと、波打つ胸板を眺めていた。
……あ、そういえば、私……男の人の裸を見るのって、初めてかも……。
なんか、のっぺりしてるなぁ……それになんかゴツゴツしてて固そうだ。胸の無さはクロちゃんやミントちゃんに似てるけど、なんか全然違う……。
どちらかといえば、いや、歴然として、クロちゃんやミントちゃんの裸のほうが鑑賞してて楽しい気がするなぁ。
クロちゃんやミントちゃんの裸が、妖精の森だとすると……こっちは火トカゲの砂漠みたいだ。
暑苦しくなって目を反らしたリリーはふと、仲間の方に目をやった。自分と同じで男性の裸を見慣れてないはずなので、どんな反応をしているかが気になったのだ。
しかし仲間たちは皆、トップバーガーのほうに釘付けだった。なんか自分だけ見ているのも嫌だったので、「ホラホラみんな見て見て、男の人のハダカだよ」とわざわざ知らせてみる。
一様にムキムキの裸体に顔を向けるイヴ、ミント、シロ、クロ。
しかし、反応をしたのはシロだけだった。真っ赤になった顔を両手で覆ってイヤイヤをしている。他の仲間は特に何の感想もなく、バーガーのほうに視線を戻していた。
「さて、お次は同率1位のブレイドブレッドチームだ! これは……パンというよりロングソードみたいだな! リーダー、コイツは一体何だ!?」
向けられた拡声棒を奪い取る、蛮族の長みたいな女リーダー。雄叫びのように叫ぶ。
「これは戦うパンを作り続ける、アタイらブレイドブレッドの『ブレイドガーリックトースト』! オリハルコンで出来た伝説の剣をイメージした、ロングブレッドさ! たっぷり塗ったガーリックソースでこれでもかと刀身をギラつかせ、耳の部分は刃物みたいに研いであるから、こいつはまさに剣だね! マジで斬れるほど鋭いから、峰の部分から食わないとケガしちまうよ! 美味さもヤバさも最大級の剣……いやパンだ!」
刀身にあたる部分に、ブレイドブレッドの店名ロゴの焼印が押されたロングブレッド。
鋭利な黄銅の剣のような外見で、耳の部分がちょうど刃になるように成形されている。
「ブレイドブレッドのパンはいつも武器みたいだが……ついにオリハルコンの剣まで到達したようだ……このガーリックトーストは、伝説になる予感がするぞぉーっ!」
煽るルサンドマン。
すげええぇぇぇーっ! と煽られる観客たち。すでに勝ったように拳を高く掲げるブレイドブレッドのリーダー。
リリーはぼんやりと、リーダーの腕に彫られた刺青の柄を眺めていた。
……あ、この人、腕まで剣の刺青してる。
うーん、そこまで剣にこだわるなら、パン屋さんじゃなくて鍛冶屋さんをやればいいのに……。
ガーリックトーストってカチカチになったやつは確かに武器みたいに鋭くなるけど、まさか本当に武器にするなんて……。
もしかしたら便利な時もあるのかもしれないけど、朝、寝ぼけたまま食べたら大ケガしちゃいそうだ……。
仲間たちもリリーと同じく有用性に疑問を感じているのか、不思議そうな顔をしていた。
しかしイヴだけは興味津々のようで、「兵士の野戦食にいいかもしれないわねぇ」などとブツブツつぶやいている。
「どんどんいくぜ! 2位のパンドラゴンチームだ! 剣の次に出てきたのは、角笛みたいだぞ! リーダー、コイツが何だか教えてやってくれ!」
向けられた拡声棒の前で、リーダーであるドワーフのおじさんは咳払いをひとつすると、静かに説明を始める。
「この街でもっとも伝統のあるパン屋、ワシらパンドラゴンが作ったのは『ドラゴンホーンパン』じゃ。竜の頭角で作った角笛をイメージしておる。吹けはせんがの。中はくり抜いて、ホワイトシチューを詰めた。まぁ、ようはただのポットパンなんじゃが……今回は特別に、竜の舌を入れてある」
パンドラゴンの店名ロゴの焼印が押された、角みたいなクロワッサン。見た目は地味だが中身で勝負してるかのような、いぶし銀の心を感じさせる佇まい。
「パンドラゴンのクリームシチューは、それ単体でも高級レストランクラスだと評判だが、さらに珍味である竜の舌まで使われたとなると、一体どれだけ美味くなってるんだぁーっ!? これはたまらないぞぉーっ!」
ヨダレを拭うような仕草をするルサンドマン。
うまそおおぉぉぉーっ! と盛り上がる観客たち。傲ることも謙遜することもせず、ウンウンと頷くパンドラゴンのリーダー。
リリーは配膳台の上にある角笛パンをぼんやりと眺めながら、口の端からヨダレを垂らしていた。
……これ……今までの中で一番好きかもしれない。焼き立てのポットパンって外はサクサク、中はホカホカで美味しいんだよね。
それに竜の舌が使われているのもポイントが高い。竜の舌って食べたことないけど、すごく美味しい珍味だって聞いたことがある。いったいどんな味がするんだろう?
ああっ、コレだけでも試食させてもらえないかなぁ……審査員の分しかなさそうだから無理かなぁ……。
「続いては、同率2位のブラックパンサーチームだ! これは……何だ!? 黒い皿の上には何も無いように見えるが……!?」
向けられた拡声棒に対して、黒き女豹のようなリーダーはニヤリと笑った。
「黒パンにこだわってきた、あたしらブラックパンサーの答えがコレさ! 『真・ブラックショコラパン』! 光をも吸い込む黒さを実現した、世界で一番黒いパン、いや、世界で一番の暗黒物質……! 闇に飲み込まれるような絶頂を感じたけりゃ……こいつを食べるといいよ!」
このパンにも、ブラックパンサーの店名ロゴの焼印が押されているようだが……真っ黒で見えなかった。
それどころか、黒い皿の上では存在そのものが無いようだった。
「ブラックパンサーの黒パンが、来るところまで来てしまったようだ……! こ……これを食べたらいったいどうなってしまうのかぁーっ!?」
震え上がるルサンドマン。
どよめく観客たち。サディスティックな笑いを浮かべるブラックパンサーのリーダー。
リリーは配膳台の上にある、皿に盛られた黒パンを凝視していた。仲間たちも凝視していた。なぜか皆、寄り目になっている。
なんとかがんばって、パンの姿を目視してやろうと意気込んでみたが、全然わからなかった。
そうしているうちにリリーたちのチームの番になった。司会者が寄ってくる。
「さて、最後のチームはパン食べたいチームだ! パン作りのときは大騒ぎだったが、なんとか出来上がったようだな! えーっと、これは……」
拡声棒を差し出してくるルサンドマン。
せっかくだから、とリリーは仲間たちを抱き寄せ、頬をくっつけあわせる。
「せーの」という合図とともに、
「「「「「コッペパンですっ!!」」」」」
五人揃ってパンの名前を元気いっぱいに言い放った。




