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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
196/315

26

 カラッポになったボウルを前に、餌を奪われてしまった犬のように四つ足のままガックリとうなだれるリリーとシロ。


「アンタたち、なにやってんのよっ!?」


 怒鳴るイヴを先頭に、仲間たちがやって来る。


「ご、ごめんなさぁ~いっ!」


「す、すみません、すみません!」


 半泣きのリリーと、もう泣いているシロ。

 魔女へのイタズラがバレて捕まった姉妹のように、抱き合って何度も謝っている。


 何事かと観客たちも集まってきて、司会者も実況そっちのけで様子を見に来た。


「おいおい、お嬢ちゃんたち、小麦粉を食べられちまったのか!」


「ちょっとアンタ! かわりの小麦粉よこしなさいよっ!」


 イヴはすぐさまルサンドマンに詰め寄った。悪いことをしてないのに胸ぐらまで掴まれて、たじろぐルサンドマン。


「そ、そうだな、そのあたりから別の小麦粉を……」


「ならんっ!」


 突如、聞き覚えのない厳しい声が響き渡る。

 皆が一斉に注目した先には、審査員席から立ち上がった老人がいた。


「町長!? あ、いまは審査委員長!」


 言い直すルサンドマン。異議を申し立てたのはこのアルトスの町長のようだった。


 ロールパンみたいにふっくらして、テカった頬をした白ひげの老人。

 細長いクラッカーみたいな杖をつきながらやって来て、衆人たちを厳しい声で制する。


「このアルトスの街に伝わる『パン食い競争』は神聖なる儀式! 清められた小麦粉以外、使ってはならぬ!」


 落雷みたいな一喝に、その場にいた皆はピシッと背筋を正した。

 しかしイヴだけは怯むことなく食ってかかる。


「なによ! ただの小麦粉でしょ!? 別に何だっていいじゃない!」


「言語道断っ! 女神の祝福を受けた小麦粉しか使ってはならぬ!!」


「ゴチャゴチャうるっさいわねぇ! わかったわよ! まだ時間はあるから、その祝福ってやつをやってやるわ! ミルヴァを呼んで、やらせればいいんでしょ!?」


 イヴは大見得を切るが、それはかなり滑稽な姿に映ったようだ。緊張の糸が切れたように観客たちがどっと沸いた。


「おいおいおい! お嬢ちゃん、女神を呼び出すってかぁ!?」


「女神ってお嬢ちゃんのママのことじゃないんだぜぇ? ギャハハハハハハハ!」


「ハッハッハッハッ! 只者じゃないとは思ってたが、女神と知り合いたぁ、こいつあ一本取られたなぁ!」


 ……実のところ、リリーたちの頼みであればミルヴァは女神としての職務を放っぽり出してでも来てくれたであろう。

 しかしリリーたちと女神の関係を知らない者たちにとってはあまりにも荒唐無稽で、失笑を誘う狂言としてしか取られなかった。


 観客たちの視線は、「大きくなったらパパのお嫁さんになる!」と宣言している幼い女の子を見るようであった。生あたたかい視線がイヴを包む。


「笑うんじゃないわよっ!? ブッ飛ばされたいのっ!?」


 イヴは握り拳を固めてヒステリックに叫んだが、火に油を注いだだけだった。さらに爆笑を誘う。

 イヴが本気で殴りかかって行こうとしたので、リリーは慌てて止めに入る。


「だ、だめっ! イヴちゃんっ! 落ち着いて!」


「はっ、離しなさいよっ、リリーっ! アタシを馬鹿にしたらどうなるか、思い知らせてやるんだからっ!」


 揉み合うリリーとイヴの前に、観客をかき分けてドワーフのおじさんが現れた。


「そのへんにしとくんじゃな」


 『パンドラゴン』チームのリーダーだ。


「これを受け取るがいい」


 おじさんは布袋を差し出してきた。

 リリーは、誰彼かまわず挑みかかっていこうとするイヴを押しとどめて、かわりにおじさんに尋ねる。


「なんですかコレ?」


「ワシのチームの小麦粉だ。少しばかり分けてやろう」


「え……どうしてですか? 私たち、いまは敵どうしなのに……」


 いかつい顔をしている敵チームの人から急に親切にされてしまったので、混乱してしまうリリー。

 目をパチパチさせていると、おじさんはフッと笑った。


「ワシも確かにそう思っとったよ。でも『利きパン』のとき、ワシの女房の手が腫れ上がって苦しんでいたときに、そっちのお嬢ちゃんが真っ先に来てくれて、治癒魔法をかけてくれたんじゃ」


 おじさんの視線の先には、自責の念に押しつぶされてしまったようにうなだれるシロの姿があった。


「あ……! そういえば、あの時!?」


 リリーは思い出した。『利きパン』のときにリリーたちの隣で、腫れ上がった手を掲げて悶絶していたドワーフのおばさんのことを。

 そのときは精神的にかなり追い詰められていたので、ほとんど気にしてなかったのだが、まさか隣でそんなことがあっただなんて……。

 でもシロちゃんらしいや、とリリーはすぐに納得した。


 いつの間にかドワーフのおじさんの隣には、精悍な顔つきのお姉さんが立っていた。

 褐色の女豹みたいなその姿は……間違いない、『ブラックパンサー』のリーダーだ。


「ついでだ、ホラ、あたしたちのも分けてやるよ」


 お姉さんも麻袋に入った袋を出してくる。話の流れからするに、中身は小麦粉のようだ。


「……いいんですか?」


 受け取っていいものかどうか、リリーはまだ迷っていた。


「ああ、いいよ。その子が悲しんでいるところを見たくないからね」


 お姉さんは鼻先でフンと、シロのいる方を示した。


「えっ、ということは……お姉さんも何かシロちゃんにしてもらったんですか?」


「ああ。借り物競争のとき、絆創膏を探してたんだけど、その子がくれたんだよ。これは、そのお返しみたいなもんさ」


「なんですってぇ!?」


 イヴはツインテールを鞭みたいにしならせて振り向き、シロを睨みつける。

 いつの間にか顔をあげていたシロは、手を振り上げられた子供みたいにビクッと縮こまった。


「す、すみませんっ、借り物だったのですね……。大きな声で探しておられましたので、てっきりお怪我をされたものだと勘違いしておりました……」


 お姉さんは厳しい顔をほころばせる。


「やっぱりそうだったんだね。その子は絆創膏をくれたついでに、治癒魔法をかけてくれたよ」


 イヴは「敵になに協力してんのよっ!?」と怒鳴りつけようと思っていたのだが、シロの天然っぷりにその気も失せてしまった。


 不意に丸太みたいな手が伸びてくる。手には布袋が握られていた。


「ホラ、俺たちも分けてやるぜ」


 カニの爪みたいなアンバランスな両腕を持つその男の人は……『トップパン』のリーダーだった。


「『バケットクラビング』で金髪のお嬢ちゃんがマッスルマンを落としたとき、そっちの黒髪の子が駆け寄って介抱してくれたって聞いたもんでね」


「それが何だってのよ? アンタのチームに関係ないじゃない」


 口を尖らせるイヴに対して、短い答えが帰ってくる。


「アイツは親友なんだ」


 ここまで来てリリーはもしやと思っていたが、案の定『ブレイドブレッド』のリーダーも来た。

 全身の刺青を鎖でグルグル巻きにした、パン屋というよりは山賊のリーダーみたいな熟女だ。


「……アタイは特にはないよ。ただ、仲間が馬から落とされたとき、治してくれた借りを返してるだけさ。旗を取られたことは水祭りでチャラにしてやったけど、これで完全に貸し借りナシだ」


 そう言ってぶっきらぼうに布袋を突き出してくる。


 リリーたち向かって、布袋を出してくる四人の大人たち。リーダーだけあって貫禄十分で、リリーは学院の職員室にいるような奇妙な緊張感を感じていた。


 ううっ、どうしよう……まさか他のチームから小麦粉を分けてもらえるとは思わなかった。

 あ、でも、祝福された小麦粉のはずだから、これを使う分には町長さんも文句ないよね……と思ってチラリ町長のほうを見ると、目があった瞬間「ウム」と頷いてくれた。

 なら、迷うこともないとリリーは好意を受けることにする。


「じゃ、じゃあ、せっかくだからお言葉に甘えて……」


 とリリーが言い終わるより早くイヴが歩み出て、


「フン、お情けでくれるっていうんだったら絶対お断りだったけど、シロがそんだけしてやったんなら貰って同然よね」


 そう吐き捨てるなり小麦粉の入った袋をまとめてひったくった。


「礼は言わないわよ。それと、覚えておきなさい。勝負は絶対にアタシたちが勝つんだから、あとになって小麦粉をやったから無効だなんてイチャモンつけんじゃないわよ?」


 その失礼な態度にリリーは肝を冷やす。なぜここまで好戦的なのかと。

 しかしリーダーたちは怒ることはせず、不良少女の本性を見抜くような視線で頷き返した。


「ほっほ、もちろん、これでもう恨みっこナシじゃ」


「あーあ、初めてだよ、争ってるライバルとこんな風に話すなんて。すっかりペースを乱されたよ」


「フッ、でもこれで心おきなくマッスルマンのカタキを討てるってもんだ」


「もういいかい? アタイはいくよ。ここからは敵同士だから、もう口を聞くこともないだろう」


 それだけ言って背中を向ける大人たちに、泣き崩れるような声で感謝の言葉が届けられる。


「す、すみませんっ、すみませんっ……! 皆様、本当にありがとうございますっ……!」


 地べたに正座したシロが、膝の前で手をハの字に置いた姿勢で深々と平伏していた。

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