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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
195/315

25

 しっかりと肩を組み合って、真ん丸の陣を組んだリリーたち。

 歓声があるのでいつもより身を寄せ合って、少し大きめの声で話し始める。


「みんな、作るのはコッペパンでいいよね?」


「っていうか、全員で作れるのはそれしかないでしょ」


 隣りにいたイヴがこめかみをコツンとぶつけてきた。

 イヴは極度のくすぐったがりだが、この円陣の時だけはガマンして肩を組んでくれるので、リリーは頭突されても嬉しかったりする。


 異論は他になかったようなので、というか選択肢も他になかったので、メニューはすんなり決定した。


「よし、じゃあコッペパンだ。ここは昨日の夜を思い出してやってみよう。シロちゃんがハーシエルさん役ね。みんなにやり方を教えて」


「はい、かしこまり……ええっ? 私がですか?」


 シロの素直な返事は途中で驚きに変わる。くっつけ合わせた頭ごしでも緊張したのがわかるほどだった。


 しかし、料理となったらシロ以上にできる者はいない。それに格好からしてすでにかなりのやる気を放っていた。

 長い黒髪は白いリボンでしっかりとまとめられていて、すでに三角巾とエプロンまで身につけ準備万端。

 彼女は技術面でも精神面でも、いちばんの適任であろうとリリーは判断したのだ。


 リリーは緊張をほぐすように、やさしい声で作戦を伝える。


「お願いシロちゃん。以前、洞窟のなかでインプたちを眠らせるための料理を作ったとき、シロちゃんが指示してくれたでしょ? そんなカンジでやればいいから……ね?」


 少しの間、シロは逡巡していたようだが、リリーからのお願いとあれば……と勇気を振り絞った。


「か……かしこまりましたっ! う、うまくできるかわかりませんが……精一杯がんばらせていただきますっ!」


 重要な任務を拝命したように身体を硬直させ、うわずった声で返事をするシロ。そこにイヴがけしかけてくる。


「よぉし、シロ、ドンドン指示なさい。バンバン作って、審査員どもにガンガン食わせて、二度と他のパンを食べられない身体にしてやるのよ!」


 内容はなんだか物騒だったが、ようは美味しいパンを作れということだった。


「は、はひ。で、では、私が粉を調合して生地を作らせていただきますので、その間にカマドに火を起こして、水と牛乳を温めていただけませんでしょうか? そのあと、全員で生地をこねるという形にさせていただけると助かります」


 シロは性格上、人に命令や指示を出すことは恐れ多いと思っているので、あくまで丁寧に、お願いするような口調だった。

 それはリリーも承知していたので、すぐにフォローに回る。


「じゃあ火おこしはイヴちゃんとクロちゃんでお願い。私とミントちゃんは水と牛乳をもらってくるから。……みんな、いい? じゃあ早速やろう!」


 最後に顔を見合わせて頷きあった後、「おーっ!」とかけ声をあげてリリーたちは散開した。


 立ち向かうようにカマドに向かっていくイヴと、ゆっくりと後をついていくクロ。

 イヴがカマドに薪を突っ込み終わったちょうどのタイミングでクロが追いついて、魔法で薪に火をつける。

 すかさずイヴが筒を使って息を吹きかけ、燃え上がらせる。


 イヴはこの島の王女である。カマドで火を焚くなんて下賤の者がやることだと思っていたのだが、リリーと一緒に火焚きをしてその考えも変わり、もはや完全に慣れつつあった。


 リリーとミントは一緒に、調理台の外側にあるワゴンへと向かう。新鮮そうな肉や魚に目を奪われてしまい、思わず生唾を飲み込む。

 ふたりでちょっとだけマシュマロをつまみ食いしてから、ガラスのポットに入った牛乳を取り、広場にしつらえられた井戸から水を汲んだ。


 この井戸水は側を流れている川の水ではなく、近くにある山から引いてきた湧き水らしい。

 パン作りには最適の水ということで、この街ではパン作り専用の水として親しまれている。


 リリーとミントはポットと水桶を抱え、マシュマロも持ってカマドに向かう。

 リリーはカマドの前で棒立ちになっているクロの口元に、人差し指と親指でつまんだマシュマロを「お土産だよ」と当てた。

 クロはマネキンのように動かないまま、餌に食いつく魚みたいに口だけ開いてリリーの指ごとパクッと咥える。


 リリーの指先が口の中に入ってしまったけど、リリーもクロも、お互い特に気にしない。


 イヴの口元にもマシュマロを持っていくリリー。イヴはフグのように頬を膨らませ、火と格闘していた。

 カマドに吹き込む息を吸うついでのように大口を開け、リリーの手ごと飲み込む勢いでマシュマロを咥えた。


 リリーの指はイヴの口に咥えられて、第二関節あたりまでベトベトになってしまったけれど、リリーもイヴも、お互い特に気にしない。

 リリーはシロにもお土産をあげようと、調理台の方へと向かう。


 調味料がずらっと並んだ調理台の前では、シロが危険な薬物を扱う研究者みたいな真剣な表情で、紙袋に入っていた小麦粉をボウルに移していた。

 小麦粉だけは量が決まっているので無駄にしないようにとかなり慎重になっているようだ。


 調合を終えたシロはボウルを持って、こね台のほうに向かおうとしたのでリリーは通りすがりざまにマシュマロを差し出す。

 シロの両手は大きなボウルで塞がっていたので、イヴとクロにしたみたいに口元に当てた。


「はい、シロちゃん、おみやげ」


「あっ、ありがとうございます」


 シロは手を使わずに食べるのは行儀の悪いことだと思っているので少し躊躇したものの、すぐに小さな唇で遠慮がちに、ぱくりと咥えた。

 シロは指まで咥えてくれなかったので、リリーはなぜか物足りない気がしてしまう。


 シロの唇の間にはまだマシュマロがあったので、リリーはすかさず指で押し込んでみた。

 ちょうどマシュマロを口に入れようとしたのとタイミングがあって、シロはリリーの人差し指を付け根のあたりまで飲み込んでしまった。


 リリーは「やった、これで全員に指を食べてもらった」と妙な達成感に片頬笑む。


 シロはリリーの指を咥え込んだまま、アクビの途中の口に指を入れられた猫みたいにキョトンとなっていた。

 一瞬何が起こったのかわからない様子だったが、すぐに驚いたように目を見開いて慌てて飛び退く。唇から指が抜けると同時にチュポンと音がして、名残を惜しむように唇からキラキラとした糸を垂らす。

 シロの唇とリリーの指先は、いつまでもその糸で繋がっていた。


「あああっ!? すすすすす、すみませんっ!!」


 自分の口から出たものがなかなか切れなかったので、顔を真っ赤にして後ずさるシロ。


 シロは普通に歩いていても転倒するほど運動神経がなく、そのうえドジである。

 そんな彼女が動揺しながら後ろに下がったものだから、あっさりと足をもつれさせてしまい、後ろでんぐり返しをするみたいに勢いよくすっ転んでしまった。


「「あっ!?」」


 リリーとシロが同時に叫ぶ。シロが転んだ拍子にボウルを放り出してしまったのだ。


 ボウルは宙を泳いだあと地面に着地し、そのまま石畳を滑っていく。

 そして最悪なことに、居並ぶポニーシープ馬車の前で止まった。さっそく集まってくるポニーシープたち。


「あっ、ダメーっ!!」


「あ、ああっ……! お、おやめくださいっ!」


 この世の終わりのような声で叫ぶリリーとシロ。

 しかしもう遅かった。ポニーシープたちは給餌を受けたようにボウルの中に顔を突っ込んで、小麦粉を無遠慮にムシャムシャと食みはじめた。


 取り乱すあまりリリーは何度も転びそうになりながら、シロは転びすぎて四つん這いのまま、ポニーシープに駆け寄る。


 しかし……すでにボウルの中身はカラッポで、ポニーシープたちの長い舌で舐めつくされピカピカになった後だった。

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