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リリーたちの乗った馬車の側面は、勢いよく欄干をこすりはじめる。
欄干は分厚い石の手すりと支柱で出来ていて、ちょっとやそっとでは壊れなさそうな、かなり丈夫な作りのように見えた。
しかし、リリーも頼りにしていた頑丈そうなそれは……少し押されただけで、パタンと倒れてしまった。
「ええっ!?」
リリーは蜃気楼を見たかのように肝をつぶす。
それは欄干のように見えたのだが、よく出来たタダの書き割りだった。
受け止めるものを失ったリリーたちの馬車は橋の上からコースアウトし、そのまま川へと転落していく。
岸からひょっこり顔を出した敵チームたちは、してやったりといった様子で見下ろしていた。
「……悪く思うな嬢ちゃんたち! この最後のコーナーではこうやって川に突き落とすのが名物になってるんだ……! 血祭りならぬ水祭りにあげる、ってな! ハハッ!」
リリーたちは何も言い返すことができず、ただただ唖然とするばかり。
彼らに見送られながら着水し、間欠泉のように派手な水しぶきをあげた。
川の向こう側には特設のスタンド席があって、そこはどうやら毎年突き落とされる犠牲者を見るための特等席らしかった。
満員御礼の観客たちはリリーたちが落ちた瞬間、最高の盛り上がりを見せる。
「うおおおおー! 今年も派手にやってくれたぜー!」
「ああ、やっぱりこの水祭りを見なきゃこの『パン食い競争』は終わらねぇよなぁー!」
「お嬢ちゃんたち、しっかり泳げよーっ!」
「なんだったら服を脱いだっていいんだぜ、ギャハハハハハハ!」
観客のヤジを受けつつ、リリーたちは溺れながらも助け合って、命からがら川岸までたどり着いた。
ポニーシープは泳ぎが得意らしく、ひと足早く岸にあがって待っていた。
「こうなったら……こうなったら絶対逆転してやるわよっ!! 見てなさい、アンタたちっ!!」
濡れたツインテールから絶え間なく雫を垂らすイヴが観客席に向かって吠えた。
「ハハハハハハ! 無理だって! 水祭りをやって優勝したチームはいないんだ、最下位は当たり前、なんとか四位がいいところだ!」
観客席を包む爆笑に見送られ、濡れネズミのままのリリーたちは再び馬車を走らせる。
川からは復帰用の坂道がちゃんと用意されていて、特に問題なくコースに戻ることができた。
他のチームはとっくの昔に走り去ってしまった、祭りのあとのような道。
その上を水滴を撒き散らす勢いでリリーたちの馬車は駆け抜け、中央広場にあるゴールにたどり着いた。
「おおっ、最後の『パン食べたい』チームが到着したぜ! 今年の水祭り担当のお嬢ちゃんたちに、盛大な拍手を!」
先着順に並べられていたポニーシープ馬車のいちばん端っこに横づけしたリリー一行は、嬉しくない司会者のコメントと、観客の拍手と歓声に迎えられながらステージ上へとあがった。
「さぁて、全チームが揃ったところでルールの説明だ! この最終競技ではメンバー全員が一丸となってパンを作ってもらう! 一人前百グラム以上のパンを二十人前、制限時間である日没までに完成させてくれ! 早く着いたチームほど最新の調理設備が使えるぜ! パンの材料や乗せる具などは使い放題だが、小麦粉だけは各チームごとに配られた量しか使えないから、うまくやりくりしてくれ!」
ルサンドマンがバッと手で示したのは、ステージ前に設けられたパンの調理設備だった。最新から古びたものまで段階的に五つあって、そのまわりを囲むように肉や魚、菓子や果物などが盛られたワゴンがある。
さらにその外側には観客席と審査員席があるので、大勢が見ている中でパンを調理するようだ。
「できあがったパンは二十人の審査員によって試食される! 町長をはじめとしたパンの評論家五人と、観客からランダムに選ばれた十五人だ! 投票によって順位をつけ、その順位に応じたポイントが与えられる! 最後は大盤振る舞いだ! 1位は30ポイント、2位は15ポイント、3位は10ポイント、4位は5ポイント、5位はポイントなしだ!」
ルサンドマンが言い終わると同時に、ステージ上にパネルがせり上がってくる。
「そして気になる各チームのポイントだが……こんなカンジになってるぜ!」
パネルには各チェックポイントで獲得したポイントの合計が貼り出されていた。
トップパン … 30ポイント
ブレイドブレッド … 30ポイント
パンドラゴン … 25ポイント
ブラックパンサー … 25ポイント
パン食べたい … 15ポイント
「トップパンとブレイドブレッドチームがこれまでの競技すべてパーフェクトで30ポイント!そのあとを5ポイント差でパンドラゴンとブラックパンサーチームが追う形だ! さらにそこから10ポイント差でパン食べたいチームがいるぞ! 順位はずっと最下位だが、話題性はダントツトップのチームだ!」
リリーはいたたまれない気持ちになって肩をすくめる。
話題賞とかあるのかなぁ、あるならそっちを全力で狙うのに……と現実逃避しそうになったが、この競技で1位になったらまだチャンスはあるかも、と気付いて再び気合いを入れなおす。
「この最終競技でトップを取れば30ポイントだから、まだまだ逆転のチャンスは残されているぞ! どのチームにも優勝のチャンスがあるから、最後まで気を抜くなよぉ!? ……では、決戦の準備はいいかっ!?」
司会者の言葉に今まで以上に厳しい顔で耳を傾けていた選手たちは、鍛え上げられた身体を一様に前に傾ける。
皆が長距離走のスタート地点にいるかのような構えをとったので、リリーたちも慌ててかけっこする時のポーズをとった。
「野郎ども、かかれーっ!」
ルサンドマンの合図とともに、一斉にステージを飛び出していく参加者たち。
自分の着順の札がある調理設備に取り付き、さっそくパンを作る準備を始めている。
説明にあったとおり上位であるほどいい設備らしく、魔法陣のついたこね台や、魔法で加熱するタイプの金属窯があった。いわゆる魔法設備というやつだ。
少し遅れてリリーたちも「最下位」の札のある調理台へと行く。
リリーたちの設備は古びた大理石のこね台や、煤けた薪の石窯だった。
かなり古臭いパンづくりの道具だったが、リリーたちにとっては逆に好都合だった。なぜなら昨日の夜、これと同じ設備でコッペパンを作ったからだ。
「よぉーし、みんな、集まって!」
リリーは作戦を立てるため、仲間を呼び集めて円陣を組んだ。




