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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
191/315

21

「よ、よかったぁ、気が付かれましたか?」


 リリーが再び意識を取り戻すと、目の前にはいまにも落涙しそうなシロのどアップがあった。

 後頭部に高級クッションのような感触があるので、膝枕の上で治癒魔法を受けたあと介抱されていたのだろう。

 潤んで鏡のようになった瞳に、呆ける自分の顔が映りこんでいるのを見て、リリーはハッと正気を取り戻す。


「あっ! パン食い競争は!? いま何位!?」


 がばっと起き上がってあたりを見回すと、そこはステージの上で、司会者や観客までもがリリーを見守っていた。

 他のチームの選手は競技を終えて次のチェックポイントに向かったようで、もういなかった。


「最下位よ! でもまだ間に合うわ! 気がついたなら行くわよっ!!」


 イヴがさっそくリリーを引き起こそうとしたのでシロはうろたえつつも止めに入る。


「い、イヴさんっ、毒が抜けたとはいえ、リリーさんは気が付かれたばかりなんですよ? あまり無茶は……」


 イヴももちろん無理強いするつもりはなかった。しかし起き上がるなり順位を気にしたということは、まだやる気があると判断したのだ。


「そんなのわかってるわよ! まさかリリー、アンタここまで来てリタイヤするなんて言い出すつもりじゃないでしょうね!?」


「……う、うんっ! まだやるっ!!」


 イヴに発破をかけられ、リリーは歯を食いしばりながら立ち上がる。シロの治癒魔法が覿面に効いているのか、毒の辛さは全く残っていない。


「おおっ!? 『パン食べたい』チームのリーダー、続行宣言だーっ!!」


 観客たちが「おおーっ!!」と沸き上がった。


 リリーは参加前はそれほど乗り気ではなかったのだが、参加後はたて続けに酷い目にあっているというのに中断する気にはなれなかった。

 イヴとクロがこれほど活躍してくれた以上、完走だけはしようと心に決めていた。


「よぉし、みんな、いこうっ!!」


 リリーが勇ましく宣言すると、観客たちはさらに沸いた。


「毒蛇にかまれてもまだ続けるたぁ、やるじゃねぇか!」


「リーダーのくせしてドジで情けねぇと思っていたが……根性はあるようだな!」


「俺はアンタを応援するぜ! がんばれよーっ!!」


 リリーは初めて自分に向けられた声援に気をよくして、さらに言葉を続けた。


「……大蛇の猛毒を受けても、そう、たとえドラゴンの炎を浴びたとしても……私は何度でも立ち上がるっ……! イヴちゃんとクロちゃんのがんばりを、ここで無駄にするわけにはいかないっ……たとえこの命が尽きようとも、仲間のためなら……ムギュッ!?」


 芝居がかった動きでステージの前に出ようとしたが、首根っこをイヴに掴まれてしまう。


「はいはい、わかったからさっさといくわよっ!」


 そのままステージを引きずり降ろされ、馬車の御者席に放り込まれるリリーを、観客たちはデジャヴのような感覚で眺めていた。


 そそくさとポニーシープに乗り込んだリリーたち一行は、大勢の観客に見送られつつ次のチェックポイントへと走り出す。

 馬に乗った司会のお兄さんが後ろから追い上げてきて、リリーたちに並走した。


「やれやれ、俺は次のチェックポイントで進行をしなきゃいけないのに、お嬢ちゃんたちが気になって残っちまったぜ。……じゃ、お先に失礼するぜ!」


 お兄さんは指でピッと挨拶すると、あっという間に走り去っていった。



 街の北、運河沿いにある第三チェックポイントは大きな市場のような場所だった。

 周囲は屋台のような建物があり、その背後にはレンガの高い建物に囲まれている。

 そのどれもが店であったが、売っているものは全てパンという、この街ならではの市場だった。


「あっ! いまメイン進行と最下位の『パン食べたい』チームが続けて第三チェックポイントに到着しました! 実況交代します!」


 アシスタントのお姉さんから投げられた拡声棒をキャッチしたルサンドマンは、馬に乗ったままステージに乗り上げる。

 続いて運河への欄干をこすって落ちそうになりながらもなんとか立て直したリリーたちが、勢い余って馬車ごとステージに飛び込んだ。


「じゃあお嬢ちゃんたち、ここでの競技を説明するぜ! ここは『パン食い借り物競争』だ! あそこにぶら下がっているパンを手を使わずに取って、食べた中に入っている紙に書かれているものをどこかから借りて、このステージまで持ってくればポイントだ!」


 市場のど真ん中にある、ロープで仕切られた空き地を指さす司会者。

 そこには到着順の札が掲げられた物干し台があり、紐で吊るされたパンがいくつもぶら下がっていた。


「ちなみに下位になればなるほど、借り物は難しくなっていくぜ! さぁリーダー、一緒に参加する仲間を指定してくれ!」


 馬の上から拡声棒を差し出され、リリーは御者席に乗ったまま少しだけ考える。


「うぅーん、ここはミントちゃんかなぁ……」


 いつもなら悩むリリーだったが、すぐに答えが出た。


 借り物競争はスピードが要求される競技だ。そして誰かから物を借りるというのであればコミュニケーション能力も要求される。

 そのふたつを併せ持つのはメンバー内ではミントしかいない。

 あとは運の要素もあるが、ミントはそれすらも持っているだろうと判断した。


「はぁーいっ!」


 元気いっぱいに荷台から飛び出すミント。ようやく出番を与えられて嬉しそうだ。


「よぉし、じゃあさっそくスタートしてくれ! 他のチームはすでに借り物を求めて市場を奔走している! 一発逆転を狙うチャンスだぜ!」


 リリーとミントは同時にステージを駆け下り、『最下位』の物干し台を目指した。

 先に着いたミントはジャンプ一番、高いところに吊り下げられたパンを、釣り上げられた魚のように空中でパクッとくわえて着地した。

 粉砂糖のまぶされたパンを頬張りながら「おいしい~!」とご機嫌だ。


 よし、私も……! と追いついたリリーもジャンプしてみたが、パンまで全然届かなかった。

 地面からパンまでの距離は明らかに大人用だ。超人的な跳躍力のミントには問題なかったが、いたって普通の身体能力のリリーでは鼻先すら触れることもかなわない。


 柳の枝に飛びつこうとするカエルみたいに何度もぴょんぴょん跳ねるリリーを見て、ステージ上のルサンドマンは指をパチンと鳴らした。


「おい! お嬢ちゃんにドワーフ用の踏み台をやってくれ!」


 司会者の指示で、リリーの元に踏み台が運び込まれた。

 この競技では身長が低い場合、踏み台の使用が許されるらしい。


 それに登ってジャンプしてようやく、リリーはパンにありつけた。


 あ、美味しいクリームパンだ。と思いながらも急いで咀嚼し、中に入っていた紙をぺっと吐き出す。

 黄色いクリームで汚れた二つ折りの紙を開くとそこには『三億ゴールド』と書かれていた。


「こ、こんなの無理だよっ!?」


 心の中で叫んだ文句を、つい声に出してしまうリリー。


「おっと! パンはいくつ食べてもかまわないぜ! 借りやすい物が出るまで食べるのも戦略のひとつだ!」


 もはや立場上の中立は忘れてしまったかのような司会者が、すかさずアドバイスを飛ばしてくる。


 ならば他のを……とリリーは別のパンを食べようとしたが、ジャンプの直前でシャツの裾をくいくいと引っ張られてしまった。

 何事かと思って顔を向けるとそこにはミントが立っていた。


「リリーちゃん、これなあに?」


 ミントはパンの中に入っていた紙を開いて見せてきた。


 そっか、ミントちゃんは字が読めなかったんだ……とリリーは今更ながらに気づく。

 もしかしたらこの種目には不向きだったかも……と後悔しても遅いので、紙を受け取って読んであげた。


「えーっと……『尖塔旗を四本』だね」


「せんとーき?」


「うん。建物の一番高い所にある旗だよ。ほら、あれを見て、あれがそうだよ」


 ミントの後ろに回り込んでしゃがみこみ、目線を合わせたリリーは市場の奥にある高い建物を指で示した。

 指先にある建物のてっぺん、屋根の上には小さな旗が立っていて、風に揺れていた。


「その建物の持ち主とかを表す旗だよ。領地の主張とかにも使われる大事な旗だから、頼んでも絶対貸してくれないと思うよ」


 説明を終えたリリーは立ち上がる。


「だから、別のやつを……ほら、他のパンも美味しそうだよ」


 と、少し目を離しただけだったのに、視線を再び戻したときにはミントの姿は消えてなくなっていた。


「あれっ? ミントちゃん?」


 あたりを見回してみたがどこにもいない。


 ミントちゃんにはこの説明は難しかったかな……それとも別の物を借りに行ったのかな? とリリーはさして気も止めずに次のパンに食らいついた。


 『小麦粉500キログラム』『落ちたての隕石』『ドラゴンの生首』『英知の王冠』『今年1200歳ちょうどのおばあさん』


 それからいくつかパンを食べてみたが、中から出てきた借り物はふざけてるとしか思えないものばかりであった。


「なにこれ、これなら即身仏になれとか言われるほうがまだ簡単じゃない!」


 横から覗き込んできたクルミも、さすがに不満を漏らすほどであった。


 そうこうしている間に『ブレッドブレイド』チームが借り物である『メガネ』と『ハンカチ』を持って一位通過で競技を終えていた。


 こっちもあのくらい簡単なのが出てくれればいいのに……! とリリーは恨めしい視線を送る。


 このパンは美味しいからいいけど、でも、そろそろお腹いっぱいだ……とおくびを漏らしつつ次に開いた紙には『伝説の聖剣』と書かれていた。


「あっ! これならイケるっ!!」


 リリーは喜び勇んでステージ上にクルミを持って行ったのだが、「おいおい、腹話術の道具はダメだぜ」と却下されてしまった。

 クルミと共に猛然と抗議したのだが、リリーが腹話術を使ってひとりで喋っているものと思われてしまい、結局オーケーはもらえなかった。


 クルミはぷりぷりと怒りながら、リリーはがっくりと肩を落として最下位の物干し台のところに戻ると、市場は騒然となっていた。


「おい! 子供がうちの本店に登って尖塔旗を取りやがったぞ!?」


「なんてイタズラ小娘だ! うちの店に対する挑戦なのか!?」


「おいおいおい!? 屋根を伝って次は俺たちの店に向かってやがる!!」


「とんでもないことしやがる! 旗を持って行かれたら店の面目丸つぶれだ!!」


「借り物は後回しだ! とっ捕まえないと大変なことになるぞ!!」


 他チームの参加者は借り物競争をほっぽり出し、みんな血相をかえて所属するパン屋の建物に向かっていく。


 リリーはもしやと思いつつ、屋根を見上げると……そこには軽業のような軽快さで屋根から屋根へと飛び移るミントの姿があった。

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