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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
リリーとゆかいな仲間たち
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 ダンスを終えた私たちは注目を浴びながらホールをあとにして、部屋に戻った。部屋にはお茶の準備がしてあって、改めて至れり尽くせりだなぁと感じた。

 レディさんにドレスを返却して、みんなでお茶を飲んでいると……少しは日常寄りの時間が戻ってきた気がする。

 パーティと聞いて最初は乗り気じゃなかったけど、意外と、というか、とても楽しかったので行ってよかったと思う。


 リビングの椅子に座って放心していると、「そろそろお風呂ね」とイヴちゃんが浴室に向かったので、ついて行ってみる。リビングも広かったけど、想像どおりバスタブも大きかった。ここはどうやら、家族用の客室らしい。

 バスタブの蛇口をひねるとお湯が出てきた。おおっ、と思っていると「魔法設備ってやつね」とイヴちゃんが言った。


 魔法設備……商館長さんも言っていた。人がいないと使えないはずの魔法を使えるようにする設備らしい。

 寮のお風呂とかは水を張ったあと、寮長の先生が呪文で沸かしているんだけど、このお風呂は蛇口をひねるだけでお湯が出てくる。どういう原理かはさっぱりだけど、すっごく便利だ。


 天井近くには小さな穴がいくつも開いた管みたいなのが並んでいた。見上げていると、

「それは、シャワーね。側の蛇口をひねってごらんなさい」

 言われたとおりにすると、その管から雨みたいになったお湯が降ってきて、

「ひゃあっ」

 思わず飛び退いてしまう。


「そうやって、お湯を浴びる装置よ」

 イヴちゃんは片笑みながら言った。


「それなら、そうと先に言ってよ……」

 ぼやいてみるが、でもまあこれからお風呂だしいいか、と思いながら観察を続ける。シャワーの近くの壁には姿見みたいな大きな鏡と、金属の棚が備えつけられていて、中にはビンがいっぱい置かれていた。


「……これはなに?」

 前髪から雫をたらしながら、そのひとつを手にとってみる。


「ボディーソープよ。あとはシャンプーにリンス、コンディショナー、トリートメントと……あとは泡風呂用の入浴剤ね」

 いつも石鹸のみの私にとっては暗号みたいなものばかりだった。でも一番最後のやつは知ってる。泡風呂……お金持ちがよくやってるやつだ。


「さぁーて、じゃあ入るわよ」

 浴槽にお湯がたまったのを確認すると、イヴちゃんは脱衣所へと戻っていった。


「…………」

 ここにきてなにかと好奇心旺盛になっている私は、泡風呂用の入浴剤を手にとり、ドボドボとお湯に注いだ。手でかきまわすと、あっという間のモコモコの泡が浴槽一杯、山盛りとなった。


「あっ、アンタ、何やってんの!」

「わぁーっ!」

「あわ……」


 背後でイヴちゃん、ミントちゃん、クロちゃんの声がした。振り向くとタオルで前を隠した三人が、呆れ、歓喜、無表情と、泡風呂に対してそれぞれの反応を見せていた。


「まったく、しょうがないわねぇ……ってアンタ、ひとビン全部入れちゃったの?」

「うん、いけなかった?」

「入れるのは、ちょっとでいいのに……泡で窒息死しないかしら」

 イヴちゃんは壁にかけてあったブラシをひとつ取って、泡をかきわけつつ湯船に入る。


「泡風呂はね、中で身体を洗うのよ、ほら、こうやって」

 少しして、泡の中から声が聞こえてきた。中で何か実演しているようだが、泡で全然見えない。ミントちゃん、クロちゃんはブラシを手に目を輝かせつつ泡の中に入っていった。

 私も早く参戦しなきゃと思い、脱衣所へ駆け込むと「キャッ!」という悲鳴をあげる半脱ぎ状態のシロちゃんがいた。


「あ、ごめんごめん」

 あわてて背中を向けて、見てませんよアピールをしてから服を脱ぎ始める。すると背後から、


「……私こそ、すみません……女性同士なのに……」

 か細い声が聞こえてきた。


「気にしない気にしない、私たちの間だけでもいいから、少しづつ慣れていけばいいよ」

 脱いだ服を空いているロッカーみたいなのに放り込みつつ言った。


「は……はいっ、がんばります……」

 「がんばります」はシロちゃんが自分を鼓舞するときに使う、口癖のひとつだ。彼女にとって人前で肌を晒すのは、それほど勇気がいることなのだろう。


 脱ぎ終わると横に入浴着をきたシロちゃんが立っていた。私を待っていたのか、恥ずかしそうに内股でもじもじしている。


「よぉし、行こっ! 泡風呂泡風呂!」

 シロちゃんの背中を押してお風呂場に突入すると、泡はすでに天井まで届いていた。その異様な光景に、シロちゃんが息を呑んだ。


「こ……これはいったい……?」

 雲のオバケみたいに立ち上る泡を前に、萎縮するシロちゃん。中からはバシャバシャという水音と、ゴシゴシという擦る音、「待ちなさい! このっ!」「きゃはは、くすぐったい!」などの賑やかな声が聞こえる。


「あ、泡風呂だよ、泡風呂。ちょっとすごいことになっちゃってるけど……はい、ブラシ」

 ブラシを手渡す。私もブラシを持って、シロちゃんの手を引きながらゆっくりと泡の中に入っていった。なんだか、魔の森に挑む姉妹の気分だった。


 中はよく見えなかったが、泡まみれになった人型が活発に動いているのがわかった。とりあえず、その人型に向けてブラシをひと擦りすると、

「あひゃあっ! やったわねっ!」

 白い人型が反応する。声でイヴちゃんだとわかった。泡人間と化した彼女は私に気づくと、


「新しいのが来たわ、みんな、行くわよ!」

 まるでテリトリーに踏み込んだ獲物みたいな扱いだ。仲間に号令をかけると、その一言で三体の泡人間に囲まれる。直後、三つのブラシが身体に迫ってきた。


「うひゃあっ!」

 わき腹、背中、胸を同時にブラシで擦られる。わ、わかった。これは「洗いっこ」だ。本人の意思は無視されているが、これは間違いなく「洗いっこ」だ。身体がみるみるうちに泡に覆われていく。彼女らのように泡人間になるのは時間の問題だ。その前に……!


「ええいっ!」

 窮地を脱出すべく、横にブラシを一閃させて、払いのけつつ泡人間たちの胸のあたりを擦った。身を引いたのでここぞとばかりに一体に狙いを絞って追撃する。一刀両断するかのように胸から下腹部にかけてブラシをすべらせると、

「きゃはははは!」

 デコボコの控えめな身体の感触のあと、泡を吹き飛ばすような爆笑が発せられた。相手はミントちゃんだ。彼女はすぐに体制を立て直すと、すれ違いざまに私のわき腹をこすって泡の中に消えていった。

 追いかけようと見回してみても一寸先は泡。泡にまぎれたミントちゃんを探すのは不可能だった。私の背後に隠れるようにしていたシロちゃんもいつのまにかいなくなっていた。弱々しい悲鳴がきこえるので、どこかでブラシの洗礼を受けているのであろう。


 この空間には私を除いて四体の泡人間が蠢いているが、見た目は同じでも動きに個性があるので声を聞かなくても大体誰だか想像がついた。ちょこまかした動きでヒット&アウェイをしているのがミントちゃん。捕まえてじっくりゴシゴシするのがイヴちゃん。後ろからこっそり忍びよってピンポイントを擦るのがクロちゃん。そして、いいのかな、大丈夫かな、みたいな感じで迷ったあと、ブラシを遠慮がちにくっつけるのがシロちゃん。


 そのあと三つのブラシから身体中をさんざん擦られた彼女は

「いや……あっ! そ、それ以上はっ……! ああっ!」

 ブラシから逃れるように身悶えたあと、くたっとひざをついてしまった。


 ちょっと心配になったのでそばに行って安否を確認すると、泡のせいで表情はわからなかったが、

「は、はいぃ……お気遣い、ありがとう……ございますぅ」

 泣き笑いみたいな声が聞こえてきた。


「無理しなくてもいいんだよ? あがったほうがいいんじゃない?」

 ふぅふぅ言いながら息を整える彼女を見て、このまま続けてたら昇天してしまうんじゃないかと思い、離脱を提案してみる。


「大丈夫です……皆さんと同じことができて、私、とっても嬉しいんです」

 厳しい聖堂で世間を知らずに育ってきた彼女にとっては、みんなと一緒にふざけてはしゃげるのが嬉しいのだろうか……そのあまりに健気な言葉に涙腺が緩みそうになったが、泡が眼鏡をかけてるみたいな状態の顔で言われたので感動は半減した。


「よぉし、じゃあ、反撃しよっか」

 シロちゃんを立たせてからブラシのあるほうの手を持って、構えを取らせる。まるで初めて刃物をもった子供みたいに及び腰だったので、

「もう少し、背筋を伸ばして、顔はまっすぐ前を向いて……そう、そんなカンジで」

 腰を押して、アゴに手を添えて、少しはサマになるよう姿勢を正した。


 それから手とり腰とりリードしつつ、

「足の裏ですべるように前に進むの……ゆっくり、ゆっくりね」

 耳元でささやきながら、すり足で泡人間の背後に近づくよう促す。


 なるべく音を消しながら、今まさにブラシでチャンバラをしている泡人間の背後に接近する。シロちゃんの手を導き、大股に構えた無防備な股間にそっとブラシを差し込んだ。そんなところを擦っていいのかとためらうシロちゃんの手を強引に動かして、泡に覆われた局所を大きくひと擦りする。


 ズリッという擦過音のあと、

「あひぃん!」

 泡人間は馬のいななきみたいな声をあげながら、弾けるように前に跳ねた。この反応は、イヴちゃんだ。


 もうどっちが正面でどっちが背中だか判別できないほど泡人間なイヴちゃんは身体を翻して、多分こっち側を向いた。

「や……やったわねぇ!」

 そして、泡をまき散らしながら突進してきた。


 シロちゃんは股間なんて擦られたら恥ずかしさでショック死するんじゃないかと思ったので、彼女は泡の中に隠して、おとりになることにした。まぁ、擦ったのはどちらかというと私だし。


 追撃から逃れるも、狭い浴室ではすぐに壁に行き当たってしまった。泡人間イヴちゃんは問答無用で私にタックルすると、腰を小脇に抱えるようにして私のお尻を持ち上げた。


「えっ、ちょ、なにっ?」

 持ち上げられて身体の自由がきかなくなり、取り乱してしまう。


「たっぷり洗ってあげるわよ……」

 私を捕らえた泡人間からの返事はそれだけで、言葉が終わると同時に三つのブラシが私のお尻を這い回った。おそらくシロちゃん以外の全員が私のお尻磨きに参加している。


「うひゃあああっ!」

 ママ以外の人間からお尻を洗ってもらうなんて生まれて初めての体験で、しかも三人がかり。異様な感触のあまり風呂場中に響きわたる悲鳴をあげてしまった。


 両手両足をバタつかせて抵抗していると、手に蛇口が当たった。藁にもすがる思いでその蛇口を全力でひねってみると、それはシャワーの蛇口だった。管を伝う水音がしたかと思うと頭上からどしゃ降りのお湯がふってくる。

 あたりはたちまち洗い流されて、濃霧のようだった泡がその一帯だけ晴れた……ちょうど側にあった鏡に目をやると、そこには、お尻を突き出すように抱えあげられた私と、聞き分けのない子のお尻を叩く教育ママみたいに私を抱えあげるイヴちゃん、そして私のお尻をこぞって凝視するミントちゃんとクロちゃんの姿が、一糸まとわぬ姿で映っていた。


 鏡ごしにイヴちゃんと目が合ってしまう。しばらくの沈黙のあと、

「……もう、やめにしよっか」

「……うん、そうね」

「あの……ごめんねイヴちゃん」

「ううん……こっちこそ」

 泡人間のときはなんとも思わなかったが、包み隠すものがなくなると妙に気恥ずかしくなってしまい、なんだか初対面みたいなよそよそしい会話になってしまった。


 洗いっこは中止となり、あとにはおびただしい泡が支配する浴室が残された。寛大なレディさんもさすがにこれは怒るんじゃないかと思い、みんなで手分けして泡を洗い流した。そのあと改めて浴槽にお湯を張り直し、今度は普通にお風呂に入った。

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