18
ステージ上にずらりと居並ぶは傭兵みたいに屈強な男女たち。
パン食い競争のはずなのに、まるで殺し合いでもするような威圧的な眼光を飛ばし合っている。
その中でのリリーたちは戦場に迷い込んだ子供たちのように場違いな存在だった。
不幸中の幸いだったのはすでにカエルルックではなかったことだ。あの格好だったらまさに色物のような扱いを受けていただろう。
各チームリーダーのインタビューを終えた司会者、ルサンドマンがリリーの前にやって来ると、歓声と拍手がひときわ大きくなった。
「さぁ、今回はこんなかわい子ちゃんたちも参戦してくれたぜ! なぜお嬢ちゃんたちがこのレースに出る気になったんだい?」
大皿と小皿がないけん玉のような、丸い玉がついた棒……拡声棒をリリーに差し出してくるルサンドマン。
リリーが「え、あ、あの……」と戸惑うと、会場中にリリーの声が拡声されて響き渡った。
「あっ、ほ、ホントだ! ホントにこれに向かってしゃべると声が大きくなるんですね!」
とびっくりしていると、観客席がどっと沸いた。
隣にいたイヴが見かねた様子で手を伸ばして、ルサンドマンの手から拡声棒をひったくる。
「アタシたちはダイヤモンドパンをもらいに来た、ただそれだけよ!」
そして堂々たる宣言をする。
「おお~っと! すごいことになったぞぉーっ!! このそうそうたるメンバーを相手に優勝宣言とは、身の程知らずなのか、それとも相当の自信があるのか、どっちなんだぁーっ!?!?」
司会者が煽ると、観客たちは「ヒョーッ!」とからかうような声をあげた。しかしイヴは不敵に鼻を鳴らす。
「フン、アタシたちを誰だと思ってんの!? アタシたちはね、つい二日ほど前にキッカラの村で幻の黄金のカエルを捕まえんだからね!!」
観客の声が「おおーっ!?」とどよめきに変わる。
アシスタントから新たに拡声棒を受け取ったルサンドマンは、さらに煽りたてた。
「キッカラの村で五十年ぶりに黄金に輝くカエルが見つかったという話はこの街にも届いているが、それを捕まえたのがまさかこんな小さな子供たちだったとはーーーっ!! この少女たちが伝説の狩人なのか、それともただのミーハーなのか、どちらにしてもこの肝の据わりよう、只者ではなさそうだぞーっ!!」
イヴは観客にビッと指をつきつけてポーズを決める。
「黄金には飽きたから、次はダイヤモンドよ! アタシたちが刻む伝説の一ページを、その目にしっかり焼き付けて、語り継ぎなさいっ!!」
「グォォォォ!」と唸るような歓声がステージを包みこむ。
観客は手を振り上げて大いに盛り上がっていた。まるで統治者のように自信にあふれた演説に、すっかりハートを掴まれたようだ。
「今年のパン食い競争は色々とすごいことになっているぞぉーっ!! ここで自信満々のメンバーを抱えるリーダーにも聞いてみよう!! なにか一言!!」
ここでルサンドマンは再びリリーに拡声棒を向ける。しかし、イヴの大見得の後なんて無茶振りでしかなかった。
「え、あ、あの……」
もうこれで終わりかと思っていたのに、すっかり不意を突かれて言葉に詰まるリリー。
額から垂れ落ちた嫌な汗が、腰の聖剣にピチョンと当たると……大あくびが聞こえた。
「ふぁぁ~、よく寝たぁ、あれっ、ここどこ?」
いままでずっと寝ていたクルミが目覚めたのだ。
一瞬静まり返る会場。リリーはギョッとなったが、咄嗟にクルミを人形のように抱え上げた。
「わぁ、人がいっぱいいる~!? まるで奴隷船みたい!」
リリーはわざと真顔になって、閉じた唇をピクピク震わせた。
「おおっと!? いきなりの腹話術ぅ!? このチーム、やっぱり只者ではないぞぉっ!?」
「腹話術じゃないよ! ボクは聖剣だよ!」
クルミが両手を振り上げて怒る姿を見て、観客はさらに沸いた。
リリーの機転により、司会者と観客はクルミの言動はすべて腹話術だと勘違いした。
ルサンドマンはリリーにインタビューしているつもりでクルミに拡声棒を向ける。
これまでの事情を知らないクルミは的外れなことも言ったが、やはり最終的にはイヴと同じ、ダイヤモンドパンの獲得を宣言した。
あまりに観客の反応が良かったので、ルサンドマンは時間を忘れて色々と聞いてきた。結局それはアシスタントが止めに入るまで続いた。
「しまった、つい夢中になっちまったぜ!! ありがとうよお嬢ちゃんたち、開会式だけでこんなに盛り上がったのは初めてだ!! この調子で競争のほうもサイッコーに盛り上げてくれよな! じゃあそろそろルール説明にいくぜ!!」
司会者の声にあわせてステージの背面にパネルがせり上がってきて、街の見取り図が現れた。
横長の長方形の形をした街、その真ん中にある中央広場がスタートとゴール地点になっていて、街を囲むような形で走るコースを示す赤線と、ところどころに「チェックポイント」と書かれた赤点が打たれている。
コースはまず中央広場からスタート、東に進んで外周に出て、街を時計まわりに一周する。
第一チェックポイントは街の南、第二チェックポイントは街の西、第三チェックポイントは街の北となっていて、それらのポイントを回った後、街の北東から東を経由して再び中央広場に戻ってきてゴールとなる。
「各チームにはポニーシープによる馬車が一台与えられる。これを使って街の中にあるチェックポイントを目指すんだ! そしてチェックポイントではパンにまつわる競技に挑戦してもらう! 競技にはふたりひと組で挑んでもらい、必ずリーダーは参加すること! 残りのひとりはチームメンバーの中からリーダーが指名する!」
長い説明でもルサンドマンは流れるような説明を披露し、さらにまくしたてた。
「競技はひとりが成功すれば五ポイント、ふたりとも成功すれば十ポイントだ! 競技は全部で四種目あって、最後の競技だけはチーム全員参加! そのぶんポイントも高いぞ! 各競技のルールはその場で説明するが、早く着いたほうが競技はカンタンになり、逆に遅く着くほど難しくなるぞ! 最終的に最もポイントが高かったチームが優勝だ!」
説明を聞いていたリリーは、想像とだいぶ違っていたルールに眉をひそめる。
競争とは言うものの、着順で勝負が決まるのではなく、チェックポイントで獲得した得点で決まるようだ。
「優勝の鍵となるのはいかに早くチェックポイントにたどり着くかだ! なんと今回は武器の使用もオーケーとなった! だからチェックポイントに着くまでに相手を攻撃してもかまわない! それに祭りだから、少しくらい街を破壊したってかまわない、大目に見てくれるぜ!」
相手の攻撃もOKと聞き、観客は「うおおおー!」とヒートアップする。
「今回のパン食い競走は危険度マックスだが、優勝賞品の豪華さもマックスだぞぉーっ!! ……なんと本物のダイヤを使ったダイヤモンドパンだぁーっ!!」
ルサンドマンの横にガラスケースが運ばれてきた。ものものしい雰囲気の衛兵が横についている。
装飾された金属枠のケースの中には、ブロック状のダイヤモンドの塊が乗っていた。
形はただの長方形で面白みはなかったが、これでもかというほどに光り輝いているため形状の素っ気なさを帳消しにしている。
「およそ二千万ゴールドもの価値がある、過去最大級の豪華賞品だっ!!」
「うおおおおーーーっ!!」と司会者の声をかき消すほどに盛り上がる観客たち。
収集がつかないほどの大騒ぎを、ルサンドマンはさらなる大声で上書きした。
「さあ野郎どもっ!!! 戦いの準備はいいかぁーっ!?!?!?」
拡声棒を参加者に向けると、
「おおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
街が揺れるほどの大歓声が返ってきた。
「と、お嬢ちゃんたち! 準備はいいかっ!?」
締めを期待されたリリーたちに拡声棒が向けられ、
「おおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
とイヴの闘気術によって街はさらに激しく揺れた。
ステージを駆け下りた選手たちは、すぐ横のスタート地点でスタンパイ完了しているポニーシープの馬車に次々と乗り込む。
どのチームもリーダーが御者になっているようで、チームメンバーは荷台のほうに乗っている。
「パン食べたい」チームのメンバーも当然のように荷台のほうに乗り込んでいた。
満席となった荷車の外で、ポツンと立ち尽くすリリー。
「……あの、私が馬車を動かすの?」
「そりゃそうよ。アンタ、馬乗れるんでしょ?」
当然のような態度のイヴ。でもそんな当たり前みたいな期待をさるほど乗り慣れてはいなかったので、リリーは困惑した。
「乗馬術は授業で選択してるけど……まだ馬場でしか乗ったことない。それにポニーシープなんて乗ったことないよ。イヴちゃんだって暴れ馬のとき……」
「ウジウジ言ってんじゃないわよ!! 馬なんてのは乗れば勝手に走って、コースから外れたら蹴っ飛ばせばいいだけなんだから、さっさと乗りなさいっ!!」
「もう、どうなっても知らないよ……」
怒鳴られたリリーは渋々と御者席に乗り込む。
「さあっ、全チーム準備完了だ! じゃあ、そろそろいくぞぉーっ!!」
ルサンドマンはポニーシープではなく普通の馬に乗り込み、先導するように走りだしながら叫んだ。拡声棒を持ったまま器用に手綱を操っている。
拡声装置のおかげで彼の声はどんなに離れていても聞こえるようだ。
「アルトス秋のパン祭り、パン食い競争、スタートだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
スタートの合図とともに花火が打ち上がる。
パラパラと小気味のよい音が空高くばらまかれ、ドドドンと青空を揺らす爆音に変わった。
ほぼ同時に走り出す四台のポニーシープ馬車。各チームの実力はこの時点では伯仲しているようだった。
しかし……リリーたちの馬車は依然としてスタート地点に停まったままだった。
リリーは必死に鞭を打っているのだが、ポニーシープたちは身体を舐めていて全然走りだそうとしない。
「ちょ、なにやってんのよリリーっ!?」
「だ、だってぇ! いくら鞭打ってもこの子たち、動いてくれないんだもん!」
スタート地点を取り囲む観客たちがどっと笑った。その中のひとりが前に出て野次を飛ばしてくる。
「お嬢ちゃん! ポニーシープは体毛があるから、馬と同じくらいの強さの鞭じゃ気づかないぜ! もっともっと強く打ちな!!」
観客からのアドバイスを受け、リリーはさらに力を込めて鞭を打ち据える。
「えいっ!」
鞭が羽毛にめり込むほどの強さだったが、モスッと音がするだけだった。
「ダメだダメだ、音がするくらい叩くんだ! もっともっと強く!!」
「ええーいっ!!」
リリーはバンザイするように両手を上げ、渾身の力を鞭を振り下ろした。
パァンという破裂するような音がすると、ポニーシープは弾けたように地を蹴り出す。
いきなり全速で走り出したのでリリーたちはガクンと後ろにのけぞってしまった。
「ちょっと! もっとゆっくり走り出しなさいよ! 舌噛むところだったじゃないの!」
「ごふぇん~」
荷台のほうを振り向いたリリーはすでに噛んでしまったのか、半泣きで舌を出していた。
「……まあいいわ、よぉし、次はアタシたちの番ね! やるわよっ!」
揺れる荷台にバランスを取りつつ立ち上がったイヴは、背中の大剣を抜いた。
先行する他チームはダンゴ状態になっており、激しい馬上戦を繰り広げていた。
イヴはその中に参加したくてたまらない様子で、身の丈ほどもある大きな剣を蛮族のように頭上でグルグル振り回している。
先頭集団は一斉に街角のコーナーを曲がる。大きくコースアウトしている馬車がいたので追い抜く絶好のチャンスだった。
リリーたちの馬車は一瞬だけ四位に躍り出たが、コーナーを曲がることなくそのまま直進し、コース指示がわりの積荷を突っ切ってしまう。
「ちょ!? ちょっとリリー! どこに行くつもりよっ!?」
「わかんなぁい!? この子たちに聞いてぇ~っ!!」
リリーがいくら手綱を動かしてもポニーシープは全く言うことを聞いてくれず、赤い布を前にした闘牛のようにまっすぐにしか進まない。もうヤケ気味に叫ぶことしかできなかった。
すでに馬車はコースを大きく外れており、街の外に向かって疾走していた。




