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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
181/315

11

 リリーは、いっぱい稼ぐぞぉ! と意気込んでカエルの群れに突っ込んでいった。

 報酬は完全なる出来高払い。一匹も取れなければ何時間やっても無報酬だ。


 だからこそ早く一匹目を捕まえて、タダ働きだけは避けたいのだが……リリーは沼に足を踏み入れた途端、に大幅スピードダウンしてしまう。

 沼は水田のようにぬかるみまくっており、しかも深いので膝上くらいまで泥で埋まる。動きにくいことこの上ない。


 走るように勢いをつけて足を動かせばなんとか歩けなくもないが……それでもねっとりと絡みついてくる泥の中では摺足のような速度になってしまう……だがそれだとしても一匹や二匹くらいは逃げ遅れたのを捕まえられるだろうと思ってた。


 が、近づいただけでカエルたちはあっという間に散っていき、茶色いカエルだけが残った。


 何度かやっていれば、そのうち……! とリリーはあきらめず次の群れにお邪魔するのだが、花火のように散っていくカラフルなカエルたちの姿を見送るだけで終わっていた。


 しかも何度目かの突撃の際に片足が嵌ってしまい、勢いあまって前に転んでしまった。

 べしゃっとめり込んだリリーの顔は泥にまみれ、胴長の中にまで入ってきた泥で服がグチャグチャに汚れてしまった。


 もうヤケになったリリーは汚れるのも構わずヘッドスライディングを敢行する。個別に狙いを定めず、群めがけて滑り込みながら広げた手をがばっとやって泥ごとかき集めてみたのだが、腕に残ったのは茶色いカエルのみだった。


 ヤバイ……カエルを捕まえるなんて簡単だろうと思っていたが、全然捕まえられない……! とリリーは焦りはじめる。

 しかしすぐに別の手を閃く。一気に近づいて逃げられてしまうのなら、そーっと近寄ってみたらいいんじゃないか……と。


 作戦変更したリリーは忍び足でカエルの群れに近づいてみた。そして手の届きそうな範囲に入ったら一気に飛びかかってみた。


 しかし……あと少しというところまでは近づけるのだが、飛んだ瞬間に気配を察知され、脱兎のごとく逃げられてしまう。

 あきらめずに追撃もしてみたのだが、こちらはぬかるみに脚を取られまくって鈍足になるのに対し、あちらは軽やかに水面を跳ね、いとも簡単に距離をあけられてしまう。

 沼の上では逃げられたが最後、人間の脚力では到底追いつくことは不可能だと思われた。


リリーはまだ一匹も捕まえていないのに、疲れきった様子でへなへなと泥の上に女の子座りをすると、途方に暮れた溜息をついた。


 なかなか見つからないものを根気よく探して手にいれる仕事というのは大変なものだが、いっぱい見えているのになかなか手に入らない仕事というのもかなりキツい。

 見つけにくいものを見つけられないというのは単に不運で片付けられるが、見えているものを手に入れられないというのは自分の能力が低いからに過ぎず、同じ手に入らないという事実でも感じる屈辱感はかなり違う。


 リリーはつい側に転がっている茶色いカエルに浮気したくなってしまうが、ブルブルと顔を振って誘惑を振り払う。

 なにかいい手はないかと思案を巡らせるが、思いつかない。そこではたと、仲間たちのことが頭に浮かんだ。


 そうだ……みんなはどんな調子だろう?

 よっこらしょと立ち上がり、遠くで作戦展開している仲間たちの様子を伺う。


 まず目についたのはイヴ。

 イヴはリリーと同じくらい泥まみれになっており、おそらくまだ一匹も捕まえていないのか癇癪を起こしたように暴れまわっている。茶色いカエルを蹴り散らして八つ当たりしていた。


 つぎに見えたのはシロ。

 不器用な彼女は数歩あるくだけで躓いて泥のなかに身体を埋めていた。捕獲以前の問題のようだ。

 純白のイメージがあるシロだったが今は見る影もなく、美しい黒髪も白い翼もドロドロで覆われ、地獄に落ちた堕天使のような見た目になっていた。


 そしてミント。

 彼女は沼の上を縦横無尽に走り回っており、赤いカエルを抜き去るついでにひょいっと拾い上げていた。

 ミントの運動神経は群を抜いているが、それはぬかるみの上でも遺憾なく発揮されているようだった。


 ちょうどリリーの側を通り過ぎようとしていたのでコツを聞いてみる。


「ねぇミントちゃん! どうやったらそんなに速く泥の上を走れるの!?」


「かんたんだよ~! あしがつくまえにあしをあげればいいんだよ~!」


 ミントは笑いながら高速移動する太陽のような顔で、リリーの横を駆け抜けつつ教えてくれた。


 説明がなぞなぞみたいでわかりにくかったが、おそらく接地した足が泥に埋まる前に上げて、それを高速で繰り返せば足をとられることなく速く走れる、と言っているんだろう。

 予感はしていたことだかとても常人がマネできるコツではなかった。


 最後にクロの様子を伺う。

 クロはリリーの近くで棒立ちになっていたが、その手には赤いカエルが握られていた。


「ねえクロちゃん、そのカエル、どうやって捕まえたの?」


 リリーが問っても、クロは視線を落としたまま光のない瞳に水面をぼんやりと映していた。

 これから入水自殺を考えている人のような、感情のない口がかすかに動く。


「……背向から静獲した」


「ソガイからセイカク……? 後ろからコッソリ捕まえたってこと?」


 コクン、と首を上下に動作させるクロ。


「この湿地で生息しているのはアマガエル。アマガエルの目は頭部より上に表出しているので広範囲の視野がある。しかし背向(そがい)……真後ろに関してはほぼ死角である。また静止しているものを認識できない。以上の性質を考慮して後ろから最微速で接近すれば、察知される前に捕獲できる」


「なるほど……!」


 これにはリリーも泥まみれの手をポンと打って感心した。


 たしかにクロを見ていると途中までは普通に歩いていくのだが、一メートルまで近づいた時点で測ったように静止し、燃料切れの機械のごとく急に動かなくなっていた。一見機能停止したようにしか見えないが、実はほんの少しずつ、パッと見ではわからないほどちょっぴりずつ動いていたのだ。

 そして気づいた頃には赤いカエルが手中に収まっていた。カエル自身も捕まったことがわからずしばらくキョトンとしている程のさりげなさだった。


 その姿を観察していたリリーは「だるまさんがころんだ」で遊んだときのことを思い出していた。

 リリーが鬼だったとき、何度振り向いてみてもクロは同じ姿で固まったままだった。その場から全く動いていないように見えるのに、距離は詰まっていたのだ。

 まるで地面が移動しているみたいに、全く同じポーズのまま迫ってくるのでちょっと怖かった。

 そのうえ振り向いたときには微動だにしないので、かなりの強敵であった。


 あまりに勝負にならないので、クロだけは準備体操をしながら参加するという特殊ルールが加えられた。

 ツヴィ女伝統の準備体操のなかにはそのまま静止しているのがキツいポーズがいくつか含まれている。背筋を反らすとか、その場で飛ぶとかだ。

 そこまでハンデを課してようやくリリーたちの「だるまさんがころんだ」は適正なバランスとなったのだ。


 ちなみにメンバーの中で一番弱かったのはミントだった。

 接近するのは異様に早いが、鬼が振り向いたときにじっとしていられないので一発アウトになってしまうのだ。

 こちらについてもミントの移動は早足のみで走るのはNG、そして三回までなら動くのを鬼に見つかってもアウトにならない、という調整を施している。


 ミントとクロ、ふたりのカエル捕り名人の話を聞き終えたリリーは再考に入った。


 ……おそらく効率はミントちゃんのやり方が一番だろう。ただ私ではちょっとマネできそうにない……まだクロちゃんのやり方のほうができそうだ。

 クロちゃんのやり方は走り回らなくていいので楽そうではあるんだけど、そーっと近づくのに時間がかかるので効率は悪そうだ。


 なんとかしてミントちゃんの効率と、クロちゃんの楽さを合わせたような、いいとこ取りの方法はないものだろうか……。


 沼地をぐるりと見回しながら考えていたリリーは、偶然目に入ったものに「あっ」と声をあげた。


 ……あれだ! あれを使えば、簡単に捕まえられるかも……!?

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