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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
180/315

10

 ごくりっ、と喉を大きく鳴らして串揚げを飲み干したイヴは、


「悔しいけど、イケるわ……!」


 腕で口を拭いながら、しみじみと声に出した。


 その食べっぷりは、周りにいた者の食欲を刺激した。昼食時ということも相俟って、串揚げ屋には行列ができてしまう。


 串揚げ屋のおじさんは「お祭り時でもないのにこんなに売れたのは初めてだよ!」と大喜びし、リリーたちにさらにサービスしてくれた。

 結局、リリーたちは大きな串揚げを五本も平らげてしまい、図らずともそれが昼食となってしまった。


 すごく脂っこいのにいくらでも食べられて、しかも胃もたれしなかったので、ひょっとしてカエルの肉ってすごい食べ物なんじゃ……とリリーは感心した。

 さて、お腹もいっぱいになったし、あとはカエルショーでも見て、最後にお土産でも買って……と観光モードに入りつつあった一行は、イヴに突っ込まれて本来の目的を思い出す。


 そうだ、旅費を稼ぐためのアルバイトをするんだった……とリリーはリュックの横ポケットから依頼書を取り出し、それにならって村の村長の家を尋ねるべく、住宅街へと向かった。


 串揚げを食べたカエル像の広場が繁華街に相当するようで、住宅街はそのさらに奥にあった。

 この村の住宅は一戸建てではなく長屋のようになっていて、通路の両側に壁のようにずっと続く家々はどれも苔むして緑色をしていた。そして中の住人はカエルなんじゃないかと錯覚するほど家の前ではカエルたちがくつろいでいる。


 村長の家は住宅街の一番奥にあった。玄関は開け放たれていたので「ごめんくださーい!」と挨拶しながら覗き込むと、中には水槽に囲まれた老人がいた。

 苔を養殖しているかのような水槽の中には色とりどりのカエルたちが無數に蠢き、その真ん中の木床にゴザ一枚で座る老人はカエルの親玉のようだった。

 シワの刻まれた顔に不釣り合いな、両生類っぽい大きな目をギョロリとリリーたちに向けてくる。


「あの、村長さんですか? 私たち、ズェントークの掲示板にあった依頼書を見て来た者なんですか……」


「おお、依頼を受けに来た冒険者か。品物が不足してて困っておったところじゃ、ささ、座るがいい」


 どうやらこの人物が村長のようで、発した声はカエルのように濁っていた。


 もはやここに来る途中でさんざんカエルを見てきたリリーは老人のカエルっぽい外見にも、カエルみたいな声にも、そしてカエルだらけの水槽にも、一切話題を振ることもなく勧められるまま来客用のゴザに腰掛けた。

 簡単な自己紹介の後、さっそく仕事の話に入る。


「あの、調達の依頼ということですが、もう少し詳しく話を聞かせてください」


 リリーが手にする青い封蝋の押された依頼書には『儀式用品の調達』とあった。

 儀式に使う指定品をどこかで集めてくる依頼だ。


 青い封蝋が押されているので仕事の遂行に戦闘が伴わない『非戦闘依頼』となる。

 ちなみに赤い封蝋の場合は戦闘の可能性が大きい、または戦闘そのものが仕事となる『戦闘依頼』となる。


 調達の依頼の場合、指定された品によって難易度が変わるのだが、なるべく楽なのがいいなぁとリリーは密かに祈っていた。


「……で、依頼書にある儀式用品ってのは何なんですか?」


 尋ねると、村長は背後の水槽にもたれかかり、ガラスをコンコンと指で弾いた。


「コレのことじゃよ」


「コレ? あ……カエルですか!?」


「そうじゃ。この村では観光業のほかに、雨乞いの儀式用品として雨の少ない地域にカエルを出荷しとるんじゃよ」


「村のほうにいっぱいいましたけど、アレを出荷してるんですか?」


「あれは見世物用にこの村で育てとる養殖ガエルじゃ。雨乞いの場合は天然モノじゃないと効果がないんじゃよ」


「ってことは、どこかよその場所でカエルを捕まえてくるのが、仕事の内容……?」


 と、口を挟んだイヴは、舌の一番苦味を感じる場所に苦い粉薬を置いてしまったかのような顔をしている。今にも舌を出しそうな勢いだったのでリリーはヒヤリとした。


「そう、村の外にある沼でカエルを捕まえてきてほしいんじゃ。手段は問わぬが、道具を使うのだけはダメじゃ。必ず手で捕まえるようにな」


「ええっ、ってことは素手ってこと? なんで道具を使っちゃダメなのよ」


 イヴがすかさず聞き返す。持ってもいないカエルのぬめりを感じているかのような、さも嫌そうな顔で。


「手袋くらいなら構わんが、釣竿とか網とかそういうのはダメじゃ。沼のカエルたちはデリケートでな、そういった道具を使うと身体に跡が残るんじゃよ、そうなるともう売り物にならん。カエルたちはすばしっこいが、胴のあたりを持つと大人しくなるから、そうやって捕まえるとよいぞ」


 「なにがデリケートよ」とケチをつけるイヴ。「イヴちゃん!」とたしなめるリリー。

 依頼主が怒りださないかとリリーはヒヤヒヤしっぱなしだったが、村長は気にする様子もなく依頼の話を続ける。


「それで報酬じゃが、持ってきたカエルの色に応じて一匹あたりで払おう。茶色いカエルは(いち)、緑のカエルは百、黄色のカエルは千、赤いカエルは一万じゃ。あと……無理じゃとは思うが金色のカエルを持ってこれたら一匹あたり百万払おう」


「え!? 金色のカエルはそんなにくれるの!?」「たった一匹でですか!?」


 百万と聞いて色めきたつイヴとリリーに村長は「ほっほっほっ」っと年寄りらしい穏やかな笑い声をあげる。


「その通りじゃが、この村でも五十年に一匹見つかるか見つからんかくらいの貴重なカエルじゃよ。わしも長いこと生きてきたが、まだ一度しか見たことがないのぉ」


 リリーは、そうなのか……じゃあ無理かも……とすぐに消沈したが、対照的にイヴは挑戦的に鼻を鳴らした。


「フン、アタシたちを誰だと思ってんのよ!」


 颯爽と立ち上がり、斜に構えガッツポーズのように振り上げた拳を、二本指とともにビッ突き出し、見得を切る。


「いいわ……生涯二度目の金ガエルを拝ませてあげる! 百万……いや二百万用意して待ってなさいよ!!」


 獲得報酬の予告ポーズだ。そのカッコイイ立ち振る舞いに、リリーは思わず見とれてしまった。そしてマネしたくなってしまう。


「えーっと、金……いや、たくさんカエル、拝ませてあげる! にひゃ……いや、二十万くらい!」


 イヴの隣に立ちVサインを決めるリリー。イヴほどの自信はなかったのか、予告報酬もだいぶ下がっている。

 ミントがカエルのようにピョンと跳ね、リリーの横に並んだ。


「カエルおまがせてあげる~」


 だいぶ省略されてしまった。しかも「拝ませてあげる」が言えていない。


「拝ませる」


 いつの間にか立ち上がっていたクロの表明は簡潔だった。


 最後に残されたシロは特になにもせず、控えめに床に正座したままじっとしていた。

 が、仲間たちと村長に注目されていることに気づき、自分がなにかやらないと終わらない雰囲気であることをようやく察する。


「えっ!? あ、あの、え、えーっと、あの……その……、おっ、お……拝んでいただけると助かります……」


 アタフタしながら三つ指ついて、深々と頭を下げた。



 村長から借りたカエル捕獲用の作業着三点セット、胴長と魚籠(ビク)と長手袋を身に着けたリリーたち。

 小雨の降る中を慣れない胴長でえっちらおっちらと歩いて、村のはずれにある沼へと来ていた。


 村と同じような広大な沢だが、橋のような足場は一切ない。

 手入れも一切されておらず、村にある美しい湖のような佇まいではなく、ただの泥沼だった。

 巨大な水たまりのような濁った池沼がいくつも点在し、その中には季節外れの海のクラゲのごとく大量のカエルが漂っていた。


 わざわざ探さなくてもいいくらいカエルだらけだ。


 ただ、目につくところにいるのは茶色いカエルばかりで、近づいても逃げもしなかった。

 高額のカエルほど見つかりにくく、また近づいたら素早く逃げるようだった。


 リリーはとりあえず足元の茶色いカエルをむんずと掴んで持ち上げてみた。太ったカエルはレンガブロックのようにずっしり重く、また捕まっても動じる様子もなく手の中でグッタリしている。


 村長は、この沼のカエルは胴のあたりを持つと大人しくなると言っていたが、この茶色いのは最初から無気力だな……とリリーが思っていると、


「リリー、そんな雑魚ほっときなさいよ。カゴに入る量は限られてるんだから赤狙いでいくわよ。赤を捕まえつつ、金色のを見つけたら大声で知らせて、みんなでとっ捕まえましょう」


 イヴは時間が勿体ないとばかりにすぐさま作戦を提案してきた。それもかなり効率を重視したものだった。


 村長から依頼の内容を聞いた時、イヴが苦い顔をしていたのでリリーは不安になっていた。

 「高貴なアタシがなんでカエルなんかを捕まえなきゃいけないの!? 捕獲ならせめてユニコーンくらい持ってきなさいよ! ウガー!!」などと暴れ出すんじゃないかとハラハラしていたのだが、誰よりも張り切っているようだった。


 金のカエル一匹で百万という一攫千金ぶりが彼女の闘争心に火をつけたんだろう。

 普段ならば触るのも嫌がるようなやぼったい作業着もバッチリ着こなしている。


 リリーは仲間のやる気を尊重し、イヴの作戦に乗ることにした。


「オッケー! よぉし、じゃあみんな、赤狙いでいこう!」


 リリーのかけ声に「おーっ!」と応えた仲間たちは、一斉に焦げ茶色のぬかるみに足を踏み入れた。

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