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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
リリーとゆかいな仲間たち
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 窓からはオレンジ色の光が差し込むなか、準備完了した私たちはレディさんから先導され、客室廊下を進んでいた。下り階段にさしかかったときに手を差し出され、


「お手をどうぞ、レディ」

 なんて言われてしまった。階段くらいひとりで降りれるよ……と思ったが、前のイヴちゃんが手を差し出してエスコートしてもらっていたので、それにならって従うことにした。


 階段を下りると、エントランスみたいな広い空間に出た。目の前にはパーティホールの入り口がありタキシードを着た大柄な男の人ふたりが門番のように立っていた。門前払いされちゃうんじゃないかとちょっとドキドキしたが「ようこそお越しくださいました」と歓迎してくれた。


 ただっ広いホール内は三フロア分の吹き抜けになっており、三層目にいる私たちは下の層を見下ろすことができた。手すりから下を覗きこむと、一番下では楽団の生演奏にあわせていかにもセレブといった感じの男女が踊っている。ひとつ下の階は白い丸テーブルがいっぱい並べられ、これまたセレブといった感じの人たちが上品に食事を楽しんでいた。そして私たちがいるフロアは所々に設置されたテーブルでシェフが料理を披露しており、そのまわりにはまたまたセレブとった感じの人たちがグラス片手に立食を楽しんでいた。


「こちらは立食式のフロアで主に新しい出会いを求める方のためのフロアです。ゆっくりお食事を楽しまれたい場合は、この下にテーブル席もご用意してあります。一番下はダンスフロアとなっておりますので、お食事のあとはぜひご参加ください」


 わかりやすくこのホールを説明してくれたレディさんは「それでは、楽しいひと時を、レディ」と言って私たちから離れていった。


 正直放り出された気分だったが、こっちにはセレブ代表のイヴちゃんがいる。彼女についていけば、なんとかなるだろう。


「ねえ、ねえ、あれなにー?」

 怖いもの知らず代表のミントちゃんは早速何か見つけたようだった。視線の先には満たされたグラスがピラミッドみたいに積まれたオブジェがふたつあった。


「シャンパンタワーね」

 私のかわりにイヴちゃんが答えた。その言葉が終わる前にミントちゃんはシャンパンタワーの真ん中に駆けていき、キラキラ輝く金色と銀色のタワーを交互に眺めていた。やがて、ウエイターさんから金色のタワーのグラスをひとつ受け取っていた。


「金色のはジュースで、銀色のはお酒ね。こういうところのは大体、二種類用意してるのよ」

 両手で持ったグラスで美味しそうに飲むミントちゃんを見ながら、さらに説明してくれた。


 シャンパンタワーの近くには、同じくらいの高さで茶色い液体を垂れ流す泉みたいなオブジェがあった。

「あっ、フォンデュもあるじゃない」

 それに反応したイヴちゃんが近づいて、そばにあった金属の串を手に取った。串の先端にはイチゴが突きさしてあり、彼女はそのイチゴを茶色い液体にくぐらせてコーティングしたあと、ぱくっと一口で食べた。


「……それ、何?」

 私があまりに怪訝そうに聞いたので、

「変なもんじゃないから、アンタも食べてみなさい。そしたらすぐわかるわよ」

 言い聞かせるような口調がかえってきた。


 ひとくちサイズのパイナップルが刺されている串を取り、イヴちゃんがしていたように茶色い液体にくぐらせる。茶色に覆われたパイナップルを恐る恐る口に運ぶと、甘いカカオの味がした。


「あ、これ、チョコレート?」

 私の後に続いて食べたシロちゃんとクロちゃんも、私と同じくびっくりしていた。


「そうよ、おいしいでしょ?」

 それを見て、イヴちゃんはなんだか自慢気に言った。


 ……ラカノン様がこの場にいたらすごく喜ぶだろうな、なんて考えてしまった。それと同時に、このチョコレートの泉は板チョコ何枚分なんだろうな、なんて考えてしまう自分が嫌になった。


「あっちの黄色いのはチーズよ」

 気分をよくしているイヴちゃんは隣にある黄色い泉のことも教えてくれた。


「ほほぉ……」

 思わず年寄りじみた声を漏らしてしまう。シャンパンタワーもそうだったが、チョコレートやチーズをこんな形で食べるなんて、私には想像もつかないことだった。料理好きのシロちゃんには響いているようで、まるでミントちゃんみたいあちこち観察している。


 良かった、実はこのホールに入ってからというもの、私たちはわりと視線を集めているようだった。それは悪目立ちでないことはまわりの人の表情でわかる。でもこの視線に気づいたらシロちゃんはまた季節はずれの凍える人みたいに縮こまってしまうので、この豪華料理たちにシロちゃんの気を惹いてもらえれば、いろいろと助かる。


「よぉーし、せっかくだから、いろいろ食べちゃおう!」

 私はことさら元気に言って、次に目についた氷でできたお城を指さした。


 戻ってきたミントちゃんを加えた私たち一行は、立食パーティ内の珍しい料理をひとつひとつ食べ歩きした。説明をするイヴちゃんは終始機嫌がよかったし、特に見た目で楽しませるというパーティ料理にシロちゃんはしきりに感心していた。活け造りという生きた魚の料理にショックを受ける一場面はあったものの、みんなとても楽しんでいたと思う。


 ひとしきり食べたあと、グラス片手にフロア中央にある吹き抜けの手すりによりかかって、みんなでまったりする。私はいっぱいになったお腹をさすりながら、下のフロアで繰り広げられているダンスを眺めていた。


「ああ、アンタたちのせいでアタシまで食べすぎちゃったじゃない」

「すみません……珍しいものばかりでしたので、つい……」

「でもおいしかったねー!」

「はい、とっても」

「リリー?」

「んー?」

「アンタさっきから何ボーッとしてんの」

「……ねえ、イヴちゃん」

「なによ」

「ダンスって……できる?」

「トーゼンよ、アタシを誰だと、ひゃっ!」


「教えて!」

 私はイヴちゃんの手をひっぱって、駆けだした。階段を下りて、一番下のダンスフロアへと向かう。


「えぇ? なによ急に!」

 驚いた声が私の後ろから聞こえる。いままでセレブのやることのほとんどは理解できなかったけど、見た目たのしい料理を食べて少しわかったような気がして、ひょっとしたらダンスも楽しいんじゃないかと思ったのだ。


「あ、すいません、ダンス踊りたいんですけど、いいですか?」

 ダンスフロアに着いたので、近くにいたウエイターらしき人に声をかけると、

「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」

 片手を奥に向けて示し、皆が踊っているフロアの外周に案内してくれて、


「もう少しで曲が終わりますので、次の曲からご参加ください」

 フロアの外側で待機するよう言われた。


「ちょ、よく考えたら女同士じゃないの!」

 いままで勢いに押されていたようだったが、待機中に冷静さを取り戻したイヴちゃんは手をふりほどきながら言った。


「ダメなの?」

 フロアを見ると、たしかに男女のペアしかいない。


「女性同士のダンスは、マナー違反ではありませんよ」

 私たちを案内してくれたウエイターさんは人のよさそうな笑顔を浮かべたあと、

「曲が終わりましたよ、さあ、中へどうぞ」

 てのひらを上に向けた手で、丁寧にフロア中央を示した。


「なんだ、オッケーなんですね、なら踊ろうよ!」

 またイヴちゃんの手を引っ張って誘った。


「踊ろうよ、って、アンタさっき教えてって言ったわよね?」

「うん、教えて」

 自分はダンスは一度も踊ったことがない旨を伝えると、イヴちゃんは深いため息をついた。


「……まったく、アンタって子は……しょうがない、アタシがリードしてあげるからちゃんと従うのよ」

「うん!」


 フロアの真ん中にはどの男女ペアもいなかったので、そこに移動する。それを合図にしたように、前奏がはじまった。


「うぐっ、よりによってこの曲か……」

 軽快なテンポの曲を聞いて、苦虫を数匹かみつぶしたような表情になるイヴちゃん。


 彼女は私の正面に立つと、片手を腰にまわして抱き寄せる。お互い、耳の穴の中が見えるくらいに密着した。


「あれ、くすぐったくないの?」

 自分から身体をくっつけてくるなんて珍しい。


「くすぐったいわよ、でもしょうがないでしょ! こういうスタイルのダンスなんだから」

 さも迷惑そうに言いながら、彼女は手に手をとって、指をからめてきた。これで準備完了らしい。


 それにしても……イヴちゃんはいい匂いがするね。こうして密着すると、よくわかる。使ってるシャンプーが違うのかな? と思い、ツインテールに鼻を差し込んでクンクン匂いをかいでいると、

「投げ飛ばすわよ」

 と物騒なひと言がかえってきたので、すぐにやめた。


「いくわよ」

 それだけ短く言うイヴちゃん。前奏が終わったようで、イヴちゃんの身体が動き出す。


 男役をしてくれているイヴちゃんは、キビキビと私をひっぱる。前に押したり、後ろに引いたり、手をあげたり、下げたり。強く背中を押されてよろけそうなところを手を引ひっぱってて引き戻されて強く抱きしめられたりと、ダンスというよりは一方的に振り回されているみたいだった。


 イヴちゃんの手によってぶん回されながら、まわりのペアを見てみると、いくつかの細かい動きと、時折入る大きな動きのパターンを繰り返しているのだとわかった。細かい動きはよくわからないので、大きな動きだけ見よう見まねでやってみることにした。


 脇腹を押されるタイミングで、手はつないだままイヴちゃんから離れる。そして引き寄せられてまた戻る。私が自分の意思で動きはじめたのを察した彼女は抱き寄せたときに、

「少しは覚えたようね」

 と耳元で囁いた。


 少しのステップのあと、握った手を高く掲げられたので、その中をくぐるように一回転する。そしてまたステップ、腰をギュッと強く抱きしめられたタイミングで、後ろに倒れこむようにのけぞる。イヴちゃんが腰を持ってくれているので、地面スレスレでも倒れることはない。



 リズムにあわせる余裕がでてくると、ちょっと面白くなってきた気がする。音に合わせて身体を動かす楽しさと、パートナーのリードにあわせてムチャな体勢をしても、しっかり支えてくれている安心感……なんだかイヴちゃんが頼もしく、カッコよく見えてくる。こりゃ確かに、男女のペアが標準となるわけだ。


 やがて演奏が終わり、ダンス開始前の体勢に戻る。直立して、つないだ手を水平に固定すると、全ペアがビシッと同じタイミングで同じ姿勢になる。……あっ、なんかちょっとゾクッとした。この一体感。なんだか気持ちいい。


 終わって戻ろうとするイヴちゃん。もっと踊りたいな……なんて思っていると、ミントちゃんが駆け寄ってきて私に抱きついた。しがみついたまま顔をあげて、

「おどろー!」

 はじける笑顔で誘われた。


「あら、新しいお相手が見つかってよかったじゃない、じゃあ、アタシはこれで」

 やっと子守りから解放された、みたいな口調のイヴちゃんは、そそくさとダンスフロアから離れていった。


「よぉーし、じゃあ踊ろっか!」

 踊り足りなかった私はミントちゃんの誘いに乗ってみることにした。


 今度は私が男役になって、イヴちゃんが私にしていたようにミントちゃんの腰に手をまわして身体をピッタリくっつける。そして、あいたほうの手をつなぐ。これで準備完了。


 やっぱり……ミントちゃんもいい匂いがするね。お日様みたいな匂いで、私は大好きだ。怒られることもないだろうと思って遠慮なくスンスン嗅いでいると、「リリーちゃん、いいニオイー」とミントちゃんが言った。


 意外なひと言によって私自身も嗅がれていたことに気づき、つい照れてしまった。しかもいいニオイだなんて言われちゃってるし……なんて思っていたら、曲がはじまった。


 ミントちゃんはさすがに飲み込みが早い……というか、私のリードに対して創意工夫をこめた反応をかえしてきた。


 腰を軽く押すとグルンと側転しながら離れて、戻ってくるときは跳ねて私の胸に飛び込んでくるので、抱っこするみたいな形になる。手を高く掲げると、その下を高速で何回転もしたりする。腰を抱いてのけぞったあとは、私の手からするりと抜けてバック転する。


 途中からダンスというよりサーカスみたいになっていて、私のリードにあわせてミントちゃんは重力を無視したような動きで空中を舞った。受け止めるこっちは大変だったけど、それはそれで楽しかった。身体をあずけてくる彼女が私を信頼してくれているのがわかって嬉しかったし、リズムにあわせた私のリードで派手な動きがキマると、なんだか意思疎通ができたみたいで、ミントちゃんのことがいつも以上に愛おしくなってくる。


 ダンスなんて何が楽しいんだ、なんて思っていた過去の自分を懺悔したくなるほどにエンジョイしていると、いつのまにか隣にはクロちゃんとシロちゃんのペアがいた。どっちから誘ったのか想像もつかない、珍しい組み合わせだ。淡々とステップを踏むクロちゃんと、緊張しすぎてカチコチになった身体をぎくしゃくと動かすシロちゃん。


 彼女たちも、ダンスを楽しんでいるのかな……と思っていると、曲は終盤に入った。最後に繋いだ両手で勢いをつけて、ミントちゃんを上に放り投げるようにすると、彼女は高く跳躍して空中で一回転したのち私の肩に着地、両手を水平にしてフィニッシュを決めた。私もそれにならって、両手を水平にする。


まったく同じタイミングで演奏が終わり、ホールは静寂に包まれた。


 直後、ホール中に割れんばかりの拍手喝采が響いた。思わずビクッとなってしまったが、まわりを見ると、フロア中のひとたちが私とミントちゃんのダンスを見ていたのだと理解した。見上げると吹き抜けの手すりのところに人がいっぱい集まっていて、みんな私たちを見ていた。フロア中だけじゃない、ホール中のひとたちが見ていたのだ。


 私は思わず恐縮して肩をすくめてしまったが、ミントちゃんはなおもその肩に乗ったまま周囲に手を振り返していて、やっぱり彼女は怖いモノ知らずだなぁ、なんて思ってしまった。

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