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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
聖剣ぶらり旅
176/315

06

 雨に濡れたズェントークの街並みは夕暮れの光を浴び、オレンジの果汁が溢れ出したような光景になっていた。

 この地方の夕焼けは赤というよりも黄色っぽくて、リリーは修学旅行において何度も同じ光景を見ているのだが、その都度オレンジジュースを連想して喉を鳴らしていた。

 イヴから「ボーッとしてんじゃないわよ!」と背中を叩かれ我に帰ったリリーは仲間に指示を出し、手分けしてクルミを探すことにする。


 リリーたちは長く伸びる影で路上をなぞるように、聖剣を求めて奔走した。


 聖剣だから武器屋とかに行ってるかもしれない……と予想したリリーは街の武器屋を巡ってみたが徒労に終わった。

 クルミはしゃべって動くという特徴だけでなく、外見も珍しいので他の剣に混ざっていてもかなり目立つ。それで見当たらないということは武器屋にはいないということになる。


 走り回ってヘトヘトになり、行くあても失ったリリーは街の端っこにある橋の上で佇んでいた。

 いったいどこにいるんだろう……? と夕暮れの光を受けて流れるオレンジジュースの川をぼんやりと眺めていると、ふと遠くの河原で子供たちが遊ぶ姿が目に入った。


 数人が輪になって囲むその中央には……木の枝に吊るされた剣が。


「……まさか!?」


 欄干に寄りかかっていたリリーは弾かれたように身体を起し、子供たちの元を目指す。

 手すりから下の河原へ直接飛び降りればショートカットになるかと思ったが、思いの外高かったのでとりやめ、土手へと回り込んで全力ダッシュした。


 川と同じくらいの幅の空き地は子供たちの遊び場のようだった。

 木の下に集結した子供たちはミントと同じくらいの年の頃で、クルミを文字通り吊し上げにしていた。


「おい、コイツ、動くだけじゃなくてしゃべるぞ!」

「きっと剣のフリをしたモンスターだよ!」

「俺たちでやっつけてやろうぜ! このっこのっ!」


 まるで剣術練習用の棒のように、クルミをよってたかって木刀で殴打する。


「ギャアー!? 痛い痛い痛い! やめてとめてやめてとめて!」


 縄で鍔をグルグル巻きにされて、首吊りのように枝からぶら下がるクルミは身体をよじって悲痛な叫びをあげるばかりであった。


「ちょっとキミたち!」


 参上したリリーがいじめの輪の外から声をかけると、子供たちは一斉に振り向いた。

 リリーは機嫌を伺うような口調で交渉をはじめる。


「えーっと、その剣、お姉さんのなんだ、だから返してくれないかな?」


 彼らは見るからにワンパク少年という風情だったので、一筋縄ではいかないだろうと予想していたが、


「やだ。これは俺たちが見つけたんだもん」

「これからやっつけてやるんだから、邪魔しないでよ!」

「それとも、これがお姉さんのモノだっていう証拠あんの?」


 悪ガキらしい口達者ぶりで反論されてしまった。

 いきなり証拠なんて言葉がでてきたのでリリーはたじろいでしまう。


「えっ、証拠!? え、えーっと、それは……」


 もちろんそんなモノ、あるわけがない。

 どうしていいかわからず、助けに来たはずなのに助けを求めるような視線でクルミを見る。

 これでクルミ自身の口から証言してくれればまだよかったのだが、


「ボクはあんな見習い冒険者のモノじゃないよっ!? ボクは女神様の剣なんだ!」


 証言どころか当人からも否定されてしまった。


「違うって言ってるよ?」

「やっぱり嘘なんじゃないか!」

「もうほっといて、コイツをやっつけちゃおうぜ!」


 話は終わりとばかりに子供たちは背中を向け、聖剣いじめに戻ってしまった。 


 リリーはあちゃあ、と手で顔を覆う。

 最悪の状況になってしまった……けど、あきらめるわけにはいかない。


「あ、あの、キミたち、弱い者いじめは……」


 リリーは次なる手段として所有権の主張から道徳の話にすり変えて再び交渉しようとしたが、子供たちはとりあってくれなかった。


 ああ、交渉は完全に決裂してしまった……となると、残るは実力行使のみか……!

 あの子たちを後ろからくすぐりまくって、笑い転げているスキにクルミちゃんを縛るロープを斬ってかっさらうしかない……!


 ついに最終手段に打って出るリリー。子供たちの背後を取るためじりじりと近づいていると、


「こらあああーーーーーーっ!!!」

 

 思わず飛びあがってしまいそうになる怒鳴り声が河原じゅうを突き抜けた。

 びっくりして振り返ると、声の主が土煙をあげる勢いで土手を駆け下りてきているところだった。


「あ……イヴちゃん!」


 ガンコオヤジのような怒声をあげたのはイヴだった。

 赤い布に突っ込む猛牛のような勢いでリリーの横を通り過ぎ、子供たちの前で滑り込みながら止まった。そのまま問答無用で落雷のようなゲンコツを降らせる。

 ゴン! ガン! ゴツ! と乾いた音とともに子供たちの頭にタンコブをこしらえた。


「わあっ!? ゴリラみたいな女がぶったぁーーーーっ!?」

「う、うわああああーーーーーん!」

「ゴリラモンスター、ゴリラ・メスゴリラ・ゴリラだあっ! 逃げろぉーっ!!」


 クモの子を散らすように逃げていく子供たち。


「誰がメスゴリラよっ!?」


 とイヴはその背中に突っ込むのも忘れない。


「あ……ありがとうイヴちゃん」


 感謝するリリーをイヴは呆れた様子で一瞥する。


「あんなガキにナメられてんじゃないわよ。話をするだけ無駄な相手なんだから、鉄拳で言うことを聞かせなさいっての、まったく……」


 ブツブツ言いながらクルミのほうまで歩いていき、背中から抜いた大剣をひと振りして吊るしているロープを斬り捨てた。

 拘束を解かれたクルミは枝から落下し、イヴの足元の柔らかい地面に突き刺さる。すかさず身体を曲げて恩人にすがりつき、せきを切ったように泣き出した。


「うわあああああーーーん! 助けに来るのが遅いよ! 今までなにやってたんだよぉーーーっ!!」


「アンタが勝手にいなくなったんでしょうが! みんな大騒ぎしてるから、とっとと帰るわよ! いい加減観念して転送装置に乗りなさい!」


「ひいっ!? て、転送装置だけはいやっ! いやっいやっいやっ! いやあああああああーーーっ!!」


 クルミは転送装置という単語が出るなり歯医者と聞いた子供のように脊髄反射で逃げ出す。

 フナムシのような速度で川べりまで這っていき水の中に逃げ込もうとしていたが、リリーが寸前で呼び止める。


「ま、待ってクルミちゃん! 転送装置は使わない、使わないから!」


 入水直前のクルミの動きがピタッと静止した。 

 リリーはなるべく刺激しないように言葉を続ける。


「転送装置以外の方法でミルヴァちゃんの所まで連れてってあげるから、もう逃げないで、ね?」


 クルミはグリップを捻って柄頭を向け、振り返るトカゲのようにリリーのほうを見た。


「……ホントに? 転送装置に乗らなくていいの? 約束する?」


 期待に満ちた瞳の宝石が瞠目し、川に反射したオレンジ色の光を受けてキラキラ輝いている。

 リリーはその眼差しに応えるように、クルミのマネをして敬礼してみせた。


「うん、約束する!」


「なら……もう逃げない! ボクは、リリーと、イヴと……みんなと一緒にいく!」


 泣いたカラスのようであった聖剣はすぐに機嫌を取り戻し、するするとリリーの側へと這ってきた。

 太ももをよじのぼり、元の鞘におさまるようにリリー愛用の剣に寄り添い、しっかりとしがみついてきた。


「よぉーし、じゃあ行こっか!」


 と腰の剣に笑顔を向けるリリー。「おーっ!」と元気に応じるクルミ。

 その横顔を眺めていたイヴは、リリーの言葉が方便でないことをすでに見通していた。


 リリーは……あの子は、本当に転送装置ナシで、遥か遠くのツヴィートークまで戻るつもりだ……。


 今回ばかりは絶対に起こらないと思っていた大事の予感に……仲間の戦士は大きな青息を吹いた。

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