04
リリーたちは洞窟を出て、雨があがったばかりの森を歩いてメリーデイズの港街まで戻った。
水たまり残る街角は人影もまばらだったが、じょじょに午後の喧騒を取り戻しつつある。
メリーデイズ付近は陸路が整備されており、交通手段としては馬がよく使われる。
そのため街も馬が入ることを想定して作られており、通路はどこも馬車がすれ違えるほど広い。
建築技術も大陸の最新のものが取り入られており、建物はブロック塀などではなく混形土とよばれる砂や灰を凝固させた粘土のようなもので築かれていた。繋ぎ目がなく岩を削り出したような建物を人工的に作ることが可能で、固まる前であれば自由に成形でき、ブロックのように形状の制限を受けにくい。
そのため街の中は変わった形かつ高い建物が競い合うように立ち並んでいた。
なかでもメインストリートは彫像建築の展覧会のようになっており、お城や女神像、果てはお酒や料理などの形を模した建物があった。
リリーたちが最初訪れたときは珍しくてキョロキョロしまくった挙句、記念にとドラゴンの形を模したレストランに入り、観光客用の少々お高いランチメニューを頼んだりして、おのぼりさんぶりを全開にしていた。
今はもう何度か見た後なので新鮮さもさほどなく、さっさと通り過ぎて停馬場へと向かう。
しかし洞窟から久々に出たのであろうクルミは珍しそうにあたりを見回しながら、
「へぇーへぇーへぇー! 人がいっぱーい! まるでアリのよう!」
と人目もはばからずはしゃぎまくっていた。
しゃべる剣のことがバレるんじゃないかとリリーはヒヤヒヤしたが、街ゆく人はリリー一行の誰かがしゃべってるんだろうと思い気にもとめなかった。
「あっ、ポニーシープだ!」
前から向かってくる馬車にも素早く反応する。
ポニーシープはメリーデイズの大陸から輸入された馬のような動物。
馬よりひとまわり以上小さくはあるが、身体つきはがっしりしており馬より力がある。羊のような縮れた毛で覆われているが、全身に届くほどの長い舌から水をはじく油を分泌し、それを毛づくろいとして塗りつけているため水濡れにも強い。
雨でも効率を落とさず活動できるので、多雨のメリーデイズでは象徴ともいえるほど街にあふれている動物なのだ。
停馬場に着いたリリーたちは乗り合いの馬車を探した。
彼女らは学生の身分でお金がないので馬車を個別にチャーターすることができない。勇者が持っているプライベート馬車など夢のまた夢。
ちょうどズェントーク行きの乗合馬車が出るところだったので、慌てて駆け込み乗車をする。
リリーたちが乗ったのは二階建ての大型馬車で、動く家のようなそれは他の土地にはないメリーデイズ名物でもあった。
牽引するのはもちろんポニーシープで、十匹がかりのポニーシープが揃って蹄を鳴らす様はなかなか壮観だった。
二階はホロで覆われているのだが、雨が降っていないときはホロが外されて見晴らしがよくなる。
高いところが好きなミントは二階にあがろうとリリーたちにせがみ、二階にあがったところで乗務員にせがんでホロを外してもらっていた。
出発のホーンとともに馬車はゆっくりと走り出す。
地面も混形土で舗装されているため馬車にはつきものの振動がほどんどなく、滑るような乗り心地だ。
リリーは馬車の最後尾で、少しづつ遠ざかっていくメリーデイズを眺めていた。
雨で洗い流された美しい街並みに見送られながら、少女は祭りの後のような、しみじみとした終わりの寂しさを感じていた。
しかし……そんな気持ちは行き先のズェントーク女学院ですぐにふっ飛ばされることとなる。
ゼン女に着いたリリーたちは転送装置を使ってツヴィートークへと戻ろうとした。
転送装置というのはあらかじめ設置された装置間を一瞬にして移動できるという便利な移動手段のことだ。
装置は大規模かつ専用の術師が必要なため一般の冒険者程度では利用できず、一刻の遅れが世界平和に影響をもたらす一流の勇者にのみに許された最高級の移動手段である。
リリーたちのような学生の場合は学院間の交流の際などに使用許可がおりるのだが、今年は修学旅行でも使おうということになったらしく、そのおかげで遥か遠くにある港町まで来ることができたのだ。
修学旅行の最終日は自由行動となっており、帰りたくなった生徒から順次ゼン女に行って転送装置を使わせてもらい、ツヴィートークまで帰るという手筈になっている。
しかし、転送装置を前にした途端、
「いやあーーーっ!! 転送装置、いやああああーーーっ!!」
と、クルミが大騒ぎしだしたのだ。
いきなり腰のあたりで刃物がうねうねと暴れだしたので、リリーは生きた心地がしない。
「ちょ、落ち着いて、クルミちゃん! 転送装置イヤなの? なんで!?」
「グルグル回るのいやあぁーっ! 死ぬっ、死んじゃうーっ!!」
装置で転送される際には身体がコマにでもなったかのように高速回転させられる。気持ちの悪い感覚が続くのでリリーも苦手なのだが、クルミはそれを死ぬほど嫌悪しているようだった。
もちろんそんなワガママをイヴが許すはずものない。
「ええい、居候の分際で贅沢ばっかり言うんじゃないわよ! 無理矢理にでも乗ってもらうわよ!」
「いやっ、いやっ、いやぁーーーっ!! 絶対いやああーーーっ!!」
激しく暴れるあまりハンカチと紐が切り裂かれ、地面にカランと落ちてしまうクルミ。
しかしすぐさま腕がわりの鍔を使って匍匐全身のごとく這いだす。
カサカサと六ツ脚の昆虫のようなスピードで、あっという間に壁際にあるタンスの隙間に逃げ込んでしまった。
「ゴキブリみた~い」
その場にいた全員が思ったことを口に出すミント。
転送装置を管理する先生も口をぽかんと開けたまま呆気にとられていた。
「ねえ……あれはいったい何なの?」
問われたリリーは気まずそうに頭をポリポリ掻く。
「あ、あれは……えーっと……」
リリーは何と説明すればいいかわからなかったので、洞窟からの出来事を洗いざらい話した。
「まあ、ミルヴァルメルシルソルド様の聖剣!? そんな大事なこと、隠してちゃダメじゃない! 大変だわ、あなたたちはちょっとここで待ってなさい!」
別に隠してたわけじゃなけど……とリリーは思ったが、弁明する間もなく先生は転送装置のある部屋から出ていった。
廊下を走るパタパタとした音が遠ざかっていくのを聞きながら、リリーたちはその場で立ち尽くしてしまった。
退屈になったミントがクルミの挟まっているタンスに向かって「でておいで~」とやりはじめる。他にすることもなかったのでリリーたちも呼びかけに参加したが、クルミは頑として説得に応じなかった。
「しばらくほっとけば頭が冷めるでしょ」とイヴが言ったのでひとまず間を置くことにして、部屋にあるソファに座って時間を潰すことにした。
一枚の絵画のように、優雅に足を組んで座る姿がサマになっているイヴが気だるそうに口を開く。
「先生はたぶん学長に知らせにいったんでしょうね。それで学長から魔法伝書で母……女王に連絡されて、そこから聖堂主に連絡がいって、ミルヴァのほうに連絡されるんでしょ」
「……伝言ゲームみたいだね」
とリリーは素直な感想を漏らす。
「お役所仕事なんてそんなもんよ。まあでもよかったんじゃない? ミルヴァまで連絡がつけば従者が取りに来てくれるでしょ。そうなったらアタシたちはもうお役御免よ」
「でも、そうだとすると時間がかりそうだね……」
これは結構待たされるんじゃ……とリリーは嫌な予感がしていた。
ミントはすでに長期戦を予想したのか、それとも何も考えていないのか、シロの膝枕で寝息をたてていた。シロは何時間見てても飽きないといった様子でその寝顔を眺めている。
クロはソファに浅く腰掛け、背筋を伸ばしたまま虚空を見つめていた。何が見えているのかいないのか、そのポーズで固定された人形のように微動だにせず天井の隅を凝視し続けている。
皆の様子を眺めていたイヴは大きなアクビをひとつすると、
「ま、最悪、家具をブッ壊してでも引きずり出して、鎖で縛ってでも転送装置に乗せればいいだけでしょ」
と気楽に言い放つ。
その言葉に反応するように、クルミが籠城しているタンスがガタンと揺れた。




