03
「ねぇねぇ! キミ、リリーだっけ? 女神様と友達だってさっき言ってたよね? よし、ボクを女神様のところに連れてって!」
「イヤよ!」
リリーの代わりに即答したのはイヴだった。
「誰がアンタみたいな小生意気なヤツ、連れて行くもんですか! リリー、構わないからそのへんに放り捨てちゃいなさい!」
教育ママのような厳しさで怒鳴りつけられ、リリーは気後れする。
「え、う、うん……」
しかし聖剣はなおも食い下がる。
「ちょっとちょっとちょっと! ボクのこと勝手に起こしといて、勝手に捨ててく気!? それは捨て犬を小さい頃は可愛がって、大きくなったらまた捨てるのと同じコトなんだよっ!?」
「なにワケのわかんないこと言ってんのよ! そんなヤツの言うことなんてほっといて、いいからさっさと捨ててきなさいっ!」
「ひどいひどいひどいっ! そんなんじゃ冒険者としても見習いどころか、人間としても見習いだよっ!? うわあーんっ! 見習いに不法投棄されるーっ!?」
「あぁ、うるさいわねぇ! 口が聞けないように鉄クズにして捨ててやりましょうか!?」
イヴと聖剣の間で板挟みになるリリー。
おろおろと、一人と一本のやりとりを視線を泳がせ聞いていたが、やがて「「どーすのよっ!?」」と同時に問い詰められてしまった。
「あ、え、えーっと……ね、ねぇ、イヴちゃん……この子、連れてってもいい?」
リリーは子犬を拾ってきた子供のような瞳で、イヴにすがった。
こんなとき子犬は弱々しくキューンと鳴いて母親の情を誘うものだが、
「そうだそうだ! 連れてけ連れてけ!」
聖剣は逆効果ともいえる野次を飛ばした。
リリーは逆風にもめげず、イヴの機嫌を伺う上目遣いをした。
「偶然とはいえ私たちが抜いちゃったのは事実だし……それにミルヴァちゃんの剣なんだったら捨てずに届けてあげたいな……なんて……」
リリーの出した答えにイヴはハアッ、とことさら大きな溜息をついてみせた。
イヴは心の中でつぶやく。アンタがそう言い出すのは予想済なのよ……と。
剣を手にした時点ですでに情が移ってしまっている……アダ名をつけたことからも明らかだ。
好意を持った相手のためならかなりの無茶も聞き入れる……リリーはそういう子だ。
そして次に予想できる行動としては、この小事が元で膨らんでいった大事に向かって突っ走る……。それでさらなるトラブルに巻き込まれるのだ。
リリーは別段優れた能力があるわけではない。いたって普通……いや、普通より少し劣るかもしれないくらいの冒険者だ。
しかし変化を欲し、不思議を嗅ぎつけ、困難に招かれる才能だけはなぜかあるようで……一緒にいるだけでいろんな冒険がフルコースのように運ばれてくる。
アタシの中には一緒にそれを味わいたい気持ちと、ほっとけないという気持ちが半分ずつあって、だからこそ側にいるんだけど……。
でも、いくらなんでもこんな図々しい剣にまで情けをかけるなんて、物好き過ぎじゃないの。そんなんでトラブルに巻き込まれるのは正直シャクだ。
イヴはそこまで考えて、はたと思い直す。
でも今回はあまり気にしなくてもいいかもしれない……と。
この口うるさいのを引きずって、洞窟からツヴィートークに帰るだけの話だ。
修学旅行の最終日なので、ズェントーク女学院に行けば転送装置を使わせてもらえ、即座にツヴィートークに戻れる。
なので実質、洞窟からメリーデイズ、メリーデイズからズェントーク女学院までの道のり……大事になる要素は皆無の短い道中だ。
イヴは両手を腰に当て、依然として教育ママのような視線で一人と一本を見据えた。
「……いいわ。ただし、ひとつ条件がある。クルミ、アンタは今後一切アタシたちをバカにした態度を取らないこと。いいわね? 見習い冒険者だと思ってナメた態度をとったら、燃えないゴミ山の聖剣にしてやるからね……?」
イヴが凄味をきかせると、聖剣クルミは居住まいを正すように垂直の身体をさらにピンと伸ばし、
「わ……わかった、約束するっ!」
片方の鍔をパッとあげて敬礼するような仕草をしてみせた。
「ありがとう、イヴちゃん! よかったね、クルミちゃん!」
リリーは顔をほころばせ、クルミの柄に頬を寄せようとしたが、突っ張った鍔により拒絶されていた。
その様子にイヴはまた軽く嘆息する。
「……リリー、もう雨も止んだみたいだからここを出ましょう。まずはメリーデイズの街まで戻って馬車を拾いましょうか」
押し返しにもめげず鍔に頬ずりをしていたリリーは顔をあげる。頬を押し当てていたせいでくっきりと翼の跡がついていた。
「うん、わかった。でも……クルミちゃん、どうしよう? 鞘に入ってない剣を持ったまま街を歩くわけにはいかないよ」
バスティド島の法度については王都から発令されるものの他に、その地方で制定されたものがある。
ほとんどの地方では集落への立ち入りの際、冒険者の武器とされるもので刃があるものは鞘に入れるなり覆いをするようにと定められている。
たまに荒くれの冒険者などが決まりを無視して抜き身の武器を携えているが、その場合は衛兵とモメることになる。衛兵によっては見逃すことがあるが、その場合は荒くれが有事に巻き込まれても助けたりはしない。
ようは喧嘩上等の覚悟が必要というわけだ。
もちろんリリーにはそういう気概はない。しかしイヴは違うようだった。
「別にいいじゃない、そのまんまで。衛兵がなんか言ってきても知らんぷりしとけばいいでしょ」
イヴは身分こそ隠しているものの、この国の王女だ。
ゆくゆくはこの国を治める立場の者とは思えないことを平然とのたまう。
「そ、そういうわけには……」
「面倒くさいわねぇ、ならそのへんの葉っぱにでも包んで持ってけばいいでしょ」
イヴはさも適当に答えたが、クルミにとってはおぞましい案だったようで「ヒィーッ!?」と悲鳴をあげた。
「いっ、いやあーっ! 葉っぱなんていやぁーっ! カシワモチじゃあるまいし!」
「もう、贅沢言うんじゃないわよっ! 連れてってもらえるだけで有り難いと思いなさいっ!」
いまにも掴みかからんばかりのイヴをリリーは手で押しとどめた。
「まぁまぁイヴちゃん……ところで、カシワモチってなに?」
イヴは「知らないわよ!」と怒鳴り返すが、その背後で傍観に徹していたクロの口が規則正しく開閉した。
「……東の大陸、シブカミ発祥の菓子。餡を挟んだ餅を、カシワという樹木の葉っぱで包んだもの。シブカミでは春の祭事の際によく食される」
開口一番飛び出した薀蓄は読み上げているように淀みがなかった。
「ああ、オモチの一種ね。……美味しいのかな?」
まだ見ぬ餅に思いを馳せるリリーと、その腕の中で大騒ぎするクルミ。
「なんでもいいから葉っぱだけはやめてぇーっ!」
クロと同じく傍観……というか、見守るような視線を向けていたシロが「あ、あの……」と遠慮がちに小さく手をあげた。
彼女は引っ込み事案なせいか声もか細く、発言してもそのまま流されてしまうことがよくある。なので発言前には手をあげるクセがついていた。
たまに場の空気を読み違えて何も言えずに手を引っ込めることもしばしば。
「あの……ハンカチを使ってお包みするというのはいかがでしょうか?」
極めて控えめに出された案ではあったが、他に候補もなかったのでそのまま採用となった。
シロが大量のハンカチを持っていたのでそれを使って覆い隠そうということになった。
鞘に入っていなくても刀身が露出していなければ衛兵も見逃してくれるだろう、という判断だ。
クルミは最初乗り気ではなかったが、葉っぱよりはマシということでハンカチで妥協した。
何枚ものハンカチで刀身を包み、さらに上から紐を巻いて愛用の片手剣と一緒にクルミを腰に携えるリリー。
少女にとって、生まれて初めての二刀流だった。




