48 エピローグ
イフリートはダモンドの街の中央広場で、彫像のように石化した。
街の人たちは気味悪がり取り壊そうとしたが、シロの飛翔を目撃しインスパイアを受けた芸術家が彫り変えを申し出た。
そして……イフリート像は『女神と5人の天使たち』として生まれ変わった。
慈母のようなやさしい微笑みをたたえ、大きな翼と両手を広げる長い髪の女神。
周囲には楽しそうに飛び回る5人の天使たち。
像の出来は素晴らしく、ダモンドの街の酒造にかわる名物となった。
女神の像をひと目みようと人がつめかけ、連日お祭りのような賑やかさになった。
そして訪れた秋祭りの日には街は人であふれ、かつてないほどの盛況を見せていた。
リリーたちもドワーフ夫妻の招待を受け、秋祭りに参加した。
秋祭りは「女神祭」と名前を変え、女神を称える祭りとなっていた。
祭りではドーナツ大食いに挑戦しイヴが新記録を打ち立て、ミントは見世物の軽業に飛び入りして拍手喝采を浴び、クイズ大会ではクロの知識で見事優勝、ダンス会場では皆で踊りまくった。
お酒が振る舞われたが、リリーたちは飲めないのでかわりにぶどうジュースをもらい、大人たちと肩を組んで歌ったりした。
声が枯れるまで笑い、くたくたになるまで踊り、いっぱい飲み食いしてリリーたちは祭りをあますとこなく楽しんだ。
そうして夜を迎えると、街をあげた花火大会が始まった。
リリーたちは喧騒から離れ、街のはずれにある小高い丘に来ていた。
打ち上げ花火が始まったのでよく見える場所に移動しようということになったのだ。
「わぁ、すてきな眺めですね」
祭りの灯りが宝石のようにちりばめられた街から、次々と光の筋が打ち上げられ、夜空で開花する。
こぼれた宝石箱のような、贅沢な景観だった。
「へへ、いいでしょー? 小さい頃、ママに教えてもらったんだ。ここなら花火もよく見えるよ」
丘の上は見晴らしがよく、街の広場もよく見通せる。
リリーとシロは芝生のような場所を見つけてその場に座りこむ。リリーは女の子座りをしたが、シロはこんなときでも正座だった。
少し離れたところではイヴ、ミント、クロの三人が花火に向かって「野次飛ばしごっこ」をして遊んでいる。
バスティド島はまもなく冬を迎えようとしていた。
澄んだ夜の空気は来るべき季節を感じさせヒンヤリとしていたが、お祭り騒ぎの後の火照った肌には気持ちよかった。
丘からも見える女神像は色とりどりの花でかざられていた。
足元から照らされた光と相まって、虹の奇跡を起こしているような神秘的な美しさを醸し出している。
あの女神像はミルヴァではなく、シロがモデルになっているのをリリーは感づいていた。
女神のまわりにいる天使はリリーたちと同じ髪型をしている。そのなかにはミルヴァもいた。
天使の中にシロはいなかったが、女神はシロと同じ長い髪をしていた。正直なところ……顔も似ている。
しかしリリーはそのことを言わずにいた。
極度の恥ずかしがり屋のシロのこと、自分が像になってしかも名物になっていると知ったら羞恥のあまり卒倒してしまうと思ったからだ。
「女神像、とっても美しいですねぇ」
それが自分であるとはつゆほども思わず、シロはうっとりしていた。
「そうだね、ミルヴァちゃんとは似ても似つかないけど……」
聖堂にあるミルヴァ像のように、造形物と本物のギャップってこうやって生まれるのかもしれない……とリリーは思った。
「ミルヴァさんは、お元気でしょうか?」
「最後は大変だったよねぇ……帰りたくないってダダこねて……でもあの調子なら元気なんじゃないかな?」
ホーリーデーの最終日、ミルヴァはイヴの部屋のクローゼットに籠城し、帰るのを断固拒否した。リリーたちともっと冒険したいと泣きわめいた。
迎えに来た従者の人たちは困り果て、説得を試みたが失敗に終わった。
しかも途中からイヴとミントがミルヴァ側について事態は混迷を極めた。
最後はシロが小さい子を諭すようにやさしく因果を含めて、ようやく天の岩戸を開けさせることに成功した。
「あ……」
不意に秋の霞のような風が吹いて、シロの黒髪が光沢とともになびいた。
背中の翼から羽根がふたつはぐれ、ひらひら絡み合って足元に落ちる。
淡い桜色の指先が、その羽根をそっと拾い上げた。
「……それ、どうするの?」
「散らかすとご迷惑になりますので、持ち帰ります。最初はペンなどにして使っていたのですが、量が多くて……お布団の詰め物などにしようかと考えております」
「ねぇねぇ、それ、私にちょうだい!」
お恵みを受けるように両手を差し出すリリー。
「はい、こんなものでよろしければおいくらでも……でも、本当によろしいのですか?」
見る人によってはゴミだろうと思いシロは羽根を散らかさないよう心がけていた。
こんなものを差し上げるなんて、失礼にあたるのでは……と逆に申し訳なさそうにしつつ羽根をリリーの手のひらに乗せる。
リリーは受け取った羽根を頭のティアラに差し込んだ。
ティアラに添えられた純白の羽根はあつらえたようにピッタリとはまり、翼が生えたような見た目になった。
シロちゃんの羽根でパワーアップしたよ! とリリーは満面の笑顔を浮かべた。
シロも慎ましい笑顔を返す。その背中で揺れる翼は咲き誇るカスミ草のようで、まるで花畑をバックに微笑んでいるように見えた。
可憐なその姿に、リリーのやる気が沸いてくる。
「よぉーしっ、絶対に天空界に行くぞっ!」
握り拳をつくり新たなる決意表明をする。
「天空界……ですか?」
「うん、シロちゃんのママって天空界にいるんだよね? ならシロちゃんをママに会わせてあげる! 今すぐは無理かもしれないけど……ロサーナさんからもらった『天空蔦の種』もあるし、いつか絶対にね!」
大きく見開いたシロの瞳が水鏡のように揺らいだかと思うと、光る粒が溢れ出た。
「えっ、な、なんで泣くのっ!?」
「……ありがとうございます……。私みたいな人間が、こんなに思っていただけるなんて……私、私……リリーさんと出会えて、本当に幸せです……」
ダイヤモンドのような粒をぽろぽろと落としながら、シロはまっすぐリリーを見つめた。
映り込む顔がほっと胸を撫で下ろす。
「ああ、びっくりした、てっきり嫌なのかと思ったよ! もう、このぉーっ!」
リリーはふざけてシロに飛びついた。はずみで頬に唇が触れる。涙のしょっぱい味がリリーの口いっぱいに広がった。
リリーはやりすぎたと後悔したが、シロに嫌がる様子はなかった。むしろ自ら頬を寄せる。
「あの、私……リリーさんと、もっといろいろな所に行きたいです。リリーさんといっしょに、いろんなものを見て、感じて、いっしょに泣いたり、笑ったりしたいです……」
その言葉はリリーの身体の中で花火となって打ち上がった。不安の雲をかき消すようにドドーンと大輪の花を咲かせる。
リリーは子供の頃からずっと、シロを一方的に連れ回していた。
やさしいシロはどこへ誘ってもついてきてくれた。あとあと怒らてしまうような状況でも、お願いすれば困り笑顔で承諾してくれた。
そんなシロに甘え、リリーはどこへでも連れて行った。
自分なりに「世間を知らないシロにいろんなものを見せてあげたい」という大義名分はあったが、実のところ自分がシロと一緒に居たかっただけなのかもしれない。
新たな場所にナチュラルに驚き、喜んでくれるシロ。
その笑顔をもっと、もっと見たい……でもそれは自分が得したいだけなんじゃないかと思い悩むこともあった。
でもシロは行きたいと言ってくれた。
もっといろんなものを見たいと言ってくれた。
いっしょに感じたいと……言ってくれた……!
「もっ、もひろ……!」
頬に口をつけていたのでうまく声が出ない。ぷはっと口を離す。
「もちろんだよ! 地下は制覇したから、あとは世界の果てと海の底と空の彼方だよね! でも、大変だよぉ~? シロちゃんについてこれるかなぁ?」
「はいっ! リリーさんに、どこまでもついていきますっ! これからもずっと……ご一緒させてくださいっ!」
向き直ったシロは、三つ指ついて深々と頭を下げる。
「じゃあ明日からさっそく……くしゅん!」
ついくしゃみが出てしまう。祭りのときは気にならなかったが、今は半袖だと少し寒い。
マントにくるまろうとしたが、それよりも先にやわらかい感触が身体を包んだ。
シロの翼だった。あの時のように大きくなった翼が、リリーの身体を包んだのだ。
「わぁ……あったかい……!」
翼に身を委ねるリリー。あたたかくて、やさしくて、心が落ち着く。
それにシロのいいニオイもする。まるで母親の腕に抱かれているような気分になった。
「ふふ……私、この翼、大好き!」
「はい、私も……大好きですっ!」
リリーとシロはお互いにおでこをくっつけ合わせ、クスクスと笑った。
「ちょっと、もうちょっと詰めなさいよ!」
いきなりふたりの間にイヴが割り込んでくる。
「あったかいねぇ~」
続いてミントが乱入し、ヌクヌクしだす。
「……」
わずかな隙間にクロが挟まる。
「ちょっとアンタ、くっつくんじゃないわよ!」
「ああん、もう、はみ出ちゃう!」
「ねむくなっちゃった~!」
「ああっ、みなさん、そこはいけませんっ、めくれてしまいます……あんっ」
シロの翼のなかはあっという間に賑やかになった。
「最後の花火」
クロの一言で皆ピタッとおしゃべりをやめて、街に注目する。
花火大会の大トリをかざるのは仕掛け花火だった。
リリーたちのいる丘の向かい、街を挟んで反対側の丘に、5人の天使の絵が火花とともに浮かび上がる。
同時にいくつもの光の筋が空に放たれ、夜空を花火が埋め尽くした。
丘には最後の仕掛け花火が浮かび上がる。
それは……リリーが今見つめている横顔と同じ、控えめな微笑みをたたえた女神の花火であった。
「空から来た少女」完結です。
次はミントの話か、クロの話か、全然関係ない話になる予定です。
例によって気が向いたらまた掲載させていただきます。
それでは、拙い文章を最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。




