17
釣りをあきらめた私たちは部屋に戻ることにした。揃って客室の廊下を歩いていると、
「みてみて~!」
ひらひらのドレスを着たミントちゃんが駆け寄ってきた。
「ど、どしたの、それ?」
部屋を出て行ったときから見違えるようにドレスアップした彼女を、思わず上から下まで何度も見てしまった。頭にヒマワリの髪かざり、そして黄色のドレスにもところどころヒマワリがあつらえられており、スカートは花びらみたいにレースが幾重にも折り重なっている。靴もいつものスニーカーではなく、ヒマワリがくっついた子供用パンプスみたいなのを履いていた。
「きせてもらったの!」
上機嫌な様子で、バレリーナみたいにクルクル回っている。
「着せてもらった、って……えぇ?」
花の妖精みたいなミントちゃんに引っ張られながら部屋まで戻ると、
「おかえりなさいませ、レディ」
レディさんと、私たちの荷物を部屋まで運んでくれた女の人たちが出迎えてくれた。部屋の中にはきらびやかな衣装がハンガーラック単位で運び込まれており、イヴちゃんは差し出されたドレスを見繕いながら「コレいいわね」なんて言っている。
「こ、これはいったい……」
何なのだろうか。このセレブリティ溢れる空間は。夢かと思ったが、夢のわけはない。だってこんな世界、一度も見たことないもん。
「これからディナーパーティですよ。さぁ、お召し物をお選びください」
レディさんは立ちつくす私のテンションと対照的な、弾む声で促してきた。
「ふぁっ?」
現状が把握できてない私は寝耳に水、というか、本当に耳に水が入ったみたいな間抜けな声を出してしまう。
「な、なぜに……」
私はどうもこういった世界のことになると思考停止してしまう。なおも立ちつくしていると、
「そんなカッコでパーティに出るわけにいかないでしょ、さっさと着替えなさい」
野暮なことを言うな、という態度ありありなイヴちゃんの声が飛んできた。私たちがパーティにでるのはもう決定しているらしい。
「どれがよろしいですか?」
なおも弾む声で促されたので、
「じゃあ、いちばん青いドレスで!」
半ばヤケ気味に言い切ってしまった。なぜかパーティに出ることになってしまったが、もう後にはひけない。「こちらなどいかがでしょうか?」と鮮やかな青のドレスを選んでくれたので、それに即断した。
手伝ってもらいながら着替えていると、早々に選び終えたクロちゃんが目に入る。頭には黒薔薇のコサージュ、真珠の首飾り、飾り気のないシンプルな黒いドレスに身を包んでおり、部屋の隅で壁の花のごとく立っていた。その姿はいつものぼんやりした眼とあいまって、なんだか妖艶なカンジに見える。
「まあ、よくお似合いですよ」
着替え終わった私を見てレディさんはそう言ってくれた。鏡を見てみると……頭には白い百合の花、吊るす肩のところの布が片方しかなくって右肩が露出している青いラメラメのドレスは思ったより丈が短かくて、サンダルみたいな靴は歩きにくかった……でもまあ馬子にも衣装というやつで、普段よりは多少マシに見えるんじゃないかな……と思っていたら、私の背後にシロちゃんがいた。
「あっ、あのあのあの……」
振り返ると、白いドレスを着た挙動不審な彼女がいて……胸と背中が大きく開いたそれはシロちゃんの肌の白さとプロポーションの良さがよくわかる感じで、女の私でも深く切れ込む谷間に目を奪われてしまった。
「あのっ、あの……はうぅ」
ただ、本人はかつてないほどに動揺しており、ロレツがまわっていない。私と彼女は子供の頃からのつきあいだが、こんなに肌を露出した服装を見るのは初めてだった。たぶん、死ぬほど恥ずかしいんだと思う。でもせっかく選んでもらった手前、性格的にイヤとは言い出せないんだろう。
「もっと、肌の露出がないドレスが良いそうなので、お願いします」
彼女の気持ちを代弁して伝えると、「かしこまりました」と言われて、次の瞬間、
「す、すみませぇんっ!」
シロちゃんは髪の毛の先が地面につくくらいの角度で頭を下げた。なんだかもう、半ばパニック気味だ。
「お気になさらず、気に入らないところは何なりとおっしゃってくださいね」
落ち着いたやさしい声をかけられると、シロちゃんはゆっくりと頭をあげる。
「はっ、はひぃ」
その顔は涙ぐんでいた。……そんなに恥ずかしいならパーティに出ないほうがいいんじゃないか、と一瞬思ったが、彼女の恥ずかしがりな性格を少しでも変えるいい機会なんじゃないかと思いなおし、様子を見ることにした。
「ドレス選びは楽しみながらやるものです。一緒に選ぶ私どもも楽しんでおりますので、いくらでも付き合いいたしますよ」
その華やいだ声と笑顔は、嫌味がなかった。ドレス選びは楽しみながら、か……なるほど。おそらく一番最初に選びはじめたイヴちゃんはまだ決定しておらず、何度も試着を繰り返している。まわりの人たちはそれに嫌な顔ひとつせずに付き合っているので、本当に楽しいのかなと思ってしまった。
……私もいつかは、魔法の胸あてじゃなくてドレスにときめけるようになるのだろうか。
シロちゃんが次に選んだドレスによって露出は一気に減ったようだったが、それでも胸の形がよくわかる。まだ恥ずかしいみたいで、寒さに耐えられない人みたいに身体を縮こませていた。大きく開いた胸元と大胆なスリットの入った真紅のドレスを着たイヴちゃんが見かねた様子でやってきて、
「ほら、モジモジしない。それじゃまるで病人みたいじゃないの」
シロちゃんの肩をガッと掴んで、背筋を伸ばすよう促す。
「はっ、はいぃ」
必要以上に胸をそらしたシロちゃんは目をぎゅっと閉じて、搾り出すような声をあげる。
「アンタがそんなだと、一緒にいるアタシたちが恥をかくんだから」
身に着けていたショールを外してシロちゃんの肩にかけると、慣れた手つきでそれを巻きはじめた。やがて胸元が目立たなくなるアレンジがショールによって施され、さらに優雅なカンジもプラスされた。
「シャンとするの、いいわね?」
言いながら、最後に胸元で結び目をつける。
「がっ、がんばります!」
背筋に氷でも入れられたかのようにシャキッとするシロちゃん。白い総レースのドレスはアゴの下から腕全体までもがレースで覆われており、清楚なカンジだった。前腕のところに長い袖がついていて両手を広げると羽根みたいに見える。……シロちゃんが天使に見えたのは今日二回目だ。
「そう、そのほうがずっとキレイよ」
面倒見のいいお姉さんみたいに微笑むイヴちゃん。珍しい。イヴちゃんが人を褒めるなんて……と思っていると、目が合った。私の好奇の視線を察したのか、
「……で、でも勘違いしないのよ、アタシに比べたらスッポンみたいなレベルなんだからね」
いつもの素直じゃないところを発揮した。
「はいっ!」
スッポンにたとえられて喜ぶ女性はいないと思うが、シロちゃんには真意が伝わったらしい。ずっとこの世の終わりみたいな表情をしていた彼女に、やっと笑顔が戻った。




