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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
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「わあっ、ゆ、揺れる!?」


 イフリートの起こした地震によりリリーたちはヒザをつき、そしてとうとう這いつくばってしまった。

 熔岩の滝から飛び出した火の球が次々と広場に着弾する。


「あっ、熱っ!!」


 転がってきた火球が太ももに当たり、のたうち回りながら逃げる。


「フ、フ、フ……どうした……まだ、身震いしているだけだぞ……!」


 アリのように逃げ惑うリリーたちを見下ろすイフリート。


「くっ……卑怯よっ! そんな所で見てないで、こっちに来て戦えーっ!!」


 ショベルで火球を打ち返しながら懸命に叫ぶホーマイ。


「では、そちらに行ってやろう……」


 小太陽のようなイフリートの顔が近づいてきた。


「ギャアーッ!? 熱い熱い熱い!!」


 たまらず絶叫しながら広場の端へと逃げるリリーたち。

 しかしホーマイは歯を食いしばって熱さをこらえ、自分の何十倍もの大きさのある顔面に立ちはだかった。


「くうっ……こ、これでもくらえええーっ!!」


 ハンマー投げのように振り回した鎖分銅を投げつける。

 太い鎖の先についた大岩がイフリートの頬に当たったが、ジュッという音とともに消失した。


「い……岩が……溶けた……!?!?」


 鎖分銅の先は溶解し、赤熱した鎖だけが残った。あまりの熱さとあまりの絶望に、大の字にブッ倒れるホーマイ。


 笑いながら戻っていくイフリート。リリーたちはホーマイに這い寄った。


「ほ、ホーマイさん!? しっかり!!」


「く、ううっ……り、リリーっ」


「な、なに!?」


「だ、ダーリンを、許してやってちょうだい……。わ、私のために仕方なくやったことなの……」


 ダーリンって、もしかして酒蔵のおじさんの事だろうか?

 なんだかイメージに合わない気もしたが、今はそんなことはどうでもよかった。


「う、うん! わかってる! 悪いのは全部イフリートだから! だ、だからしっかりして! ホーマイさんっ!」


 ホーマイの身体を揺すって励ますリリー。


「あ、ああ……死ぬ前にひと目、ダーリンに会いたかったわ……」


 ホーマイは天井をまっすぐ見ながら落涙したが、涙はすぐに蒸気となって消えた。


「あっ、これ、アタシのポーチ!!」


 イヴがホーマイの腰に携えられた革のポーチを取り上げる。

 赤革でできた高級そうな小物入れ。リリーも見覚えのあるイヴ愛用のウエストポーチだ。


 よく見るとホーマイの腰にはたくさんのポーチがぶらさがっていた。

 ミントの緑のポーチ、シロの純白のポーチ、クロの漆黒のポーチ、ミルヴァの青い布袋。


「ああ、それは……ここに来る途中、インプどもから奪い取ったの……アナタたちのものだったのね……」


 むっくり起き上がったホーマイは腰のベルトからポーチを外し、皆に渡す。


「ほらリリー、イフリートの攻撃が止んでるわ。このスキにアイツを倒すを手を考えなさいよ」


 受け取ったポーチを腰につけながらイヴが促す。

 確かにイフリートは見下ろす位置に戻り、リリーたちがどう出るかを待っているようだった。


「ううっ、急にそんなこと言われても……すぐには思いつかないよぉ」


 不安そうに視線を泳がせながら、迷子になった子犬のように呻くリリー。

 困り果てているように見えるが無意識のうちに周囲の様子を伺い、反撃のきっかけがないか探している。


 しかし……何の光明も見つからない。

 しばらくウンウン唸って考えてみたが、何の考えも沸いてこなかった。


「退屈だ……もっと、もっと道化を演じてみせよ……!」


 しびれを切らしたイフリートが再び動き出す。

 すぐに殺さなかったのは、予想外の反撃を用心してのことだった。


 しかしこれだけ猶予を与えてもミルヴァは何の行動も起こしてこない。

 炎の魔人は眼下にいる女神に力が無いことを悟った。


 かつては圧倒的な力を持つ神であったが、今やその気になればいつでも殺せる相手に成り下がった。

 ならば……(いにしえ)に与えられた苦しみを何倍にもして味わわせる。


 昆虫の手足をもいで、胴体だけで蠢く様を眺める子供のような……嗜虐の情念が沸き起こる。

 自ら殺してくれと懇願するようになるまで、嬲り尽くす決意をする。


「フ、フ、フ……踊れ!」


 裂けた大地のようなイフリートの双眸がカッと光る。


 今度は何を仕掛けてくるかと身構えるリリーたち。

 その足元から、ゆらりと陽炎がたちのぼる。


「今度は何じゃ!?」


「!? うわっ、ゆ、床が……!?」


「何これっ、熱っ!?」


「あぁん、あついよぉーっ!?」


「ああっ、足が……足が!」


 床が鉄板のように熱くなる。あっという間に靴底が焦げ、足の裏が焼けるように熱くなる。

 たまらずリリーたちは足を上げる。でも片方の足も熱くなり、接地する足を交代する。


 足の裏に焼けた火箸を押し当てられているような激痛が走る。

 悲鳴をあげながら飛び跳ねるリリーたち。

 さっきまで死にそうだったホーマイも飛び起きてあたりを走り回っている。


「フ、フ、フ……! 踊れ! 踊れ! もっと踊るのだ……!!」


 阿鼻叫喚のリリーたちを見て、上質のダンスショーを見ているかのように満足そうなイフリート。


「し、シロちゃん、がんばって! 倒れちゃだめっ!!」


 崩れ落ちそうなシロをかばうリリー。倒れたら足裏の火傷だけじゃすまなくなる。


「ちょっとクロっ! アンタはなんで平気なのよっ!? 熱くないの!?」


 唯一棒立ちのクロを見て、八つ当たりするようにイヴが怒鳴った。

 クロは読み上げるように「熱い」とだけ答える。


 しかし表情と行動に表さないだけで身体に被害を受けているのは間違いなかった。

 クロの足元からも皮膚のこげる匂いがたちこめている。


「ああん、あついよぉ、たすけて! たすけてぇーっ!!」


 ミントは耐えきれず、とうとう泣き崩れてしまった。

 崩れ落ちた拍子にヒザをつき、ジュウと皮膚を焼かれた。


「うわあぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!」


 まな板の上の魚のように床を跳ねながら、泣き叫ぶミント。


「み……ミントちゃんっ!!」


 シロと二人三脚のようになったリリーが駆け寄りミントを抱き起こした。嗚咽を漏らしながら、必死にリリーの身体にしがみつくミント。


 すでにシロを支えている状態のリリー。もはや誰かを助けている余裕はなかったが、こんな小さな子を拷問のような目にあわせるわけにはいかない。ミントを抱いている重さの分、皮膚はさらに熱を押し当てられたが、歯を食いしばってこらえる。


 見ると、イヴにはクロが寄りかかり、ミルヴァがしがみついていた。


「すまぬ、すまぬ……すまぬイヴっ!」


「謝んじゃないわよバカっ!! アタシがこんなので音を上げると思ったら大間違いよっ!!!」


「……」


「クロ! アンタは少しくらい謝んなさいよっ!!」


 文句を言いつつもクロの腰をしっかりと抱いて支えるイヴ。

 イヴは誰よりも気丈だったが、他の誰よりも険しい顔をしていた。歯を食いしばるあまり口から血が垂れ落ちている。


「倒れた仲間の上に乗れば熱くないぞ……フ、フ、フ……!」


 空から降るせせら笑い。

 リリーとイヴが我慢できなくなって、いつ仲間たちを放り出すのか楽しみにしているようだった。


 放り出したが最後……争いが始まる。

 共に手を取り合ってきた者同士が醜く罵り、掴み合い、引きずり倒し、敗者を踏みつける……!


 下敷きになった敗者は全身を焼かれる……その苦痛のは足裏の比ではない。

 逃げようにも強く踏みつけられているため、悲鳴はきっと、鉄板に押し付けられた肉のようになるであろう。


 それだけではない。仲間を捨て、仲間から捨てられたという事実が、絶望の炎となってそこにいる全員の身体の内を焼き尽くす……!


 そうなればもはや手を下す必要もなくなる。

 あの小さな女神は人間たちの手によって、よってたかって蹂躙され、ただれた肉の塊と化すのだ……!!


 いままで信奉されてきた人間の手にかかるのは、このうえない屈辱のはず。

 イフリートにとってはまさしく最高のショー。長きにわたる凌侮を晴らす、至高の雪辱となるであろう。


 次の演目で起こるであろう女神の断末魔を想像し、顔をほころばせるイフリート。

 眼下で仲間を支え続けるふたりの少女はもはや限界で、最終章の幕開けは時間の問題だと考えていた。


「ぐあっ! ぐあっ……ぐああああああああああああああーーーーーーーーーっ!!!」


 骨まで達する灼熱に、生きたまま焼かれる獣ような悲鳴を轟かせるイヴ。

 リリーはとうとう足をあげる気力も叫ぶ気力もなくなり、亡者のようにふらつきはじめる。


「ああ……も、もう、だ、ダメ……い、意識が……なくな……る……ご、ごめん……ね……シロちゃん……ミントちゃん……」


 ぐらりと揺れるリリー。


「リリーっ!!! これを……これを……!!!」


 しかしミルヴァの声によってわずかに意識を引き戻された。

 霞む視界のなか、何かが飛んできていた。


 反射的にそれをキャッチするリリー。

 手のひらの中には小さなキューブがあった。


「これ……は……」


 見覚えのある六面体だった。


「布袋に入っておった『神の賽』じゃ……!! 念じながら、それを振れっ……!! そして……大洪水の目を出すんじゃ……!!」


「なにっ!? か……『神の賽』だとっ!?!?」


 イフリートはミルヴァの喚き声を心地よく聞いていたが、『神の賽』と聞いた途端動揺しはじめる。


 『神の賽』……振って出た目の天変地異を起こすというゴッドアイテム。

 出目は「大洪水」のほかに「大火災」「大竜巻」「大落雷」「大地震」「大隕石」がある……!!


 大洪水が出れば、たしかにこのピンチを脱出できるかもしれない。

 しかし……確率は6分の1……!?


「うう……っ!!」


 サイコロを握りしめ、激しく逡巡するリリー。

 出ればいいが、出なかったら……!?


「なにやってんのよリリーっ!! 運まかせならお手の物でしょ!? さっさと振りなさいっ!!」


「ふってー! リリーちゃんならだいじょうぶだよっ!!」


「リリーさん、お、お願いいたしますっ!!」


 仲間たちが次々とリリーに向かって叫ぶ。クロの口も「振って」と動いた。


「よ、よせ……!! 振るな……!! 振るなぁっ!!!」


 ひとり反対するイフリートはヒステリックに叫んだ。

 たとえ6分の1でも出てしまったら終わりだと慌てて手を伸ばす。


「振れっ……!! 振るんじゃ……!! リリーーーっ!!!」


 女神の声は、撃鉄のようにリリーの背中を押した。

 弾かれるように身体を翻し、握りつぶそうとするイフリートの手を寸前でかわす。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 リリーは天に向かって吠えながら、ありったけの力を込めてサイコロを放つ。


「大洪水! 大洪水!! 大洪水っ!!! 出ろっ!!! 出ろっ!!! でろおぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 『神の賽』は回転しつつ、弧を描き地獄の底へと落ちていく。

 黄金の輝く光を振りまきながら、数倍の大きさに膨張する。


 リリーたちは出目を確かめるべく、賽を追いかけ広場の縁へと駆け寄った。

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