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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
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41

 イヴたちの挑発によって、インプたちは頭上にたたえた炎を火山のように噴火させていた。

 絵に描いたような怒髪天を衝いた様子に、リリーはあちゃあと顔をしかめる。


 クロが異種間コミュニケーションを成功させたというのに台無しになってしまった。相手はもはやこちらの言うことなど一切耳を貸してくれないだろう。

 

 いよいよこうなったら戦うしかないとリリーは覚悟を決め、状況把握のため素早く目を配らせる。

 相手は6匹。武器は片手剣と両手剣とツメと……ゴッドアイテム!?


 触れた相手に雷を落とすという強力なドンナーハンマーが敵の手にある……!

 今更ながらにとんでもないことに気付き、慌てて女神に尋ねる。


「ミルヴァちゃん、ドンナーハンマーってモンスターが使っても効果あるの!?」


「それはわからんが、雨雲がないから殴られても平気じゃろ」


 返ってきたのは楽観的すぎる回答だった。

 悩んでもしょうがないのでリリーは頭を切り替える。


 こちらの武器は曲がったショベルと小さなスコップと、今しがた取り戻した両手杖とタリスマン。

 しかしタリスマンはホーリーデーの影響で効果を発揮できない。両手杖は問題なく使えるとしても、クロの攻撃魔法は炎属性しかないのでインプたちには効かないだろう。


 装備をふたつ取り戻したものの、攻撃力で劣るのは依然として変わりない。

 となると……ここで優先すべきは武器の確保だ。


 チラリ横目で壁際を盗み見る。木箱に突っ込まれた資材のなかに何かないか……。

 しかし箱の中には燃え尽きた廃材のようなものばかりで使えそうなモノは見当たらなかった。


 リリーの作戦タイムはそこで時間切れとなる。


「ギャアッ!」


 号令一下、インプたちは一斉に襲いかかってきた。

 先陣を切って突っ込んでくる両手剣インプ。


 上段に振り下ろされた剣をリリーは後ろにステップしてかわす。

 足の間に切っ先がドカンと着弾する。ギリギリの回避に思わず腰を抜かしそうになってしまう。


 イヴが飛び出す。スキのできた両手剣インプめがけて鉄拳を放つ。

 ほぼ同時に走り出していた片手剣インプが割り込み、盾で拳をせき止めた。


 ゴインと鈍い音がした。片手剣インプの盾はリリーのものよりずっと硬そうな鉄の盾だった。

 鉄板を思いっきり殴ってしまったイヴは呻いて後ずさる。


「ギャアア!」


 続けざまの敵の攻撃。ミントの鉄爪を装備したインプがリリーに、ミルヴァのハンマーを持ったインプがイヴに襲いかかる。


 リリーは爪の攻撃を盾で防ぐ。が、度重なる酷使で限界にきていた木盾はついに大破してしまった。

 「あっ!?」と叫ぶ間もなく返しの爪攻撃がリリーの頬を切り裂いた。


「くっ……!」


 咄嗟に両手で顔をかばう。それでも敵は容赦なく爪の連続攻撃を浴びせかける。

 リリーの上半身がズタズタになり、血が滲んでいく。


 イヴもハンマーで滅多打ちにされていた。重い金槌の一撃は両手で防いでいても腕が折れそうなほどの衝撃があった。

 骨にヒビが入った瞬間ガードが崩れ、頭に強烈な殴打を受けてしまう。額が割れ、鮮血が噴出する。


 リリーとイヴはすでにボコボコだったが、怒りに任せたインプたちの攻撃の手は緩まなかった。


「ギャアアアーーーッ!」


 後ろから走ってきた素手インプ2匹が、恨みのこもった雄叫びとともに飛び蹴りを放つ。

 グロッキー状態のリリーとイヴはまともにトドメを受けてしまった。


「あうっ!!」「ぐはっ!!」


 肺から絞り出したような悲鳴をあげ、吹っ飛ばされるリリーとイヴ。

 後ろの仲間も巻き込み、廃材の山に突っ込んでしまった。


 敵は二重三重の波状攻撃を仕掛けていた。

 それらを全てまともにくらってしまいパーティの前衛ふたりはもうボロボロ、立つこともままならなくなっていた。


「だ、大丈夫ですか、リリーさんっ!?」


「気を確かに持て! イヴ!」


 深手を負った身体にすがるシロとミルヴァ。懸命に起き上がろうとするリリーとイヴ。

 クロはその様子をじっと見下ろし、ミントはじりじり迫ってくるインプたちを注視していた。


 そしてとうとう眼前に立ちはだかる片手剣インプ。

 リリー愛用の剣を、鷹揚ともいえるゆっくりとした動きで最上段にふりかぶり、勝利宣言のように鳴いた。


「ギャア……!」


 もう逃げられず反撃できない相手に対してするような、余裕たっぷりの一撃。

 もはや逆転などありえない、すでに決着してしまった勝負を閉じるための終幕の一撃。

 猛獣が獲物を狩るような、一方的な屠殺の一撃……!


 それが今、下されようとしていた。


 しかし虫の息で蠢く人間どもを眺めているうちに……インプの気が変わった。

 ……自分たちを騙し、嘲った卑劣な人間どもをすぐ楽にさせるわけにはいかない。


 勝敗が決した今、過剰な一撃は必要ない……薄皮を剥ぐような、じわりとした一撃でいい。

 そして何度も何度も斬りつけ、血の海でのたうち回るところを鑑賞しながら、じっくり、じっくりと嬲り殺しにしてやろう……!


 インプの顔がニヤリと嫌らしく歪む。血祭りの始まりだ。

 嗜虐のこもった残忍な一撃がいま、振り下ろされようとしていた……!


 シロとミルヴァは庇うようにリリーとイヴに覆いかぶさる。

 ミルヴァは身体が小さいのであまり覆えていなかったが、それでも懸命にイヴを守ろうとした。


 赤く霞む視界のなかで、リリーとイヴは最後の瞬間を意識していた。

 これで運も尽きたと誰もが思った。


 風切る音とともに迫る刃。

 その真下を一陣の緑風が横切った。


 ……ガキン!


 インプの太刀は寸前で、張り詰めた鎖によって遮られる。

 一瞬何が起こったのかわかず、リリーたちは、インプたちすらも固まってしまった。


「……ミントちゃん!?」


 目を見開くリリー。

 ちびっこ盗賊のミントが飛び出し、拘束する鎖を張り詰めて剣撃を受け止めたのだ。


「えーいっ!」


 死に際とは思えない可愛らしいかけ声とともにミントは飛び上がった。

 受け止めた刀身に鎖を巻きつけるように宙返りする。


 勝利を確信し、すっかり油断していたインプは鎖で剣を絡め取られ、手放してしまった。

 リリーはその一瞬を逃さなかった。


「す……スィーラ・サティル・リブレ……!」


 咄嗟に秘密の呪文を唱えると、満身創痍だった身体に力が戻った。むしろ絶好調のときのように身体が軽くなる。


 床に転がった片手剣に飛びつく。滑り込んだ勢いを利用してまだ呆然とするインプの腹部めがけて剣先を突き立てた。


 仲間の決死の軽業で生まれた最後のチャンス。

 地獄の底で掴んだ蜘蛛の糸。離してなるものかと柄を握りしめ、湧き上がった力をすべて叩き込む。


「う……うおおおおおおーーーーーーーーーっ!!!」


 どてっ腹に刺さった剣先が、背中から突き出る。


「グエ……!!」


 腹を抉られたインプはカエルのように鳴いて絶命した。


「ギャギャーッ!!」


 仲間を殺され逆上した両手剣のインプがミントに襲いかかる。

 逆転の口火を切った奴を許してはおけないと、壁際に逃げた小さな身体を追いかけた。

 追い詰められ、逃げ場をなくすミント。小さな子供であれインプは冷徹にギロチンのような刃を振り下ろす。


 狙ったのが他のメンバーであれば真っ二つにできていたかもしれない。

 ミントを狙ったのは完全な判断ミスだった。


 矢をも楽々とかわす少女の瞳には……両手剣の軌跡は退屈なほど重鈍に映った。

 額に当たるか当たらないかほどの直前まで刃先を引きつけ、ミントは消え去るように真横にステップした。


 ガシャンッ!!


 重量級の刃は何者も捉えることなく資材の入った箱に突っ込んだ。

 手応えを疑わなかったインプは目を白黒させる。


「へへーん、こっちだよ~!」


 小さな盗賊は、本日二度目のアッカンベーをした。


 インプは再び両手剣を構えようとしたが、積まれた資材に引っかかってしまったようで抜けない。

 足を使って引っこ抜こうとしたが、剣が抜けるより早くその顔に拳がめりこんだ。


「グギャッ!?」


 顔の形が変わるほどの、強烈なストレートパンチが炸裂。

 殴り飛ばされたインプはリリーたちがくらった飛び蹴り以上の吹っ飛びを見せ、ゴムマリのように地面に叩きつけられた。


 お返しの一撃を決めた人物は、無言のまま資材に刺さった両手剣を引き抜く。

 キッと顔をあげ、残ったインプたちにガンを飛ばした。


「今度はこっちの番よ……全員床のシミになるまでぶった斬ってやるわ……!! 覚悟なさいっ!!!」


 一喝されてインプたちは後ずさる。あまりの凄味にすっかり戦意を喪失していた。


 リリーの秘密の呪文は、どんなに負傷し、どんなに心折れていても元気とやる気を身体の内から与える。

 それは唱えた本人だけでなく、触れ合っていた人物にも影響を及ぼす。


 リリーのすぐ隣りで倒れていたイヴは呪文の効果を覿面に受けていた。

 殴り飛ばしてもまだありあまる力が、イヴの身体を駆け巡っていた。


 一行の窮地を何度もすくってきた秘密の呪文に、今回も救われる形となった。

 術者であるリリーは立ち上がり、戦線に復帰する。


 小さな大盗賊が起こした奇跡により形成は逆転した。

 残りのインプは4匹、武器はハンマーと爪だけ。主力の片手剣と両手剣はこちらの手にある。


 もはや……負ける要素はない……!!


 ここで一気に決めてやると息巻いたが、残ったインプたちはすっかり畏怖していた。

 手にしていた武器とハリガネの髪を投げ捨てて、一目散に逃げていった。

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