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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
162/315

40 勇者インプ

 倒れたイヴめがけて振りかざされる大剣。

 リリーが鎖を使ってイヴを引き寄せ、間一髪のところでかわす。


 鉄塊のような刀身がドカンと叩きつけられ、地を穿った。

 イヴとともに戦っているときにはよく見るシーンだが、まさか敵にそれをやられるとは……とリリーは思った。


 続けざまに片手剣を持つインプの追撃、リリーはイヴをかばいつつ、盾で剣撃を受ける。パワフルな一撃に盾が大きく軋んだ。


 それはリリーが振るう剣よりもずっと速くて重かった。

 盾ごしに実感し、リリーの焦りは大きくなっていく。


 しかしそれ以上に我を忘れ、顔を真っ赤にしている仲間が目に入ったのですぐに冷静になれた。


「こんのぉ~、よくも!!」


 得意の先制攻撃をやられてしまって完全に頭に血がのぼってしまったイヴ。

 イノシシのように突撃しようとしたが、リリーにしがみつかれて止められた。


「ま、待ってイヴちゃん! 落ち着いてっ!!」


「こらっ、何すんのよリリーっ、離しなさいっ!!」


「ひ、ひとりで突っ込んじゃダメ! 後ろにいるみんなを引きずっちゃう!」


 リリーをズルズルと引きずっていたが、必死の説得によりイヴは突進を中断した。


 鎖で繋がれている以上、勝手な行動をしたら足の引っ張り合い……いや、手首を引っ張り合って、さらに不利になってしまうとリリーは考えた。


 いったん仕切り直しをしようと敵の追撃を後ずさってかわし、距離を取る。

 離れたリリーたちはファイティングポーズをとって威嚇し、敵の攻撃を躊躇させるに至った。


 お互い肩で息をしながら、呼吸を整える。6対6の睨み合いが始まった。

 すこしでも動いたら爆発しそうな……一触即発の張り詰めた空気が流れる。


「グギャ」


 その緊張を打ち破ったのはクロの奇声だった。

 意味不明の言葉にリリーたちは何事かと思ったが、インプたちはもっとびっくりしていた。


「えっ……く、クロちゃ……」


 リリーの呼びかけにも応えずクロはインプたちに歩み寄りはじめた。リリーは何か考えがあるんだろうと皆を促し、後についていった。

 丸腰のまま無防備に近づいてきた黒いローブの人物を警戒し、インプはギャアと一喝した。


 しかしクロは聞こえていないかのように敵のまっただ中に踏み込んでいく。

 両手杖を持っているインプの前に立つと、ローブの袖下からおもむろに片手杖を取り出してインプにつきつけた。


 クロはもごもご口を動かして何かを喋りだす。よく聞いてみるとグギュグギュ音がしていた。


「グギャッ? ギャ、ギャーア!?」


 両手杖のインプが食ってかかるような反応を返す。


 リリーはハッとなった。

 低級悪魔語だ……クロちゃんはいま、低級悪魔語で会話をしてるんだ……!


「クロちゃん、なにやってるの~?」


「あっ、だめ、ミントちゃん」


 リリーは飛び出そうとしたミントを咄嗟に抑えた。


「クロちゃんはインプとお話してるんだよ……大きい声を出すとびっくりしちゃうから、いい子にししてて、ね」


 いまクロは難しい異種間コミュニケーションに挑戦している。

 お互い敵同士の間柄なので、ちょっとのことで決裂してしまうかもしれない……余計な刺激を与えないようにしなければ。


 しばらくグギャグギャと言葉らしきものを交わしたあと、クロは片手杖を振って鬼火を出してみせた。浮かぶ火の玉を見て驚嘆の声をあげるインプたち。

 両手杖インプはすぐさまクロの手から片手杖をひったくると、新しいオモチャを手に入れた子供みたいに持っていた両手杖を投げ捨てた。

 床に転がった両手杖を黙って拾い上げるクロ。


 なにやらの交渉の後、両手杖と片手杖の交換が成立したようだ。思わず「えっ」となるリリー。

 リリーは魔法使いではないが片手杖より両手杖のほうが魔力が強いというのは知っている。

 元々はどちらもクロのものだが、インプは強い武器を手放して弱い武器を手に入れたことになる。


 クロは次にタリスマンを持つインプの前に立ち、また袖の下から何か取り出した。

 それは……錆びたブリキの小皿だった。 


 二言三言言葉を発すると、インプは小皿を奪いとりタリスマンを投げつけてきた。平らな胸に当たった銀の護符を片手で受け止めるクロ。


 信じられない光景に「ええっ!?」と声が出そうになったが口をつぐむリリー。

 護符と、おそらく調理場で拾ったのであろう皿の交換をやってのけてしまった。明らかなる等価ではない物々交換。


 しかしクロはほくそ笑むこともせず、そのままお茶くみ人形のように踵を返して仲間たちの所に戻った。

 無言でタリスマンを差し出されたシロは「あっ、あ……ありがとうございます……」とキツネにつままれたような様子で受け取った。


「ちょっとクロ、アンタ低級悪魔語がしゃべれたの?」


「……実聞と発声したのは本日が初めて」


「いったい何を話したんじゃ?」


「インプの所持している両手杖を片手杖に、護符を皿と交換するよう依頼した」


「損しちゃうのによく交換してくれたね?」


 取り囲まれての質問責めに対してクロは淡々と答え続ける。


「インプたちは杖と護符を本来の用途とは異なる使い方をしていた。そこに交渉の余地があると考えた。両手杖と護符の魔力はすでに失われていると誤った情報を与え、片手杖で魔法を使ってみせた。魔力のある片手杖を譲渡するかわりに、両手杖を返却するよう要求した」


「ならアタシの剣もそのへんの棒と交換してくれりゃよかったのに」


「リリーとイヴの剣に関しては本来の用途通りに使っていた。インプたちもそのことを認識していたようなので交渉は通用しないと考えた」


「「「「なるほどぉ~!!」」」」


 クロの種明かしに、リリー、イヴ、シロ、ミルヴァが同時に驚嘆の声をあげた。

 クロは得意気な顔をすることもなく、リリーをまっすぐ見つめる。


「……過去、幾度となく見てきたリリーの危機回避方法を解析し、取り入れ、自分なりに遂行してみた」


「え……」


 クロの口調は平坦だったが、まるで親を真似た子供が褒めてほしそうなニュアンスを、なぜだかリリーは感じとった。

 それは意外な告白でもあり、一瞬目をパチクリさせてしまったが、すぐに朝日が昇るような興奮がわきあがってきた。


「あ……ありがとう……ありがとうクロちゃんっ!!」


 まわりの状況もかまわず、静かに佇む黒き魔法使いを抱きしめた。


「ふん、要はマネしてみたってことなんでしょうけど、リリーのよりずっと論理的だったわね」


「そうじゃな、リリーのに比べたらリスクも少なく、成功率も高かったのではないか?」


 イヴとミルヴァは抱擁するふたりを眺めながら、アゴに手を当てる同じポーズで品評する。

 勝手なことを言われてリリーは恨めしそうな顔を向けた。


「……もう! せっかくいい気分だったのにぃ!」


「あ、あの、リリーさん、インプさんが……」


 おそるおそるシロから言われてリリーは戦闘中だったことを思い出した。

 ファイティングポーズを取りつつインプたちの方を向く。


 小悪魔たちは手に入れたばかりの片手杖と皿を振り回して魔法を使おうと躍起になってた。が……虚しく空を切る音がするばかりであった。

 結局いくらやっても出なかったので、癇癪を起こし杖と皿を地面に叩きつけてしまった。


「フン、まんまと騙されたわね! こんなカンタンな手に引っかかるなんてゴブリン以下……いや、昆虫以下……ううん、ゴミムシ以下の知能ね! このバーカ! バカインプ!!」


「そうじゃそうじゃ! ゴミムシならゴミムシらしくゴミ捨て場にでも行くがいい! そこでゴミと戯れるのがお似合いじゃ! バカインプどもめ!!」


 イヴはウサを晴らすようにありたっけの嘲りをぶつけると、ミルヴァも一緒になってはやし立てた。


「「「やーい! バーカバーカバーカ!!」」」


 トドメとばかりにイヴ、ミルヴァ、ミントが揃ってアッカンベーをすると、インプたちは騙されたのに気づいたのか地団駄を踏んで悔しがった。

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