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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
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39

 ミントの示す方向に、用心深く歩いて行くリリー。

 ときおり頭に砂や小石が降ってきて、焦るあまり自然と早足になる。


 視界が悪くて最初はわからなかったが、歩いていくうちにあたりの荒れ果てっぷりに気付かされる。

 散乱した瓦礫と死屍累々のインプたち、あちこちで火の手があがっている。まるで大地震のあとのような有様だった。


「うーむ、ありったけの火薬(ひぐすり)が爆ぜたようじゃの」


「その爆心地にいたっていうのによく何ともなかったわねぇ」


 後続のミルヴァとイヴがしみじみ言う。


「爆風による被害は外套防護術により大半を免れることができた。鉄骨を動かすほどの爆発にも関わらず破砕片についての被害がないのは不明。おそらくただの偶然だと推測する」


 淡々と分析するクロ。ちょうど一行は鉄骨に押しつぶされて絶命する大勢のインプの横を通りすぎているところだった。

 もしかしたら自分たちがああなっていたかも……と想像してゾッとなるリリー。


 しばらく歩いていくと広い一本道の廊下に出た。

 壁に沿うように資材が積み上げられている。あたりに敵の姿はなかったが、曲がり角の向こうからギャーギャーと耳障りな声が近づいてきているところだった。


「……またインプかぁ」


 安全な所に出たら少し休憩しようかと思ってたのに……とリリーは肩を落とす。


「なぜここにはこんなにたくさんのインプさんがおられるんでしょうか……?


「これだけの数、自然発生したとは思え……思いにくい。きっと生み出した親玉がお……いると思われる」


 クロのモノマネをするミルヴァ。何度か言い直してはいるがなかなか似ていた。


「ええい、もうヤケよ! 何千でも何万で相手してやろうじゃないの!!」


 鋭い突きと蹴りを放ち格闘ポーズを決めるイヴ。

 鎖で両手を縛られているとは思えないスムーズな動きでやる気を見せる。


「……でも、すくないみたいだよ?」


 耳に手を当てるポーズで通路の奥に向かって聞き耳を立てるミント。

 確かに近づいてくるのは数匹分の声で、足音もまばらだ。


 ずっと三桁以上のインプとやりあってきたのでなんとなく拍子抜けする。

 しかしそんな一抹の寂しさは曲がり角から現れた相手を見た瞬間、消し飛んだ。


 かつてのインプたちは小さな子供……ミントやミルヴァと同じくらいの大きさだったが、現れたインプはずっと大きく、リリーと同じくらいの背丈があった。

 数もリリーたちと同じ6匹……前衛3匹、後衛3匹、そのうえ見慣れた武器を携えていた。


「あっ!? それ、アタシの剣っ!?」


 真っ先に気づいたのはイヴだった。

 先頭真ん中のインプが引きずっていたのは……身の丈以上もある鉄剣であった。

 無骨な幅広の刀身にワンポイントの薔薇の装飾が施されたオーダーメイド。ツヴィ女の入学祝いに母親からもらった、大切な剣……!


「ホントだ、私の剣もある!」


 同じく先頭右側のインプはリリー愛用の剣を持っていた。

 学院の近くにある商店『ミランダ・マーケット』でおこづかいをはたいて、盾も一緒に買うから割引してと値切ったうえに盾の金属補強もサービスしてもらった、想い出深い剣だ。


「ミントのツメ、とっちゃダメーっ!」


 先頭左側のインプはミントの篭手を左右逆にはめていた。鋭い鉤爪が飛び出たハードレザーの手袋。前腕を覆う部分には三毛猫みたいな柄のファーがついている。季節や気分によって着せ替えも可能……!


 後衛のインプはクロの杖を棒術のように扱っていた。

 年季の入った木を削りだして作られた両手杖で、クロが魔法を使うために必要な触媒。

 杖の頭の部分には仲間に魔法の発動を知らせるための金色のベルと初めてモンスターを倒して獲得した5ゴールド硬貨がついている。

 思い入れは特にないような顔で「使い方が違う」と突っ込んでいる。


 杖をもつインプの隣にはシロの信仰の象徴、タリスマンを持つインプがいた。

 丸い銀の板に女神ミルヴァルメルシルソルドの姿が彫られた、神聖魔法を使うのに必要な触媒。

 ツヴィートークの聖域で拾われたシロが幼いときからずっと身に着けている大事なもので、インプは細い鎖の部分を持って頭上で振り回していた。


「そ、それは武器ではありませんっ!」

「こら、粗末に扱うでない、バチを当てるぞ!」


 青い顔で懇願するシロと、共に抗議するタリスマンに彫られた女神。


「あっ、彼奴(きゃつ)が持っておるのはドンナーハンマーではないか、返すのだ!」


 ミルヴァが神聖界より持ちだしたゴッドアイテムを別のインプが持っているのを見つけて怒りの対象を移した。


 現れたインプたちはリリーたちから奪った装備をめいめい手にしてた。

 しかもハリガネで作ったカツラのようなもので髪型まで真似している。ミントの真似をするインプに至っては奪った髪留めまで頭部に着けていた。


 リリーたちの訴えを受け、インプたちは口を揃えてギャアギャアと鳴く。


「……お前たちを倒して自分たちが勇者になると言っている」


 わずかな沈黙の後、クロが翻訳した。


「ええっ!?」


「もしかしてアタシたちのことスゴイ勇者だと思ってるんじゃないの? まあ実際そうだけど」


 前のめりに驚くリリーと得意気に胸を張るイヴ。


「うーむ、確かにこの地でしでかしてきたことは結果だけを見れば伝説の勇者級かもしれぬな」


「そ、そうなのですか?」


「そうじゃ! 大規模な敵の住処に乗り込んで壊滅状態にしたんじゃぞ! それもたった6人で!」


「た、たしかに……すごいことだったんですね……」


 小さな女神に言い含められて、思わず感服してしまうシロ。


「ふふ、アタシたちの伝説にもう1ページ加えてやるわ! ブッ倒して、武器を取り戻すのよ!」


 嵩にかかったイヴは一気に攻勢に出る。撃ちだされた大砲の弾のように敵に突っ込んでいく。


「わあっ!? 待ってイヴちゃんっ!?」


 鎖で繋がっている仲間たちはひきずられ倒れててしまった。

 迎え撃つ敵たちは示し合わせたように一斉に背筋を反らして息を吸い込み、一気に吐き出す。


「「「「「「グッギャアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーッ!!!」」」」」」


 イヴが得意とする闘気術が小悪魔たちの口から放たれる。

 思いもよらぬ敵の先制攻撃。まともに食らったイヴはひっくり返ってしまった。


 開始早々、全員が倒れてしまうという最悪の幕開け。

 インプたちは一行の愛用の武器を振りかざし、ここぞとばかりに襲いかかってきた。

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