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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
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38

 リリーは授業で習った「外套防護術」をイヴに指示する。

 マントを垂直に拡げて左右の端をそれぞれが持ち、手と足を使ってピンと貼る。マントの中央が鋭角になるように背中合わせになり、先端の部分を防ぎたい対象に向ける。


 これで防爆の陣形が完成。

 対象の樽から遮蔽する位置に他のメンバーを配置する。これで準備は整った。 


「みんな絶対マントからはみ出さないようにしてね。じゃあ……いくよ?」


 決行直前、リリーは皆を見回して最後の確認をする。


「まさかこんな布切れ一枚に命預けることになるなんてね……でも、ま、いいわ」


 覚悟を決め、キリッと顔を引き締めるイヴ。


「またブーンってなる? たのしみー!」


 よくわかっていないだけかもしれないが、ミントは心からこの状況を楽しんでいるようだった。


「み、皆様に、神のご加護を……」


「うむ、しかと聞き届けたぞ! だからドーンとやるのだ、リリー!」


「どーん」


 祈りを捧げるシロと、それを受けるミルヴァ。自分なりの言葉でけしかけるクロ。


 もはや反対する者はいない。お互いが顔を見合わせて大きく頷きあった。


「よぉし……じゃあ、いくよっ!!」


「みんな、気合入れなさいっ!!!」


 リリーとイヴの勇ましいかけ声。

 ミント、ミルヴァ、クロはシロを守るように覆いかぶさり、固く身を寄せ合った。


「……」


 ターゲットである数メートル先の、火薬(ひぐすり)の詰まった樽を睨みつける。

 リリーの額のティアラがうっすら光る。


 祈るような気持ちで呪文を発動する。

 リリーが使える3つの呪文のうちのひとつ……『静電気の呪文』を……!


 一弾指、インプたちの怒声を上書きする、鼓膜を貫く鳴動。

 熱を帯びた空気が急激に暴騰し、日焼けしたように肌がヒリつく。


 ドッ……!!!!!


 立て続けに大きなエネルギーの塊が押し寄せ、身体を貫通した。

 リリーたちはつむじ風に吹かれた枯葉のように巻き上げられる。


 身体がちぎれるような衝撃。馬引きの拷問のごとく、リリーは腕を縛る鎖を引っ張られてあっちこっちに振り回された。

 視界は高速でぐるぐる回っていたが、どこを見てもこげ茶色の砂嵐。

 床か壁か天井か、どこかに叩きつけれてボールのようにバウンドする。立て続けに何かが土砂のように身体に降り注ぎ、視界が埋め尽くされた。


「……うぅ」


 息をするのもままならなかったリリーはここにきてようやく呻くことができた。


 身体が動かない。真っ暗なので今どうなっているのか……なにもわからない。

 静電気の魔法によって火薬(ひぐすり)が大爆発を起こしたのは間違いないのだが……。


 リリーの理想では押し寄せる爆風をマントでするりとかわしつつ、鉄骨も取り除いたうえにインプたちも全滅させ、皆は無傷。

 奇跡のような出来事に仲間たちから拍手喝采を浴びる……というのを夢見ていた。


 しかし現実はマントごとどこかにぶっ飛ばされてしまった。


「ここ……どこ……?」


 リリーはひとりごちる。


 死亡して女神の力によって復活するときは、水の中にいるような感じになる。

 死んだときの苦しみと痛みを何度も感じながら溺れ、ぷはっと水面から顔を出した瞬間に目が覚めるのだ。


 しかし……今は水っぽさは全然ない。ほこりっぽいというか……土くさい。

 身体にざらざらごわごわしたものがまとわりついて気持ち悪い。


 何も見えない……何も聞こえない……。

 今自分はどうなっていて……どこにいるんだろう……。


 もしかして……あの世?


 なんて思った瞬間、また手首が引っ張られた。強い力でズルズル引きずられる。

 抵抗する気力もなくされるがままになっていると、身体を覆うものがなくなり視界が開けた。


「ぬぐぅぅ~っ!!」


 よく見ると、引っ張っていたのはイヴだった。

 畑の蔓のごとくグイグイ鎖をたぐり寄せている。リリーだけでなく芋づる式に引きずり出される仲間たち。


 イヴは収穫を終えたことを確認すると、大きく息をついてお尻からどすんと座り込んだ。


「あ、ありがと、イヴちゃん……げほっ、ごほっ」


「な、なんとか生きとる……ようじゃ……な、ぐふんっ」


「けほっ、けほっ、うえぇ~、すながはいったぁ~」


 爆風による砂嵐で誰もが煤けていた。巻き上げられた砂塵はまだ霧にようにあたりを覆っている。


「あっ!? シロちゃんとクロちゃんは!?」


 リリーがあたりを見回すと、足元に土の山があった。うっかり踏むところだったがそれはクロだった。


「クロちゃんっ!!」


 クロを抱き起こすといつものポーカーフェイスが現れる。

 「大丈夫!?」と大声で呼びかけると返事のかわりにケフッと砂の息を吐いた。


 クロの下にはシロが倒れていた。リリーは人形のようにクロを横に座らせて次はシロを抱き上げる。


「シロちゃん、しっかりして! シロちゃんっ!!」


 揺さぶると長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開いた。黒真珠のような瞳はぼんやりとしていたが、リリーの呼びかけに反応するように輝きを取り戻す。


「り、リリー……さんっ」


「ああっ、気がついたシロちゃん!? 大丈夫? 痛いところはない?」


「は、はいっ、大丈夫です。ご心配を……」


 気が気でない様子でシロの身体を撫でまくるリリー。それがあまりにしつこかったのでシロはつい吹き出してしまった。


「ふふっ、くすぐったいです、リリーさん」


 しばらく見てなかったシロの困り笑顔。リリーにとってそれは、巨大なダイヤモンドより輝いて見えた。


「ああん、よかった、よかったあぁぁ! シロちゃぁんっ!!」


 抱きつこうとしたが、イヴから首根っこを掴まれて阻止されてしまった。


「しんみりするのは後! なんともないだったらさっさとここから離れるわよ! いつ爆発のショックで天井が崩るかわからないわ!」


 たしかに天井からパラパラと小石や砂などが絶えず降ってきており、いつ崩壊してもおかしくない雰囲気だ。


「う、うん、行こう、シロちゃん、クロちゃん」


 両脇で魔法使いコンビを抱え、立ち上がるリリー。


「でも、どっちに向かえばいいんじゃ?」


「あっち! あっちにでぐちみたいなのがあるよ!」


 ミントが指さすが、一見してそこは他と変わらぬ砂塵の霧が覆っているだけだった。

 しかしミントは夜目がきくので、皆が見えない何かが見えているのかもしれない。


「よし、あっちだね。じゃあミントちゃん、私と一緒に行こう。みんなは後からついてきて」


 リリーは再び気を引き締める。

 半壊した盾を構え、ミントを守りつつ視界の悪い中ゆっくりと踏み出すと、共に仲間たちも歩き出した。

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