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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
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「だめーーーーーっ!!!!!」


 喉が枯れるほどの大声。ミントとミルヴァはびっくりして飛び上がる。

 インパクトの手前でショベルはビクリと止まった。


「シロちゃんの翼を切るなんて……ダメ……ダメだよ……たとえどんなことがあってもしちゃダメなんだ……」


「り、リリーさん……」


「シロちゃんは子供の頃からとってもやさしい女の子で……私はずっとシロちゃんのことを天使だと思ってた。だから、シロちゃんの翼を見たとき、とっても嬉しかった……」


 声の主は翼に歩み寄り、慈しむように抱きしめた。 


「私はシロちゃんが大好き。そのシロちゃんが持っているこの翼も大好き……悪く言う人がいたら、私が許さない……だから、だからお願い、シロちゃん……嫌いだなんて言わないで……」


 抱き合うふたりの少女は、どちらからともなく嗚咽を漏らす。


「……わかったわ。リーダーのアンタがそう言うなら、切るのはやめましょ」


 イヴは直前まで振り下ろしたショベルをあっさりと引き上げる。


 全員の命がかかったこの窮状を、仲間の身を切ることによって脱しようとした。

 しかし……リリーの判断によって中止した。


 リリーの言っていることは要はただの「自分が嫌だからやめて」でしかない。

 論理的でないことには納得しないイヴではあるが、ことリリーに関しては別だった。


 実のところイヴ自身、シロの翼を切り落とすつもりは毛頭なかった。

 仲間の身体を傷つけて助かるくらいなら、インプどもと殴り合いするほうがよほどマシだと考えていた。


 それにそんなこと、リリーが許すはずないと信じていた。


 しかしイヴはわざと事務的に振る舞い、翼を切ることに躊躇がないように振る舞った。

 そうすることにより、リリーの勇者としての本能が目覚めると思ったからだ。


 追い詰められたリリーはとんでもないアイデアを出す。そしてそれを実行し、窮地を脱する。

 どれも最善手かどうかは疑問の残るものばかりであったが、現に彼女たちは幾度とないピンチをくぐり抜けてこうして洞窟の奥深くまでたどり着いている。


 彼女たちのパーティレベルはたったの5。

 見習い冒険者のなかでも下から数えたほうが早いほどの強さで、こんなモンスターの巣窟は役者不足も甚だしい。


 ただの搦め手で偶然ここまで来れただけなのかもしれない……だが、それならばなおのこと……さらなる奇策に賭けるしかない……!!


「でもそう言うなら、シロの翼を切らずに助け出せるイイ案があるんでしょうね?」


 リリーを見下ろしたまま、挑戦的なセリフを投げかけるイヴ。立ち上がったリリーはシャツの袖で目をゴシゴシとこすって強がる子供のように応えた。


「……あ、あるっ!」


「どんなのよ?」


「そっ……それはこれから考える!」


「はあっ!?」


「ちょ、ちょっと、もうちょっとだけ待って! すぐに考えるからっ!!」


 反論しようとするイヴを手で遮り、リリーはひとり頭を抱えた。

 最初はじっとしていたがやがて地団駄を踏み始め、とうとうあたりをぐるぐると走りはじめる。


 リリーが苦悩したときによくやるクセだ。


 早くしないといろいろマズい、とリリーは焦った。

 シロはだいぶ消耗している。そのうえ敵も迫ってきている。


 インプたちは畑を荒らすイナゴのような驚異的スピードで瓦礫を除去していた。

 もはやリリーたちを覆う瓦礫はスカスカで、網目のように向こう側が透けてみえるようになった。


 仲間を倒されたうえに苦労して組み上げたであろう作業場もメチャクチャにされて小悪魔たちの怒りは頂点に達しているようだった。

 もはや手品をやったとしても、眠り薬の入った料理を出したとしても、気そらしをやったとしても、一切通用しないだろう。


 リリーはインプの作業を気が気でない様子で眺めていたが、その最中、視界の隅に入ったあるものに気がついた。


「……ん?」


 ガラクタの山の中にはいくつもの木樽が混ざっていた。積み上げてあったものが崩れたのだろう。

 その樽のひとつから赤い砂がサラサラと流れ出ているのが目に止まった。

 

「あれは……!?」


火薬(ひぐすり)


 目を凝らすリリーの背後から、クロのつぶやきが聞こえた。


 火薬(ひぐすり)とは炎の精霊の力を借りて精製された魔法の粉。火を近づけたり強い衝撃を与えると燃え上がったり、爆発したりする。


「なるほど、採掘用の火薬(ひぐすり)か……」


「リリー、まだなのっ!?」


 しびれを切らしたイヴの怒声。返事のかわりにリリーはぶわっとマントを翻して振り向いた。


「……よぉし、イヴちゃん、ちょっと手伝って!」


「なにかひらめいたのね?」


 「うん!」と元気いっぱいに返事をして、瓦礫をビシッと指さすリリー。


「あそこにある火薬(ひぐすり)の樽に火をつける!」


「ええっ!? 一体どうやって!?」


「私の静電気の魔法で引火させる!」


「アンタ何考えてんの!? あの量の火薬(ひぐすり)が発火したら大爆発を起こすわよ!?」


 イヴは少々のことでは驚かないつもりだったが、予想外の作戦に思わず目を剝いてしまった。


「うん、だからシロちゃんの鉄骨も吹っ飛ばせる!」


「そうかもしれぬが、みな爆風に巻き込まれてしまうぞ」


 ミルヴァが話題に加わる。イヴもうんうんと頷いた。

 しかしリリーは慌てることなく背中を向け「じゃーん!」と青いマントを見せつけた。


「授業で習ったナントカ防護術をやる!」


「「……ナントカ防護術って?」」


 自信満々に言う割には曖昧だったので、いぶかしげにハモるイヴとミルヴァ。

 クロが「外套防護術」と助け舟を出してようやく理解した。


 外陰防護術……マントなどの布を使って冷気や爆風を防ぐ体術のひとつ。

 歴戦の勇者ともなるとドラゴンのブレスをマントひとつで防ぐほどの防御力を発揮する。


「ほう、リリーは外套防護術ができるのか?」


「うん! このまえ授業で習った!」


「それはできるって言わないわよっ!」


「まあまあ、ふたりでやればきっと大丈夫! だから手伝って!」


「なに、アタシもなの!?」


「うん。自分だけを守る防護術なら自分だけでできるんだけど、後にいる仲間を守る場合はふたりでやる必要があるんだよ」


 外したマントの端を差し出すリリー。しかしイヴはまだためらっていた。


「ところでこのマント、防炎なの?」


「えーっと、わかんないけど、多分そうだよ」


「……以前のマントはファイヤーボールで燃えていた」


 クロの淡々とした突っ込みが入る。

 かつてリンゴ農園を荒らすゴブリン退治をしたときに、クロの放ったファイヤーボールをリリーは背中で受けてしまった。その時身につけていたマントは跡形が無くなるくらいまでよく燃えていた。


「そ、そうだっけ? よく覚えてるねクロちゃん。でもこれは大丈夫なヤツだって! きっと平気だよ!」


 リリーは洗濯物を伸ばすようにパンパンとマントを引っ張って頑丈さをアピールした。


「まったく……アンタのその自信はどっから来るのよ……さっきまで死にそうな顔してたクセに」


 イヴは呆れ返ってしまった。


 落ち込んだあとはその数倍元気になる……それは決して折れない竹のようだと評されたリリーの特性だった。


 そしていつも……無茶苦茶なことを言い出す。


 飛び出したのは穴だらけどころか穴があいてない所を探すほうが難しいような杜撰極まりない作戦。

 防炎かどうかもわからないような布切れ一枚で、目の前で起こる爆風を防ごうというのだ。


 成功率は限りなく低いうえに失敗すれば即全滅。

 シロひとりを犠牲にする先の作戦よりも遥かにリスクが大きい。


「でも、ま、アンタらしい作戦ね」


 フゥと溜息をついて、イヴはとうとうマントの片側を受け取ってしまった。

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