36 瓦礫の山
暗闇の中を落ちていくトロッコ。
投げ出されそうになったが、イヴが手漕ぎ装置を掴んだおかげで助かった。
イヴは皆を引き寄せる。抱き合って身を固め、落下の衝撃に備える。
落下の途中、壁に穴がポツポツと開いているようになり、だんだんあたりが明るくなっていく。
ここはどうやらかなり広い空間のようだった。リリーたちが入ったトンネルが天井近くで、いま下へ下へと落下している。
目の前には天井近くまで組まれた高い高い足場が壁のようにリリーたちの行く手を塞いでいた。足場の上ではインプたちが行き交い作業していたが、空飛ぶトロッコが突っ込んでくるのを見て蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「や……やばいやばいやばいっ!? こ……このままじゃぶつかるーーーっ!?!?」
トロッコは足場の骨組みのどてっ腹に突っ込んだ。
金属を打ち破る音とともに突き抜けると、バランスを失った足場はトランプの塔のように崩壊をはじめた。
バラバラに分解していく足場のパーツ。
逃げ遅れたインプたちは巻き込まれ、また空中に放り出された。
ガッシャンゴロゴロと落雷と地震が同時に起こったような轟音を響かせて瓦礫の山を築いていく。
トロッコは運良く車輪から着地し、資材置き場らしき小屋に突っ込んで止まった。
小屋の屋根を突き破って倒れてきた鉄骨に押しつぶされそうになったが、資材がクッションとなってリリーの頭の毛先スレスレで止まった。
あと少しずれていたら、頭がスイカ割りのスイカみたいになってたかもしれない……と肝を冷やす。
「み……みんな、大丈夫?」
「な、なんとか……ね」
「そ……そなたらはグレムリン以上の豪運を持っておるやもしれぬな」
どっと冷たい汗を流すリリー、イヴ、ミルヴァ。
「ブーンってとんでたのしかったねぇ! ぶーんぶーん!」
「……」
跳ねまわってはしゃぐミントと、特に感想のないクロ。
「うう…っ」
シロは倒れこんだまま立ち上がろうとせず、弱々しく呻いていた。
見ると、鉄骨に翼が挟まれていた。
「シロちゃん!? みんな、シロちゃん助けるの手伝って!!」
リリーたちはシロの元へと駆け寄り、鉄骨に潰され痛々しくひしゃげた翼をなんとかしようとした。
グレムリンをふっ飛ばしたときのように力をあわせ、鉄骨を持ち上げようとしたがびくともしない。
鉄骨の上には無數の瓦礫が積み上がり、もはや少女たちの力ではどうしようもない重量になっていた。
かなりの激痛なのだろう、シロの顔色はいつもの美白ではなく、病的な青白さをたたえはじめる。
「し……シロちゃん、も、もうちょっと、もうちょっとだからガマンして、ねっ!?」
ぐったりとするシロに声をかけ、励ますリリー。
「もうちょっと」とは言ったものの、この状況を打破できる手立てはまだなかった。
「早くなんとかせんと、インプどもが来るぞ!」
瓦礫の隙間から見える向こう側にはインプたちが殺到していた。
湖にいたインプたちも合流しつつあり、こうしている間にもどんどん増えているようだ。
インプたちは力を合わせてリリーたちとを隔てる瓦礫の山を次々と撤去していっている。
子供のような身体つきの小悪魔達ではあるが、数の力にものをいわせ瓦礫にとりつき、複数で引き剥がし、働きアリのように運び去っている。
瓦礫は一行を苦しめたが、皮肉にも敵の手から身を守る防波堤の役割にもなっていた。
しかし……それも時間の問題。装備を、衣服をはぎ取られるかのように刻一刻とリリーたちは無防備になっていく。瓦礫の隙間がじょじょに広がっていき、津波のように荒れ狂うインプたちの姿が露わになってきた。
決壊したが最後……押し寄せた荒波はあっという間にリリーたちを飲み込むだろう。押しつぶされ、骨まで踏み砕かれ、皮膚は、血は、足裏に貼り付いていつまでも蹂躙されてしまうかもしれない。
「ミルヴァ! アンタ神様なんでしょ!? なんかないの!?」
「いまの余はそなたら人間と変わりないと言ったであろう……『神の賽』があればなんとかなったかもしれぬのだが……奪われてしまったからのう……」
「クロ! アンタの魔法でなんとかならないのっ!?」
「例え両手杖があっても、この状況を改善できる魔法は持ちあわせていない」
「ああ、もうっ!! 誰でもいいから、なんとかしなさいよっ!!」
ヒステリックに叫ぶイヴ。シロがゆっくりと顔をあげた。
「い、イヴさん……お願い……です……」
臨終の床にいるような、いつも以上にか細い声。
「そ、そのショベルで……私の翼を……切り落としてください……」
「し、シロちゃん!? なんてこと言うの!?」
真っ先に反応したのはリリーだった。
「い、いいんです……リリーさん……。この翼は……ないほうがいいんです……。私が皆さんの前から姿を消したのも、この翼が生えたからです……。それでも皆さんは私を受け入れてくださいました……嬉しかった……ですっ」
力なく笑うシロ。
「でも、これ以上……この翼で皆さんに迷惑をかけるわけにはまいりません……翼がなければ……なければこんな事にはならなかったのに………なくなって、しまえばいいんです……私……私……この翼が……き、嫌い……ですっ……」
リリーは射抜かれたように動けなくなった。
シロが何かを拒絶するのを十年以上のつきあいで初めて聞いたからだ。
どんな相手でもシロは決して嫌うことはなかった。
悪意あり、酷いことをする者もいた。いい子ぶっていると嫌悪する者もいた。
しかし困ったような微笑で全てを許し、受け入れてきた。
そんな彼女をリリーは「天使」だと思っていた。
この翼は彼女にこそ相応しいとすら思い、むしろ喜んでいた。
でもそれは自分が思い込んでいるだけで、シロにとってはただの重荷だったのだ……!!
「皆さんが助かるには翼を切るしかありません……イヴさんっ……どうか、どうか……お願いしますっ……」
臨終の言葉のような、すがりつくシロの声。
イヴは特別な感情も無くすました様子でそれを聞いていた。
「このショベルで鎖を切るのは無理かもしれないけど、まあ確かに、アンタのひ弱な翼だったら切れるかもね。でも切れ味がかなり悪いから、相当痛いと思うわよ……それでもいいの?」
「は、はい……がっ、我慢……いたします……!」
「そう、じゃあ決まりね」
イヴはあっさり言うと、ショベルを携えてシロの元へゆっくりと歩いていった。
唖然としているミント、ミルヴァ、表情を崩さないクロ。
リリーはうつむいたままメデューサに睨まれたように硬直していた。
ショベルを振り上げたのち、瓦礫ごしのインプたちを一瞥すると、まるで死刑執行を見に来た血に飢えた観衆のようにギャアギャアと騒いでいた。
斬首台にかけられように動けない天使の翼に視線を戻す。フンと鼻を鳴らした後、死神の鎌のように曲がったショベルをためらう様子もなく振り下ろした。




