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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
157/315

35

「フン、アタシにかかればざっとこんなもんよ」


 イヴは水蒸気と化した難敵を見下ろしながら得意気に鼻を鳴らした。


「ナイスピッチング! イヴちゃんっ!」


「イヴ、見事な投擲じゃったぞ!」


「イヴちゃんやったぁっ!」


「す、すごいですっ!」


「投打にわたる活躍」


「ってドサクサにまぎれて抱きつこうとするんじゃないわよっ!」


 仲間たちは勝利投手の元へ駆け寄り熱い抱擁を求めたが、邪魔なファンのように押し返された。


「でもイヴちゃんも宝箱から石を持ってきてたんだね。あんなにいらないっていってたのに」


「えっ? な、何かの役に立つかと思ったのよ。……あんな汚い石、投げるくらいしか使い道ないけどね」


 リリーの口ぶりは責める様子はなかったが、聞かれたくないことだったのかイヴはわずかに動揺する。


「その割には投げるのを躊躇しておったように見えたが」


「うるさいわね。精神統一してただけよ」


 ニヤニヤ笑いのミルヴァに突っ込まれて、イヴはバツが悪そうによそを向いた。


「ねーねー、みてみて~」


 ミントが湖のほとりを指さす。


 いままで観客だったインプ達が動きはじめたようだった。応援していたグレムリンが倒されて、弔い合戦だとばかりに気炎を吐いている。

 埋め立て作業を放り出した小悪魔たちの群れが、軍隊アリのようにうじゃうじゃと蠢き湖から離れていく。


「……インプたちはこのトロッコの行き先を知ってるのかな?」


「作業に従事していることから推測して、洞窟の構造は熟知しているものと思われる」


 リリーが誰ともなく問いかけると、ほぼ答えに近いものがクロから即座に返ってきた。


「じゃあ、奇襲されると思っていいわけね」


「初戦のことを考慮すると、罠の可能性もある」


 イヴに対しても老齢の賢者のような落ち着き払った様子で回答する。


「ふむ、ではトロッコは乗り捨てたほうがよいかもしれぬな」


「……そうだね、トンネルに入ったら適当な場所で降りよっか」


 アゴを指に当て考えていたミルヴァが提案すると、同じポーズでしばらく考えていたリリーが賛同した。


「ミントつかれちゃった~」


 ぐったりとシロにしなだれかかるミント。シロは慣れた様子でミントを抱いてトロッコの床に正座した。

 抱っこされるミントをミルヴァが羨ましそうに見ていたので女の子座りをしたリリーが受け入れる。


 ふぅと息をつきながらイヴが胡座をかく。

 クロも足をまっすぐ伸ばして腰を下ろした。人形のように身体をL字にし、それで休めているのかと見ていて疑問になるような座り方だった。


「降りたら隠れられそうな場所を見つけて、少し休憩しよっか」


「そうね、いろいろあったから情報を整理しましょうか」


 イヴはいつもイケイケで立ち止まる選択をしないタイプだったがこの時ばかりはリリーにならった。

 グレムリンとの戦いで消耗していたのだが自分から休みたいというのはプライドが許さなかったのだ。


「みなさん、お身体のほうは大丈夫ですか?」


 気遣う視線で仲間たちを見るシロ。


 休みナシで走り、戦ってきたので一様に疲れた顔をしている。

 肌は汗が張り付いたように濡れ光り、土埃で汚れていた。

 脱獄したときに治療で当てたガーゼは全部剥がれてなくなっている。


 皆、ひどい様相だったがなかでもイヴはグレムリンとの戦いで満身創痍ともいえる有様だった。

 擦り傷とアザと火傷を受け、髪の先や衣服はところどころ焦げてチリチリになっている。


「お、お手当を……」


 我が事のように感じ泣きそうな顔になるシロ。自分にできることは治療だけだとバスケットから包帯を取り出そうとしたが、いつのまにかバスケットごとなくしていることに気づき悲嘆にくれた。


「それよりもアンタもだいぶ酷いけど大丈夫なの?」


 イヴは逆になぐさめる。

 いつも洗いたてのような白いローブは見る影もなく汚れ、純白の翼も黒い焦げ跡がついているので見た目のギャップはシロがいちばん大きい。まるで戦火にさらされた天使のようであった。


「えっ? はい、私は何ともありません」


「アンタが大丈夫なんだったら、アタシはもっと大丈夫に決まってるでしょ、手当はいらないわ」


「は、はい……」


 よくわからない理屈でシロを無理矢理納得させる。

 バスケットをなくしたことで自分を責めるであろうシロを気づかってのことだが、何かと素直じゃないイヴはこういう言い方しかできないのだ。


 湖のあるここは洞窟の他の場所より気温が低く、リリーたちにはちょうどいい息抜きになった。

 下にある水が飲めたらもっといいのになぁ、とリリーは思った。


 トロッコは出てきた所と同じようなトンネルにさしかかる。

 この洞窟は壁に開いた穴から差し込む光でどこも明るかったが、これから向かうトンネルは壁に穴があいておらず真っ暗だった。


 行き先がどうなっているか見えないので不安になる。いつの間にかリリーの側にクロが寄り添い、リリーの腰をしっかりと抱いていた。

 リリーはミルヴァとクロをぎゅっと抱き寄せ、迫り来る闇に備える。


 ……まてよ。

 リリーの脳裏をふと違和感が襲った。


 グレムリンはなんで……トンネルの前で待ち伏せしたんだろうか?

 ここは炎の精霊にとって大敵な水がふんだんにある。人間とってはマグマ同然の、危険なモノが。


 わざわざそんな所で待たなくても他に安全な場所ならこの先……トンネルの奥にもありそうなものなのに……。

 そうだ……わかった! 自分に不利な地形で戦わざるを得ない状況だったんだ。


 ってことは……この先は、グレムリンも躊躇するような、行っちゃダメな場所……!?


「み、みんな、飛び降り……!!」


 リリーがそう叫んだときにはもう手遅れだった。

 トンネルに入った瞬間、ふわりと浮く感覚が襲った。


 重力がなくなった……いや、なくなったのは地面とレールだった。

 トロッコは何もない虚空へと投げ出されていた。

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