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リリーファンタジー  作者: 佐藤謙羊
空から来た少女
156/315

34

 イヴ渾身の一振り。ショベルによる鉄の張り手がグレムリンに炸裂する。

 インパクトの瞬間、グワキィーン!! と甲高い金属音が鳴り響く。


 大量の火の粉が打ち上げ花火のようにあたりに飛び散る。

 横っ面をひっぱたかれ、半月状になったグレムリンの顔がさらに歪み、前衛芸術のようにジグザグに崩れる。


 イヴは火の玉を見事ミートし、体当たりを阻止した。だが飛ばすことはできなかった。


「ぐぐぐぐ……!!」


 イヴはグレムリンの顔を捉えたまま歯を食いしばり、なおも力を込める。

 振りぬくことさえできれば体重のほとんどは顔であろうこのモンスターをブッ飛ばし、湖に叩き込めると考えたからだ。


 不気味な立ちふるまいに忘れかけていたが、コイツは炎の精霊だ。

 炎の精霊は水に弱い。背骨を折られても生きているようなヤツでも湖に落ちればひとたまりもないはず。


 それはグレムリンもわかっているのか、落ちてなるものかと必死の抵抗。ショベルの刀部を顔にめりこませながらもイヴを威嚇する。


「ギュワ! ギュワ! ギュワァーーーッ!!」


「アタシがそんなんでビビる思ってんの!? グワァーッ!!」


 イヴも負けじと噛みつかんばかりの叫びをあげる。

 まさに火花を散らす戦いにリリーは圧倒されていたが、ふと我に返った。


「……い、イヴちゃん!!」


 すかさずイヴの手首を繋ぐ鎖を取り、振り抜く力となるよう引っ張って加勢する。

 綱引きのようにのけぞりながら鎖を引くリリーの腰にミルヴァが抱きついた。

 ミルヴァ、ミント、シロ、クロの順で次々と腰にしがみつく。抜けないカブを抜こうとする家族のように一丸となり、イヴに力を与えた。


 しかしグレムリンは動かない。水を浴びた犬のように身体をブルブル振る。

 すると身体の炎が起毛のようにけば立ち、雫のようにあたりに散った。小さな火の塊がイヴの身体に落ちる。


「い、イヴちゃんっ!?」


 イヴの身体はチリチリと燃えはじめていたが、それを払おうとはしなかった。


「いまはコイツを落とすのが先よっ! アタシのことは構わず引っ張りなさいっ!!」


「そ、そんな!?」


「いいから言うとおりにしなさいっ!! こっちに来たらブッ飛ばすわよっ!!!」


「ううっ……わ、わかったよぉ!!」


 唸るようなイヴの怒声とリリーの悲鳴がこだまする。

 イヴの身体からは黒煙があがりはじめた。早くしなければイヴが大やけどを負ってしまう。


「み、みんな!! もっと、もっと力を込めて!! イヴちゃんが、イヴちゃんが焦げちゃう!!」


 あの綺麗な肌を、金色の髪を、焼いてなるものかとリリーは声を限りに叫ぶ。

 もう半泣きだった。仲間たちもなりふりかまわず力を込める。


「ふ……ふぐぐぐぐぐぐっ……!!」


 歯茎から血が出んばかりに歯を食いしばる。筋肉が震え腕が壊れるのもいとわず力を振り絞る。ショベルの柄がぐにゃりと曲がった。

 グレムリンの顔からギギギギギと軋むような異音がする。


 あとひと息……あとひとふんばりだと誰もが思った。そして同時に息を吸い込んだ。


「「「「「「ふんぬりゃぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!」」」」」」

 

 誰からともない6つの大絶叫が地を揺らす。

 リリーの手のひらに食い込んでいた鎖の重みがふっと軽くなり、スポンと引っこ抜けるような感触があった。


 先ほどまでまでの抵抗感が消え、リリーたちはバランスを崩し尻もちをついてしまった。

 イヴはショベルを振りぬききった姿勢のまま、彫像のように固まっていた。


 グレムリンは砲丸のように飛ばされ、宙を舞っていた。振りぬかれた衝撃で首がちぎれかけている。

 トロッコのコースからは完全にはずれている。足場がないので湖めがけて弧を描いて落ちていった。


「や……やった……やったぁ……!!」


 座ったままガッツポーズを決めるリリーたち。

 しかしイヴが大変なことになっていたので慌てて立ち上がり、皆で叩いて消火した。


「はぁ、はぁ、はぁ……しぶといヤツだったわね。でもアタシにかかれば軽いもんね」


 ところどころ黒コゲになり満身創痍のイヴだったが、強気なのは変わらずだった。

 下にいるインプたちが急にギャアギャアと騒ぎはじめた。なにかを応援しているような声だ。


 揃ってトロッコの縁から下を覗き込んでみると……トロッコの進路となっている橋の石柱にしがみつき、グレムリンが登ってきているのが見えた。

 首はもげかけてたれ下がり、下半身はもう機能しておらずだらりとなっている。

 腕の力だけでよじ登ってくるのはもはや人型でも動物型でもなくなっている。怨霊のようなその姿に一同はひいっと悲鳴をあげた。


「ま……まだ生きてるだなんて!? 悪運の強いヤツねぇ!!」


 これほどしぶといモンスターは初めてだった。

 なかなか死なない害虫を見るような心底嫌そうな顔で吐き捨てるイヴ。


 グレムリンの顔は垂れ下がっているので見えないがまだ戦意喪失していないようだ。

 このまま橋の上に登りきられると、リリーたちのトロッコの進路に立ちふさがる形になってしまう。


「またこっちに来るつもりだよっ!? ううっ……どうしよう!? 」


 リリーが頭をかかえていると、ちびっこコンビが前に出た。


「もーっ! あっちいけー!」


「これでも食らうがいい!」


 揃って手にしたスコップを投げつける。しかし力不足で届かず、スコップはグレムリンの手前で失速し湖に着水した。


 リリーも慌てて何かないかと身体をまさぐった。

 ポーチからは手鏡や折りたたみ式の望遠鏡、財布やリップなどが出てきたがどれも投げつけてもたいした威力はなさそうだった。

 唯一飛び道具になりそうなのは宝箱の中に入っていた黒い石のみ。


「……ううっ、せっかくの記念品だけど……しょうがないっ!!」


 リリーは名残惜しさを振り払うと、狙いを定めてふりかぶり、グレムリンめがけて石を投げた。

 木に実った果実のようにぶら下がるグレムリンの頭部に命中した。が、一瞬動きが止まっただけで再び登り続ける。


「ああっ、もうっ! ダメだった!!」


 初めて宝箱から手に入れたモノを失ったうえに、しかもグレムリンを倒せなかった……!

 リリーはがっくりと肩を落としたが、両側からにゅっと救いの手が伸びてきた。


「はいリリーちゃん」「これを使うがよい」


 ミントとミルヴァの小さな手には石が握られていた。自分の分の石を使ってくれという意味だ。

 「いいの!?」と聞き返すとちびっこコンビはにぱっと笑った。


「あ、ありがとうミントちゃん、ミルヴァちゃんっ! よおし、今度こそ!!」


 リリーは立て続けに石を投げた……が、二投ともはずれてしまった。


「し、しまったぁーっ!?!?」


「だめーっ、リリーちゃん!」「こら! しっかりせぬか!」


 頭をかかえてしゃがみこむリリー。両側からぽかぽかやられて縮こまってしまった。


「あ、あのリリーさん。私の石もお使いください」


 白いハンカチに包まれた石を両手で差し出すシロ。

 まるで宝石のように大事に扱っているのでリリーは躊躇したが、「どうか、どうか」と祈るようなシロに負けて受け取った。


 隣にいたクロからも無言で石を渡される。「いいの?」と聞くとコクリと頷かれた。


「あ……ありがとうシロちゃん、クロちゃん! よぉし……次こそ!」


 リリーは絶対無二の気合を込めて立て続けに石を投げた……が、またしてもはずれてしまった。


「うわぁーん!? ごめんなさーいっ!!」


「もぅ、リリーちゃん! メッだよ、メーッ!」「一度ならず二度までも! そこへ直れ!」


 自責の念にかられて勇者はたまらず崩れ落ちた。容赦なくぽかぽかする盗賊と女神。


 ついに投げるものがなくなりリリーたち一行を絶望が支配した。またあの怪物とやりあわなくてはいけないのかと。

 なかでもイヴはひとり無言のまま真剣な表情でグレムリンを見つめていた。


「あ、あの……イヴちゃん?」


 リリーがおそるおそる声をかけると、イヴは決意したように顔をあげ、セットポジションに入った。


「い、イヴちゃんっ!?」


 大きくふりかぶったあとに手から放たれたのは、ひときわ大きな黒い石だった。

 石は黒い光線のようにまっすぐな軌跡を描き、垂れたグレムリンの頭部に命中した。

 リリーの時とは違う豪速球が当たった衝撃で、薄皮一枚で繋がっていた頭部はついにちぎれた。身体を残し、頭のみが落下をはじめる。


「ボギュッ?」


 何が起こったのかわからないようだった。途中で気づき、あわてて柱を掴もうとする。

 しかしもはや命令を下す身体はどこにもない。


 ついに最後の瞬間がやってきた。もはや原型をとどめていない顔が、冷たい水に飛び込んだ。

 ドボーンという水柱のあと、ジューッと水蒸気が立ち上る。


「ギュワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッッッッ!?!?!?!?」


 耳をつんざくような断末魔。

 それは反響音となっていつまでも洞窟のなかにこだました。

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